高知大学農林海洋科学部・大学院総合人間自然科学研究科農林海洋科学専攻

研究紹介
持続可能な未来に向けて、農林海洋科学分野の研究が果たす役割は多岐に渡ります。
高知大学では多くの個性的な教員が、地の利を活かし世界に貢献できる様々な研究活動を行っています。

特集記事−Feature Article

Live with The Earth ― 地球との共生

沿岸域のマイクロプラスチックを探査する
― 汎用性・操作性に優れた観測システムを開発

池島 耕

[専門領域] 沿岸環境学、水圏生態学
[研究テーマ]
●熱帯のマングローブにおける水産生物の生態
●マングローブ生態系の修復
●沿岸域のマイクロプラスチック分布と生物への影響

プラスチックの年間生産量は、この50年で約20倍に増えているといわれています。1972年に世界で初めて海洋プラスチックの問題を提起する論文が発表されましたが、それが深刻な課題として広く注目されたのは2010年以降のこと。近年ではSDGsの機運が高まり、課題解決の重要度が増しています。
風雨や紫外線にさらされて劣化し、極小さな粒子となって海を漂うマイクロプラスチックについては、解明されていないことが多く、謎に包まれています。環境や生態系への影響を明らかにし、SDGs目標である「海の豊かさを守る」ためには、まずはどこにどれだけの量のマイクロプラスチックが浮遊、沈殿、堆積しているのか、さらにその種類や状態を知ることが必要です。それを調査・分析するためには、環境中のマイクロプラスチックを採集、分離、計量し、種類を特定するための迅速で効率的、そして汎用性の高い方法が求められています。
マングローブや干潟に生育するカニや魚などの水生生物およびその生態について研究する池島研究室では、人間の暮らしに近い沿岸部のマイクロプラスチックの現状に着目。堆積する泥の中や水生生物の体内からマイクロプラスチックを効率的に検出する観測手法を確立し、さらにその種類を判別する観測手法の開発に取り組んでいます。

浮くはずのプラスチックが沈んでいる?

マイクロプラスチックは、広い海のどこにあるのでしょうか?  プラスチックには、その比重によって海に浮くもの、沈むものがあり、プラスチックの加工の状態によっては法則どおりではありません。論文によると、世界中で産出されるプラスチックの種類・量と陸上で処理されるプラスチックの量から導き出した、海に浮いているはずの比重の軽いプラスチックごみの推定値に対し、実際に浮いているのはわずか1~2%です。では、残りの9割は一体どこにあると思いますか?
加工品の形状、添加剤による加重、藻の付着などで沈む場合もありますが、実のところ沈殿した軽いプラスチックが見つかるのは沿岸の海底に限られ、9割以上が「どこにいったのか、わかっていない」のが現状です。

私がこの研究に携わるようになったきっかけは、研究フィールドとしている沿岸域に多くのマイクロプラスチックの沈殿が見られると報告され始めたことです。私は、2015年から、沿岸域のマイクロプラスチックについて調査・研究をスタートさせました。研究のテーマは、プラスチックごみや堆積物の多い川の河口域や干潟の泥を採取し、マイクロプラスチックを取り出してその組成と分布を明らかにすることです。同時に、そこに生息する水生生物の胃や腸の内容物を調べ、生物汚染の実態について調査・分析を行いました。

底泥中に含まれるマイクロプラスチックの 採集・分離の手法を確立

調査の対象は、堆積物の多い河口域です。まずはこの底泥から、いかに高度・高価な機器や試薬を必要とせずにマイクロプラスチックを取り出すことが重要でした。なぜなら、多くの研究者が手軽に採用できる手法を開発すれば、世界中のいたるところでマイクロプラスチックのサンプルを抽出することができ、マイクロプラスチックの挙動解明に大きく貢献することができます。

我々はまず、いくつかの既存の方法を組み合わせて、十分な精度で効率よく、底泥中のマイクロプラスチックを測定する方法を考案しました。この方法では、採取した底泥に酸化剤を入れて有機物を取り除き、残った底泥を比重の大きい塩化亜鉛溶液を独自に開発した比重分離装置に入れ、攪拌静置します。すると、比重の大きな砂や泥の粒子は沈澱し、マイクロプラスチックは表面に浮いてきます。この上澄みを吸引ろ過してグラスフィルターにマイクロプラスチックを集めることができます。
分離で得られた収集物をプラスチックに吸着しやすいNile-red染料で着色するとプラスチックのみ蛍光を発します。この特性を活かし、光を当てながら顕微鏡で観察すると、マイクロプラスチックの大きさや数を確認することが可能です。

比重分離装置の開発では、なるだけ安価で丈夫な材料を使い、シンプルで使いやすい構造を目指しました。収集の精度を高めるためには、マイクロプラスチックが浮いた溶液の表面を極力揺らさないようにする必要があります。開発当初は、溶液を入れる塩ビ管をバルブで上下に仕切る方法も検討しましたが、摩擦によって塩ビ管の破片が混入するリスクがあり却下。最終的には、塩ビ管用の分岐部品を取り付け、静かに水を加えてあふれさせる手法を採用しました(写真1:OC-T)。

Nile Red染色し、蛍光撮影した写真。オレンジに光っているものが、マイクロプラスチック

 

写真1 マイクロプラスチック比重分離装置 開発の過程

 

写真左:カニを解剖して、エラや内蔵を摘出
写真右:生物標本や底質に酸化剤を加えて、有機物を分解

定泥中や生物の消化管に含まれるマイクロプラスチックは、砂や泥や有機物と分けるために、 薬品で有機物を分解したのちに、比重の大きな溶液に入れて分離する。独自に開発した比重 分離器で効率的に分離作業が行えるようになった。

必要とされるのは、 安価にマイクロプラスチックを判別する方法

次に、底泥から分離したマイクロプラスチックの種類を特定する必要があります。種類はマイクロプラスチックの起源や、海における挙動を調べるために有効な情報となります。 その方法としては既に、フーリエ変換赤外分光法(FT-IR)が確立しており、現在様々な機器メーカーが技術開発を競い、プラスチックの判別を自動化する技術も開発されています。しかしそれらの装置は非常に高額で、手軽に導入するのは困難です。課題解決のためにはより多くの研究者に参加してもらい、観測と分析数を増やすことが重要です。そのためにも安価な観測機器の開発が必要でした。
そこで私たちは、FT-IRと同様な赤外線吸収スペクトルの計測が、より小型の装置で行える分光イメージング装置を用いたマイクロプラスチック計測システムを発案しました。

このアイデアを赤外線分光の技術に卓越する香川大学創造工学部の石丸伊知郎先生にご相談し、共同開発したのが、プラスチック計測のための2次元赤外分光イメージング装置です。この装置は、プラスチックの破片をのせたサンプルを短時間で測定・分析することができます。測定方法は、写真を撮るような感覚で行います。取得した波形によってこのマイクロプラスチックが何なのかわかるしくみです(写真2)。また、2次元のデータが得られるので、マイクロプラスチックの大きさや数を計測することが可能です。 今後は、プラチックの判別を自動化できるようバージョンアップしていく予定です。

マイクロプラスチック比重分離装置とマイクロプラスチック計測システム

 

写真2 二次元赤外分光イメージング装置によるマイクロプラスチックの分析
引用:Nogo et al. 2021. Analytical Methods, pp. 647-659.

汚染はあなたの住む地域の河口域にも 広がっている

この装置・手法を活用し、高知県内の河川河口域を調査・分析してみると、興味深い結果が得られました。計測したのは、高知市の市街地を流れる久万川、郊外を流れる国分川、農地を流れる甲殿川のマイクロプラスチックの状況です。
都市部を流れる久万川に多くのマイクロプラスチックが見られることは予想していましたが、次に多いのが流域に農地が多い甲殿川だったのは意外な結果でした。
これは、人間の生活から排出されるプラスチックだけでなく、台風で飛ばされたり、劣化して流された農業資材などもマイクロプラスチック増加の一因であるためと考えられます。そして国分川河口ではヨシが群生している"ヨシ原"に大量のプラスチックごみがあり、底泥からはマイクロプラスチックも多く検出されています。そうした底泥の分析の結果、マイクロプラスチックの濃度は深海の数百倍ものレベルであり、種類としては、水に浮くはずのポリプロピレンとポリエステルが含有量の50%を占めていました。周辺に生息するカニの胃腸の内容物にもマイクロプラスチックが認められ、汚染が進んでいることがわかりました。

河口域でマイクロプラチックが生じているとすれば、このマイクロプラスチックの今後の行方をしっかり見ていく必要があります。ずっとここに堆積していくのか、海に流れていくのか確かめなければなりません。ヨシ原はカニの生育場所であり、小さな魚にとっても重要な餌場です。カニは種類によって食べ物や生育場所が違うので、その生態の違いがマイクロプラスチックを取り込む量や摂取リスクの違いにどう関与するのかを観察することも重要です。例えば、マイクロプラスチックを取り込んでしまう原因は、藻類についているものを食べているせいなのか、それとも、そもそもエサと間違えて食べているのか……といった具合です。それらをつぶさに観察することで陸から海へプラスチックがどう動き、マイクロプラチックを創り出しているのかを知る手がかりになると考えています。

環境汚染は、あなたが住む地域にも広がっています。身近な環境の中からでも、世界の課題解決の糸口を探し出すことができます。豊かなフィールドが広がる高知で、一緒に実りある研究をしましょう!

プラスチックゴミが散乱する国分川河口域