高知大学 医学部 外科学講座 外科1






教室 羅針盤  2014
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はじめに

2006年4月から高知大学医学部外科学講座外科1教室の大目標に「Academic 

Surgeon(研究マインドを持った手術の上手な外科医)の育成」を掲げ、「教室10か

条」等々で進むべき方向を示しながら教室運営をしてきた。


この間、教室員たちの切磋琢磨によって、教室の業績は飛躍的に伸びた。具体的

な例を挙げてみる。


1.2005年までの教室の手術件数は年間400例台であったが、2006年から500例

台、2011年から600例台となり、2013年に650例に達した。2014年も増加している。


2.2005年までの英語論文数は年間数本だったが、2006年以降は年間10編以上と

なり、近年は20編以上となった。最近5年間の英語論文数は高知大学医学部で最

多である。


3.全国学会・国際学会の主題発表や受賞に関する業績ボードを教室の前に設置

した。1枚の業績ボードに51編が掲載されている。2006年秋から掲載が始まり、

2014年8月現在には4枚目に突入することが出来た。すなわち過去8年間に少なくと

も153編以上の全国に誇れる業績を教室から発信できている。


ただし、教室運営に当たり、まだまだ不十分な点があるのも事実である。今回は自

省の念も込めてどうしたら教室がもっともっと発展するのかについて愚考してみた。


1.後輩への手術指導方法

手術に関しては「良好な手術成績は良好な人間関係から」を目標に、「パーツ式手

術教育法」を提唱してきた。パーツ式手術教育法は若い人ができるだけ術者にな

れる機会を増やし、motivationを上げるためだけでなく、上司は若い人を指導する

ことによって指導者としても成長していただく、「To teach once is to learn twice」の

教育法である。自ら率先して肝胆膵外科分野で取り入れ、これまで500例以上の手

術をトラブルなく実施し、現在も推進中である。


情けは人のためならず。講師以上の指導的立場の先生は、激務に耐えている後

輩に少しでも執刀の機会を持たせて、真の指導者へと成長していって欲しい。若者

にチャンスを与えられる指導者こそ良き指導者だと思う。


山本五十六は「やってみて、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は

動かじ」との有名な言葉を残している。これはまさに外科医育成教育にもピッタリ当

てはまる名言である。指導者は部下にまずは手術のお手本を見せ、次にそれを部

下にやらせてあげて、最後は少しでもいいから褒めて、部下に華を持たせてやって

欲しい。


2.研究への取り組み方

外科医は手術だけしていればいいのだろうか。外科医が研究をする必要はないの

だろうか。という質問の前に、なぜ医師は生涯学習をする必要があるのかという問

いを教室員に発してみたい。ある人は「患者さんのため」、ある人は「医療の質向上

のため」、またある人は「専門医資格が欲しいから」といろいろな答えがあろう。私

は医師の生涯学習は「EBM(evidence based medicine)実践のため」に必要である

と考える。EBMとは目の前の患者さんを救うために、最良の医学知識を最新の文

献(英語で書かれたものが圧倒的に多い)を介して習得し、それを患者さんのため

に実践することである。


ではどうして研究が必要なのか?という質問の答えは、どんなに最新のEBMを駆

使しても、目の前の患者さんを良くするために解決できない問題が未だ存在するか

らである。そうした問題を解決するためには自ら研究をしてevidenceを創出するし

か方法はないのである。すなわち研究とは地球上にこれまで存在しなかった新知

見(ニュース)を生み出すために行うものである。小生はこうした研究から生まれた

新しい医療は、EBMを発展させるものであり、ECM(evidence creative medicine)と

命名して、学生たちにも教えている。研究の目的は、これまで不明だったことに対し

て調査を行い、その結果を整理し、新知見として世の中に発信し、人類に貢献する

ことである。特に医学研究においては、たった一つの新知見によって世界中の多く

の患者さんの命が助かる素晴らしい幸運もある。


外科学の発展に関する研究は現場を知る外科医の果たす役割が大きいのは言う

までもない。高知大学外科1の教室員はEBMだけでなく、ECMも実践できる医師に

育って欲しい。


3.論文の書き方

「すべての研究は英語論文(以下論文)で完結する」が当科の目標である。これに

ついては拙著「論文の書き方」にまとめて皆さんに配布しているので、是非参考に

して欲しい。以下にコツを述べる。書き方の順番は書きやすい、Materials and 

MethodsまたはResultsから開始し、その後書きにくい、Introductionまたは

Discussionを連携しながら書いていくと捗る。最後にIntroductionに掲げた仮説を証

明できたのか否かについて、Discussionの結語にまとめると医学論文として完結す

る。また論文が掲載されるか否かの当落に最も関与するとされるAbstractは最後

の最後に頭をもう一度スッキリさせてから書くことをお薦めする。


老婆心ながら、論文の初心者ほど難しい言葉や文脈で書こうとしやすい。俗にいう

「煙に巻く」という表現を多用しがちだ。これは大きな間違いである。科学論文はシ

ンプルでわかりやすい表現が好まれ、そうした論文の採択率は高い。Simple is 

betterである。


次に論文の書き方の各セッションについて要約する。


 1) Abstract

大抵の論文は250単語以内の要旨を求める。とにかく簡潔(シンプル)に書くこと。

論文作成の最後に各セッションのエッセンスに絞って書く。欲張らないことが肝要

で、一つの論文で言いたいことは一つだと割り切るとまとまりやすい。


 2) Introduction

研究または調査の目的(これまで不明で今回解明したいことを中心に書く)や背景

(明らかになっている点と不明な点に分けて書く)について記述。次に新知見を得る

ための仮説を述べて、本研究の価値(世界初等)を訴える。尚、impact factorが高

い有名な雑誌ほどintroductionが充実しており、引用文献数も多い。


 3) Materials and Methods

過去の文献を参考にしながら、研究や調査の方法を詳細に記述。他人がやっても

同じ研究を再現できる手法であることが大事である。また複雑な統計学的手法や

解析法を用いる場合は、予め統計学の専門家に相談しておくことを推奨したい。


 4) Results

研究や調査から得られた結果を整理し、図や表を多用して簡潔にまとめることが大

事である。特に新知見は具体的かつわかりやすく記述すること。結果は、論文の中

で一番重要だと言われており、後世に最も影響を与える部分でもある。


 5) Discussion

結果に沿って、新知見を導き、その価値について考察する。また今後この新知見を

どのように発展させていくかについても言及すると論文の価値は一層高まる。


 6) References

実はいい文献を揃えることが一番重要であり、論文の書き方に長けた人や頭のい

い人はこの部分の処理が上手い。疲れた時は文献整理をして、使える文章をどん

どんアウトプットし、作成に苦労するDiscussionやintroduction等に書き込んでいくこ

とを推奨する。これを日常化すれば、論文化のspeedは加速的に早くなる。

どんな時代でも「忙しいから論文を書く時間が無い」と言う人が必ずいる。それは嘘

だ。そういう人はどんなに暇でも論文は書かないと思う。Always Writingの姿勢で、

毎日15分ずつ論文を書くだけで、論文業績は人並み以上になる。継続は力なり。


4.人を育てる

指導者の究極の目標は自分を超えるような部下を育てることだと思う。


人は褒めてばかりいても育たないし、逆に厳しく叱るだけではもっと駄目だと思う。

時に厳しく(叱る)、時に優しく(褒める)というのが良いのではないか。その比率を

松下幸之助は、「指導者は1割厳しく、9割寛容に」と教えている。


どうしても人間は他人に対して厳しくなりがちである。教室員はどのように思ってい

るか知らないが、私はその比率を5割ずつにして、できるだけ褒めるように心がけて

いる。また自分自身も教室員を叱るよりは褒める方が精神的に救われる。


おわりに

山本五十六は、前出した「やってみて、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらね

ば、人は動かじ」の後に、以下の言葉を続けている。


「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず」


「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」


人を育て、実らせることは大変な手間暇がかかる。ただし、人材育成こそが高知大

学医学部外科学講座外科1が生き延びる最良の道である。外科医の少ない今だ

からこそ、こうした人材育成が最も大切だという価値観を教室全体で共有していき

たい。


  2014年8月吉日
   高知大学医学部外科学講座外科1 教授
花普@和弘