高知大学農林海洋科学部・大学院総合人間自然科学研究科農林海洋科学専攻

学び360度! 先輩たちの声
大学での学び方や先生との関係、農学生生活、サークルなどなど……。
高校とは違う大学でのリアルな生活を先輩たちに聞いてみました。

大学院インタビュー

納豆のネバネバ―ポリ-γ-グルタミン酸の可能性を探る

白米優一

修士2年(2015年度)

まさかの衝撃! 研究対象は納豆のネバネバ

私が遺伝子工学の分野に興味を持つきっかけとなったのは、学部3年生の時の芦内先生の授業です。先生の納豆に関する研究内容を聞いた時、まさかいつも食べている食材が食材としてだけでなく医療や美容、工業分野等々、少し視点を変えれば様々な可能性を秘めていることに気づかされ、俄然、興味がわきました。迷うことなく芦内先生の研究室を志望。先生の指導のもと、学部の卒業論文では、納豆のネバネバの主成分であるポリ-γ-グルタミン酸(PGA)の合成・増産に関わるpgsE遺伝子の新たな可能性について、また大学院の修士論文では、レアメタル回収材としてのPGAの可能性について研究を行いました。

PGAが微生物分子育種技術の"常識"を覆す!

大腸菌などの微生物に有用な遺伝形質を導入し、有用物質を生産する分子育種技術は、遺伝子工学の世界においては非常にポピュラーな技術です。しかし、その際に必要なベクターDNAを細胞質内に保持するためには、抗生物質の添加が不可欠であり、抗生物質の乱用による薬剤耐性菌の出現や製品価値の低下など、様々な問題点も内包しています。
そんな中、私たちは抗生物質の添加なしでもベクターDNAが脱落しない新機能遺伝子を発見しました。それが、PGAの増産に関わるpgsE遺伝子です。

卒論では、その構造と機能の相関性について解明し、pgsE遺伝子が作る超小型膜タンパク質EdmS因子がDNAの分配制御に係っているという推測を得ました。さらに、このような小型タンパク質が単独で複雑なDNA分配を差配しているとは思えないことから、何らかの協奏因子があるのではないかと考え、PGAに関わる遺伝子を網羅的に探索。結果、べん毛の基底軸を形成するFliFが、パートナー因子として協奏的に働いていることを突きとめました。
これは誰も予想していなかった非常にユニークな発見であり、人と環境にやさしい新たな分子育種技術の確立にもつながる可能性を秘めています。後に「BBRC (Biochemical and Biophysical Research Communications)」にも論文発表することができました。

pgsE遺伝子が、ベクター脱落を防ぐ

 

修士2年になって、この研究をあらためて環太平洋国際化学会議2015でポスター発表した

PGAの"第三の手"で、都市鉱山からレアメタルを回収

PGAの化学式を見ると、実はナイロンと同じ主鎖骨格を持っています。ナイロンにないのがキラルポリマーという立体化学性を持つ分子(化学式中、青で示した部分)で、これは"第3の手"として他の分子とくっつく性質を持っています。実はこの "第3の手"をいかに有効に活用していくかが、PGA研究における重要なテーマです。

PGAの化学式

一方、先端産業に欠かせないレアメタル(レアアース)は、わが国ではそのほとんどを輸入に頼るしかないのが現状ですが、大量に廃棄される家電製品などの都市鉱山には希少金属がたくさん埋もれており、中でも永久磁石などに使われるディスプロシウム(Dy)やネオジム(Nd)は今後も継続して高い需要が見込まれていることからレアメタル(レアアース)の回収・再利用の必要性が指摘され、盛んに研究が行われています。

現在、レアメタル回収材として利用されているのはポリアクリル酸(PAC)です。PACは工業的にも広く利用されている代表的な化成ポリマーの1つですが、原材料を石油に依存しているため、環境への影響や石油資源の枯渇といった問題を孕んでいます。環境への関心が高まっている現代社会では高効率的な回収材としてだけではなく、環境調和型の代替材料が求められています。そこで私たちが着眼したのは、廃液からレアメタルを回収・分離するために必要なPGAの"第3の手"を活用です。
修論では、上述のPACとPGA、PVA(ポリビニルアルコール:ここでいう"第3の手"となるものが存在しないポリマー)の3価金属イオンの吸着試験を行い、それぞれの吸着量の推移を分析。結果、PGAは、レアメタル回収材として利用されているPACよりもはるかに優れた吸着性が示唆されました。
修論の実験過程では、実はもうひとつ非常にユニークな発見を得ました。それは、3価金属イオンにおいてPGAが示した吸着挙動です。PACが一般的な化成ポリマーと同様の双曲線型を示したのに対し、バイオポリマーであるPGAはシグモイド型(S字型)を示しました。

シグモイド型の代表例には、例えばヘモグロビンの酸素解離曲線(酸素多いところでは酸素を離さず、酸素の低いところでは酸素を離す)がありますが、同じようにPGAは金属濃度の変化に鋭敏な曲線を描きました。一般的な化成ポリマーには見られないこの挙動には何らかの生理的特性が存在すると考えられ、「微生物とレアメタルの関わり合い」という新たなテーマも見えてきました。

(左)3価金属イオンを対象に吸着実験

 

PGAはPACよりも吸着性が高い!

 

PGAとPACの吸着挙動の比較

微生物とレアメタルの関わりを解き明かせ!── 博士課程でさらなる挑戦を

バイオポリマーであるPGAが特殊な吸着挙動を示したことを皮切りに、では実際にレアメタル(レアアース)と微生物を共存させると微生物にどのような影響を及ぼすのかを調査しました。すると、我々が予想していなかった微生物応答が得られました。具体的には堆肥中に常在する微生物のうち、耐熱・耐塩・耐カチオン性色素(抗菌剤)を示すコロニーから、Dy存在下で生育速度が増す微生物を見いだしたのです。最近、Dy応答性を示した微生物が土壌常在、かつPGA生産菌としても有名な「巨大菌」の一種であることも判明しました。また同時に、顕著なPGA増産も確認するに至りました。In存在下では巨大菌の生育は大幅に抑制されましたが、こちらは重金属が生物にとって毒性になるという一般的な認識からも矛盾のない結果でした。Dy存在下で生育速度の促進とPGA増産といった微生物応答は我々が予想だにしなかった大きな発見だったのです。今後は博士課程において、この研究をさらに進めていく予定です。

微生物相手の研究は、実験や分析も微生物にあわせて行なう必要も出てくるので体力的には大変なところもありますが、我々が想像していなかったユニークな結果と遭遇できたらそれまでの苦労がすべて吹き飛ぶほどの充実感があります。それは何にも代えられない喜びであり、その喜びを教えてくださった先生や高知大学には本当に感謝しています。これからも研究に邁進し、人と環境に調和した次世代技術の発展に貢献できるような成果を上げていきたいと思っています。

新たな微生物応答の可能性が