高知大学農林海洋科学部・大学院総合人間自然科学研究科農林海洋科学専攻

研究紹介
持続可能な未来に向けて、農林海洋科学分野の研究が果たす役割は多岐に渡ります。
高知大学では多くの個性的な教員が、地の利を活かし世界に貢献できる様々な研究活動を行っています。

特集記事−Feature Article

高知から世界に貢献! Innovation from KOCHI

温暖化で海はどう変わる?
― 温帯性から熱帯性へ、海の変化を追う!

中村洋平

[専門領域] 魚類生態学
[研究テーマ]
●魚類の生息場利用・着底場選択機構
●環境劣化が魚類に与える影響
●地球温暖化が海洋生態系に与える影響
●海洋保護区の機能

地球の温暖化が進み、世界中で沿岸域の熱帯化が起きています。高知大学では、世界的な課題に対して先駆的な調査・研究が進められています。課題解決に向けて、海の中の状況をつぶさに調査し、環境変化の現状に向き合う中村洋平先生にお話を伺いました。

海の中の変化を調査・記録する

黒潮が流れる、豊かな海がすぐそばにある高知県。その沿岸が私たちのフィールドです。暖流があたる高緯度海域のところでは熱帯性と温帯性の生物が混在するために生物相の変化が起きやすく、高知は日本の中でもいち早く海の環境変化が顕著に現れる、絶好の研究環境なのです。

季節によって異なる種類の魚が見られ、通常、夏場には黒潮に乗ってたくさんの熱帯性魚類がやって来て、冬になると命を終えます。海水温の上昇によって生息環境が変わり、魚の種類が変化しています。我々は海に潜ってそれをモニタリングし、どの種の魚が越冬できているのか、あるいは次の世代を生み再生産しているのかなどを調査・分析しています。
地球温暖化が進む中、高知の海では、今後世界の海で起こるであろう現象が起こっているわけで、この調査データは世界からも注目を集めています。人がどうやって自然と共生していくか、それを示唆する重要なデータです。

横浪半島のサンゴ群落。サンゴが死滅するまでは多くの魚類が生息していた

ホンダワラ藻の種類の変化を見る

高知県は温帯性の海藻の南限付近にあたり、1970~1980年代、高知県沿岸には温帯性ホンダワラ類が繁茂していました。その後、海水温の上昇に伴い、藻場自体が減少するとともに、熱帯性ホンダワラ類が出現するようになりました。単に藻があれば良好な環境ということではなく、温帯性の海藻がほぼ年中繁茂しているのに対し、熱帯性の海藻は温かい時期しか生えないので、水温の低い時期に藻場を利用している魚にとっては生活の場を失うことになります。

また、沿岸部の環境の変化は、沖合の魚にも影響します。沿岸に生えているホンダワラ類がちぎれて沖に流され、その「流れ藻」が魚の住処となるのです。温帯性のホンダワラ類はほぼ年中沖合に漂っていますが、熱帯性のホンダワラ類は夏場にしか流れてきません。高知では、流れ藻のまわりに集まるブリの稚魚を獲る「モジャコ漁」が盛んですが、ブリの稚魚が集まるのは春先に限られているので、将来的にモジャコ漁にも影響が出ることが危惧されているのです。

土佐湾沖の流れ藻に付随するブリの稚魚

藻場からサンゴ場への変化を見る

高知大学物部キャンパスから、車で20分ほどの場所にある夜須町手結の海岸では、カジメという海藻が繁茂していた藻場が消滅し、サンゴ場になりました。1990年代後半から、藻場が徐々に縮小し、壊滅して岩場になったところにサンゴが加入したのです。環境が激変したことで、そこに出現する魚類相にも変化が見られ、サンゴ群落をエサ場やすみ場として好むチョウチョウウオ類やスズメダイ類などの熱帯性魚類が見られるようになりました。

手結海岸からその東隣の住吉海岸にかけての一帯は、かつて良質のアワビがたくさん獲れていましたが、今は獲れません。調査で、アワビの漁獲量がなくなった時期と海藻がなくなった時期が一致していることがわかっています。
また、横浪半島の池ノ浦では、古くからイセエビ漁が盛んですが、サンゴが生えてきたことで、漁に支障が出ています。サンゴにイセエビ漁の網が引っかかってしまうためです。昔から、漁師が毎朝くじ引きで漁場を決め、争いが起こらないようにしてきましたが、温暖化による環境変化は新たな課題を生んでいます。

海の変化は漁業にも大きな影響を与えています。高知県はまさにその課題先進県です。少し先の将来を見ている我々にとって、地球環境の変化に伴って生物がどんな影響を受けているのか、その情報を蓄積し、次の変化に対応するための生き抜く知恵を生むことが重要な使命です。

土香南市手結でのビデオ撮影調査。ここのサンゴも2018年初頭の大寒波で大量死滅した

環境保全に向けて、将来を予測する

環境保全のためには、高知の海の現状を把握するとともに、温暖化による海の変化を予測して対策を打っていかなくてはなりません。また、資源としての魚を守るためには、生息環境の保全が重要ですが、それは魚の「今」を見るだけでは不十分で、稚魚から成魚までの成育場所を調べる必要があります。例えば、サンゴ礁で暮らすイソフエフキという魚は、子どもの時には岸近くにある海草藻場に生息しています。したがってイソフエフキを守るためには、サンゴ礁だけではなく周辺の海草藻場の保全も必要だということがわかります。我々は、魚種ごとに摂食や成育場所などの生活史を追うことで、魚を守るための環境も明らかにしようとしています。

また、海洋汚染による環境変化と魚類との関係についても研究を行っており、ある環境下で汚染が起こった場合にどの魚が生き残ったか、成長が阻害されていないかを見ていくことで、汚染に強い魚、弱い魚を識別します。将来汚染が起こった時に、どんな種類の魚が減少していくか、どんな影響があるかの予測が可能となり、生態系を守るためにどの程度まで汚染レベルを下げる必要があるのかという指標を示すことが可能となります。

 

アオブダイに発信機を装着してアオブダイの行動を調べる

魚の食性を明らかにするために消化管内容物を調べているところ

環境変化にどう対応するかを考える

藻場の減少は全国的な問題で、水産庁の藻場再生事業の検討委員会が設置され、私もその委員として参加しており、さまざまな角度から検討を行っています。海藻の減少や種類の変化は、地球温暖化による海水温の上昇が一つの重要な要因であることが明らかです。自然の大きな変化に抗うことには限界があるので、「元に戻す」議論だけでなく「違うタイプの海藻をどのように活用していくか」の議論もされるようになってきました。
藻場の回復に向けて、海藻の胞子を蒔く藻場造成は各地で行われていて、そこには天然藻場と同様に魚が生息していることがわかっています。しかし、今後水温が上昇する海域で、どんな海藻を生やしていくべきかはまだ答えが出ておらず、これからの課題となっています。また、ウニや植食性魚類の増加による食害をどう防ぐかも課題で、対策についての研究が全国で進められています。そんな中、すでに近い未来の環境が見られる高知の海は、まさに絶好の試験地なのです。

温暖化によって海の中の環境が変わり、生態が変わり、魚種が変わる。これを止める、戻すという考えもありますが、何をもってこの変化が悪であると評価するのか、私たちはその見極めも行っています。ある魚にとっては悪いことでも、ある魚にとっては良いことかも知れない。我々は、それがどのような大きな変化につながっていくのか未来を予測し、自然との共生に向けて地球全体で策を講じるための土台を構築しているのです。

多くの魚類が生息している宇佐の造成カジメ場