循環制御学 (循環制御学のページへ
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教育方針・目標

教育理念
 生理学における最も基本的で重要な命題が、ホメオスターシス、すなわち恒常性維持機構の解明であり、その理解を助けることが医学部の生理学教育の根幹であることはいうまでもない。しかし、歴史的にみると、その研究手法が、時代とともに、マクロからミクロ、あるいは統合的手法から要素還元的手法へと一方向性にすすみ、いまや、その逆方向への知識の醸成を試みる生理学研究者・教官が極めて少なくなった。そのため、教育面においてもその弊害として、知識の統合よりも要素の記憶に重点がおかれつつある。生理学から生化学、分子生物学が派生し、独立した学問に体系化された今、基礎科学としての生理学という学問階層に求められるのは、まさに統合生理学(integrative physiology)であり、これこそが医学部の生理学教育の柱となり、臨床医学へとつながるものであると考える。
 このようなことから、統合生理学の考え方に重点をおいた学部および大学院教育を実践し、"考える臨床医および医学研究者"を育成する。

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研究内容

動脈圧調節機構の解明
 動脈圧の異常には、高血圧、低血圧および起立性低血圧に代表される血圧失調があるが、その病態の定量的理解はこれまで困難であった。本研究では、システム生理学、循環生理学、神経生理学、医用工学的アプローチにより、動脈圧反射における設定値をあきらかにし、動作点決定の仕組みをフィードバックダイナミックシステムとしてとらえる統合的枠組みを提案し、動物実験によりその妥当性を確認した。さらにこれらの研究成果が、生理的な動脈圧調節機構をエレクトロニクスとマイクロマシン技術を応用して再現するバイオニック動脈圧反射システムの開発を可能とした。また、提案した枠組みに基づいて、血圧失調の分類を試みる臨床研究を国立循環器病センターおよび米国Vanderbilt大学自律神経失調センターと共同で実施中である。

動脈圧調節機構を機能再建するバイオニック動脈圧反射システムの開発
 シャイ・ドレーガー症候群のように、血管運動中枢が障害された場合、神経反射弓を機能代行し、血圧情報を遠心性神経情報に変換する情報型人工臓器、すなわちバイオニック動脈圧反射システムが必要となる。本研究では、バイオニック動脈圧反射システムに組み込まれるべき人工的血管運動中枢の動作原理を独自の白色雑音システム同定法により定量的に求め、マイクロコンピューターにその動作原理を移植することに成功した。モデル動物実験により、バイオニック圧反射装置の機能は、生体本来の圧反射の機能と統計的には区別できないほど一致していた。したがって、原理的には、人工的血管運動中枢をもつ人工的神経反射弓により、生体本来の動脈圧受容器反射の機能を代行することができると考えられた。現在、本学附属病院で臨床試験を実施中である。

慢性心不全の病態解明
 慢性心不全は、各種心疾患の終末像できわめて予後不良な病態である。現在、心移植以外に助かる道はない。しかし、近年、慢性心不全の予後が併発する循環調節の破綻と密接な関連があることが明らかにされつつある。本研究では、慢性心不全に併発する循環調節の破綻が脳内のアンジオテンシン系の活性化によるものであること、および脳内にアンジオテンシン変換酵素阻害薬を投与することにより、その活性化を防止できることをモデル動物実験により明らかにした。

小動物における循環動態テレメトリーシステムの開発
 ヒトの循環器疾患における病態解明や薬物療法の開発において、動物モデルにおける検討が重要であることはいうまでもない。しかしながら、これまでは、さまざまな循環器疾患モデルが確立されているラットなどの小動物の心機能を評価する方法がなかった。本研究により開発されたコンダクタンスカテーテル法により、はじめて、生体位でのラット心室容積の連続測定が可能になり、基本的ポンプ特性を記述する圧容積関係を求めることができるようになった。現在、本方法が、世界標準となっている。さらに、ラットなどの小動物は、近年めざましい進歩を遂げつつある分子生物学的アプローチに適していることから、今後、分子レベルの研究で得られた心機能に関わる知見と臓器レベルで得られた知見を統合する試みが展開するものと期待されている。

神経インターフェイス技術の開発
 循環制御の中心的役割を担う自律神経とインターフェイスし神経活動により機能代行装置を制御したり、自律神経にプログラム入力することによって循環制御中枢を最適化したりする経神経的循環器治療が期待されている。そのためには、長期間神経とインターフェイスすることのできる埋込型神経電極が必要である。本研究では、マイクロマシン技術を応用して、埋込型微小神経電極を開発している。神経束を一度切断し、断端間に多数の小孔の開いた電極をはさむと、電極上の小孔を通って神経線維が再生するという神経再生の原理を利用したものであるが、各小孔は独立した電極として機能させることができるため、多チャンネルの神経活動の記録や刺激ができる可能性があるという長所がある。

非破壊組織診断法の開発;同軸プローブ法による肝・肺・脳組織の誘電解析法の開発
 従来の生体標本を用いた組織診断には、主として形態学的アプローチが用いられているが、このような手法の場合、どうしても組織採取という侵襲を生体に加えなければならない。また、組織診断には時間を要し、繰り返し行うことの難しさなどの欠点がある。誘電スペクトル解析は、組織に微弱な交流電流を流し、周波数−電流−電圧関係を測定するというものであるため、この方法により非破壊的で実時間評価の可能な組織性状診断法が開発される可能性がある。
 将来、腹腔鏡下での肝組織診断への応用を想定し、動物の呼吸に伴う組織の動きに追随できる「位置サーボ追従型同軸プローブ」を自作し、極めて再現性の良い誘電分散スペクトルを得ることに成功した。さらに、組織構築を反映した誘電体モデルを考案し、理論解析から"生きている肝細胞"の電気的特性量の算出に成功し、理論的には、肝組織の線維化、浮腫等が充分診断可能であることを報告した。

培養心筋細胞を用いた、エネルギー代謝変換調節機構の分子生物学的解明からみた新しい心筋細胞防御法の開発
 我々はこれまで、心不全悪化因子であるエンドセリンなどの心血管作動性ペプチドの遺伝子発現には、その細胞のエネルギー代謝状況が大きく影響することを明らかにし、さらにこの研究の過程で我々は、in vivoにおける心臓と、in vitroにおける心臓は、その基盤としているエネルギー代謝系が著しく異なっていることも明らかにしてきた。このエネルギー代謝学的相違の原因メカニズムを明らかにし、心筋細胞保護法の開発につなげること、さらに虚血性心疾患などでみられる脂肪酸代謝系の抑制機構を明らかにすることで、逆に脂肪酸代謝を活性化させグルコース代謝系に傾かせない方法を開発するのも、本研究の第二の目的である。

中枢神経系修飾による新しい心不全病態解明の試み
 これまでの心不全病態に関する研究では、分子生物学的手法による心不全原因遺伝子の改変マウスの開発により、心血管性作動性ペプチドや各種サイトカインが複雑に関与していることは明らかであるが、逆にいえば単一因子によって、この病態をすべて説明することや、単一因子をブロックすることでこの病態の進行を抑制させることは、非常に困難であるといわざるを得ない。つまりこれまでの阻害剤や拮抗薬を基礎とした、別の新たな視点からのアプローチが必須と考えられる。そこで新たなアプローチの概念として、中枢神経支配のターゲットとしての心臓を考え、心不全時の中枢神経系におけるあらゆる変化を分子生物学的見地から捉えることを本研究の目的とする。そのためには心不全時の中枢神経系における各種脳内ペプチド動態の変化を捉える。

細胞ストレス応答の差異からみた新しい虚血性心疾患の予後判定指標についての研究
 これまで循環器疾患における研究は病態解明そのものに向けられてきており、一方で事前診断すなわち、将来的に虚血性心疾患になった場合の予後の良し悪しといった、予後診断的研究はあまりなされてこなかった。また心不全の進行速度が、症例によってたとえ同じような抗心不全薬を使用しているにも関わらず、その反応性が異なり、将来的な予後に著明に差がでることもしばしば経験される。これらの差異を、細胞レベルにおけるストレス応答の違いとして捉え、本研究においては、虚血性細胞ストレスに対する応答性の相違を、HIF、およびその蛋白分解系関連因子として最近注目されているprolyl hydroxylaseとの関係から明らかにしたい。すなわちHIFの蛋白分解の差異によって、このストレス反応が異なるのではないかという点を明らかにする。