高知大学 医学部 外科学講座 外科1




平成23年1月






2011年の年頭に当たり、ご挨拶申し上げます。


近年外科医不足が叫ばれています。大学間での勝ち組と負け組の格差が明瞭と

なり、もはや「白い巨塔」どころか「新入医局員もいない」大学外科教室の権威は完

全に失墜しました。関連病院を含めて大学外のあちこちで「こんな酷い状況にも関

わらず、うちの大学の教授や教室の連中は、一体何をモタモタしているのだ」という

苛立ちの声も聞こえてきそうです。


こうした外科医を取り巻く閉塞感や悲壮感が漂う危機的状況を打破するために、わ

れわれ大学人は一体何をしたらいいのでしょうか?以下は外科に焦点を絞って述

べさせていただきます。私はこうした困窮の時期だからこそ、本来の大学の使命で

ある「優れた人材(外科医)の育成」に重点をおくべきだと思います。


坂本龍馬もそうでしたが、歴史的には、こうした混迷の時代の方がより多くの英雄

が誕生しています。外科医不足の酷い状況を打破する時期の人材育成こそ、将来

高知県だけでなく、日本の外科医療も背負って立つような有能な人材が生まれる

好機ではないかと思っています。ピンチはチャンスなのです。


  「優れた外科医の育成」の手段として以下の3つを提案します。


@ 自らの手でしっかり手術を執刀できる外科医の育成

A 自ら研究を企画・実行し、英語論文で国際誌へ発信できる外科医の育成

B 自らの手で後輩をしっかり教育できる外科医の育成


順番に沿って、具体的な取り組みについて述べます。

@ 手術は原則として全員が手術に参加できるシステムを構築することが大切だと

 思います。当科で推奨してきたパーツ式外科手術教育法の特徴は、教授から研

 修医まですべての外科医が一つの手術の中で自分が執刀できるパーツを必ず

 一つは担当し、全員が責任を持って担当患者さんの手術に当たれることです。若

 い外科医にとって執刀できるパーツが徐々に増加していくことは、自分の成長を

 実感できるため、たまらない魅力となります。指導者も一つ一つのパーツを後輩

 に教えることによって、手術をより深く理解し、手術教育の奥深さを同時に知るこ

 ともできます。まさに両者ともにメリットが得られる一石二鳥の教育システムです。

 また現金な話ですが、自分が執刀した症例なら周術期管理も自然に力が入ると

 いうものです。最近全国各地の比較的若い指導責任者の方たちから「パーツ式

 をうちも取り入れました」という声を聞く機会が増えてきております。私たちの試み

 に共感し、追随して下さるのは本当に有り難いことだと感謝しています。


A 研究の意義は、研究成果を世界中の人々が共有化して活用することによって、

 その恩恵を多くの人々が享受できることです。そのためには英語で論文を書いて

 研究成果を世界に発信することが不可欠となります。初期研修医時代から複数の

 学会発表を行うトレーニングを積むことは論理的思考力を養う上で重要です。大

 小はともかく、若い時期から学会の「アワード」に応募させ、運よく獲得できれば、

 その後の外科医生活の大きな motivation にも繋がります。また若手外科医が担

 当した貴重な症例は必ず英語論文化し、大動物を使用した基礎研究には積極的

 に参加することを促しています。更に全国規模や世界に先駆けた複数の臨床研

 究を若い時期から実務担当者として経験することによって、質の高い研究のノウ

 ハウを学び、将来の研究者としての自立に備えています。教室では私を含めて3

 人の指導者が、これまでに少なくとも20編以上の筆頭英語論文の執筆経験を有

 しており、英語論文化の際は強力なサポーターとしての役割を果たしています。こ

 うした環境で指導された若手の中から英語論文の書き手が育ってくれば、適切な

 比喩ではありませんが、「ねずみ講式」 に自ら研究を企画・実行し、英語論文で

 国際誌へ発信できる外科医は養成できるのではないかと期待しています。とにか

 く 「研究を行う意義と英語で論文を書く価値」 を若い時期からしっかり教え込むこ

 とが肝要ではないかと思います。


B 指導者は後輩を教育する際は、褒美や手柄はできるだけ後輩にいくように配慮

 し、自らの役割は最終責任を取ることに専念すべきです。自らの手で後輩をしっ

 かり教育できる外科医はこうした徳を兼ね備えている人が多いような印象を持っ

 ていますし、指導者自ら先頭に立って教育に励んでいます。それを怠って、指導

 者が美味しい汁ばかり吸い上げているような組織の存続は危惧されます。研修

 医や若手医師はそうした指導者のいる教室には、そのうち足を運ばなくなるでしょ

 う。外科医は従来から求められている高いレベルの臨床能力だけではなく、昨今

 は医療訴訟対策に通じるコミュニケーション能力も求められます。したがって後輩

 をしっかり指導できる外科医の育成は、地域から信頼される外科医療の質を担

 保する上でもきわめて重要な社会的意義を持っているのではないでしょうか。


教授就任1期目の5年間(2006年から2010年)を振り返り、教室が発展していくため

の基礎固めは、ある程度できたのではないかと自負しています。


「継続は力なり」です。「優れた外科医の育成」 という当科の大目標に向かって、

2011も地道な努力を続けて参ります。その結果として、「世界に羽ばたく」 優れた

外科医が一人でも多く誕生することを、新春の夢とさせていただきます。


平成23年1月吉日
高知大学外科学講座外科1 教授 花ア 和弘