Case1.中国・内蒙古自治区 土着の生物を活用し、草原生態系の再生を目指す!
中国内蒙古自治区で急激に進行する草原の退化・砂漠化。
それを食い止め、修復する手立てが切望される中、
現地と高知を行き来しながら新技術の確立に挑む研究室があります。
その中心的存在である康先生と、大学院生の楊さんに話を聞きました。
康 峪梅 かん ゆうめい 教授
専門領域:土壌環境学
研究テーマ
草原生態系の退化機構と修復技術に関する研究
土壌汚染、水汚染
(汚染物質の挙動、汚染土壌・水の修復と利用)
楊 俊 よう しゅん
博士過程3年 中華人民共和国出身
(取材時:平成25年度)
草原破壊に立ち向かうプロジェクトがスタート


 中国の北沿に位置する内蒙古自治区は、総面積118.3平方km(日本の国土の約4倍)のうち約70%が草原地帯です。しかし急速な人口増加や経済発展によって、20世紀末までになんと草地の約90%が退化してしまいました。
 草原は人々の暮らしや牧畜業などの産業を支えるだけでなく、地球環境の保全における炭素・窒素プールとして非常に大きな役割を果たしています。実は、陸域生態系の炭素・窒素プールの約40%を占めるのは草原生態系。そしてその貯蔵量のほぼ9割は、土壌中に含まれています。
 そこで私たちは、2012年度から高知大学を中心とする首都大学東京、京都大学、立命館大学の共同研究チームを立ち上げ、中国内蒙古自治区において狭域と広域草原生態系における炭素・窒素貯蔵量、温室効果ガスの放出量を一元化して評価する研究をスタートさせました。
 さらに、炭素・窒素循環における微生物の機能の解明と、新たな二酸化炭素固定菌の獲得も試みています。
 この一連の研究に楊さんをはじめとする当研究室の学生たちもかかわっており、現場を見て、学び、考える貴重な経験をしています。
楊 
 私は内蒙古自治区に隣接する吉林省の出身です。中国の東北林業大学で森林農場の分野を専攻しましたが、専門である土壌についてもっと学びたいと思い高知大学に来ました。
 私にとって草原の退化・砂漠化は、ずっと意識してきた問題の一つ。特に今関わっているテーマは新規性が強く、非常にわくわくしながら日々研究に取り組んでいます。

 現在は最初の段階として、草原退化が進むと土壌中の微生物数やその多様性がどう変わっていくかということについて調査しています。その次のステップが、二酸化炭素固定菌の同定と特性評価。最終目標は、獲得した二酸化炭素固定菌を使って草原土壌で二酸化炭素を固定し、草原を修復すると同時に砂漠化と地球温暖化の進行を防ぐことです。
 また、来年度からは土着の植物である草や低木類を使って砂を固定し、植被を回復する研究テーマを開始する予定です。このように、現地の微生物、植物などの生物資源を最大限に活用し、草原生態系の再生につなげていきたいと考えています。

遊牧民の住宅地からの距離を測りながら、退化の程度を調査中
(内蒙古自治区)
注目したのは、その土地に生息する土着微生物


土壌試料採取中の楊さん

 この研究のポイントは、土着の微生物を使うところです。砂漠化し痩せてしまった土壌では植物は育ちません。かといっていきなり化学肥料を投入しても土壌はそれを保持できないし、環境負荷も大きい。現地の土壌中から単離した菌を使った微生物肥料が開発できれば、その土地に適した“環境にやさしい”土壌改良資材になるのです。
楊 
 それに、もしかするとまだ発見されていないすごい能力を持った菌が見つかる可能性もあります。

 今は年に一、二回、10日ほどの滞在期間で内蒙古自治区に入っています。もちろん院生、学部生も一緒です。そこでプロジェクトチームのメンバーや現地の大学の研究者たちと一緒に様々な現場調査を行い、試料(土と植物)を採取して日本に持ち帰ります。
楊 
 現地調査において一番大切なのは、やはりそのフィールドとなる現地のことをよく知ること。草原退化の状態だけでなく、居住している人口や人びとの営みの様子、また現地政府の取っている対策なども含め、きちんと把握したうえで調査に入らなければなりません。
 また、新鮮な微生物を生きたまま持ち帰らないといけないので、試料の取り扱いには非常に気を使います。土が乾燥すると微生物が死んでしまうので、湿ったまま、しかもなるべく温度が低い状態を保つために、保冷剤をたくさん入れて飛行機でも機内持ち込みです(!)。そうやって大事に持ち帰った試料を、今度は高知大学の研究室で地道に調べていきます。

 微生物をスクリーニングして、どれが一番よく働いているか調べて選び出すという作業ですね。
楊 
 一番うれしいのは、やはり実験がうまくいって、いいデータが出た時。新しい研究なので文献などが少なく大変な面もありますが、高知大学で学ぶことが母国の環境保全につながるので本当にやりがいがあります。
放牧区と放牧禁止区の微生物特性  X-FとY-Fはそれぞれ1998年と1999年に放牧禁止区に指定された。 X-GとY-Gは連続して放牧している場所である。 土壌微生物の分析結果から、禁止区より放牧区で、種の豊かさと多様性の値が大きく、均等度が低くなる傾向を示した。しかも、この傾向は放牧圧の大きいX牧場でより顕著であった。前者はおそらく家畜のふん尿の添加により土壌の養分が増加したためと考えられるが、後者は過放牧になると、土壌微生物の数や種数が増えるが、微生物相のバランスが悪くなる可能性を示唆している。
未来に貢献できる研究、人材を高知から

 楊さんもそうですが、学生たちは修士、博士と上がっていくに連れ、自分のテーマに関しては理解も深くなってくるんですね。また、院生は自分の研究に取り組む傍ら、後輩の指導にも関わりますが、楊さんの場合は日本語と英語が半々くらいの指導なので、後輩たちは一生懸命に英語での会話をがんばっています。学生同士の刺激や成長も大きいのではないかと思いますね。
楊 
 高知大学は静かな環境で研究に集中できるし、先生や仲間もフレンドリーで親切です。このプロジェクト研究を通してしっかり勉強し、退化・砂漠化が進んだ草原生態系を修復する新たな再生技術の創出に貢献したいと思っています。

 私たちの研究は、いわば草原再生や地球温暖化防止の“地産地消”版。そこにある生物資源を有効活用し、その効力を発揮するという考え方です。ですから内蒙古自治区での研究成果を一つの課題解決モデルとして、乾燥・半乾燥地、さらに世界中に発信していきたいと考えています。
 また、そういう世界レベルの研究やそれに携われる優秀な人材を、高知大学からどんどん輩出していけたらうれしいですね。
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