研究報告

高知大学 プロジェクト「黒潮圏科学による地域社会の温暖化適応策の構築」ホームページ

平成22(2010)年度

課題研究1:サンゴ群集生態系の保全と再生:

鹿児島県与論島において、温暖化によるサンゴ礁劣化を促進させていると見られる陸域からの富栄養化物質流入を地域社会の合意形成に基づき抑制するために、地域のステークホルダーの参画を得て昨年度立ち上げに成功した「ヨロンの海サンゴ礁再生協議会」を機能させるために地域住民と共同で組織を整備すると共に、一般住民の理解を得るための講演会活動、富栄養化物質の大きな供給源と見られるサトウキビへの施肥実態の把握、地下水水質調査等を行った。 並行して、そのような富栄養化物質等の環境負荷が高水温による白化現象をどのように/どの程度促進するかを解明することを主目標に、(白化の際にサンゴ細胞から抜け出すといわれている)共生褐虫藻のサンゴ細胞からの出入りのメカニズムを解明するための実験系の確立、及びサンゴ細胞内の褐虫藻のDNA解析、ウィルスによる白化促進を検討するための実験系の構築、試料とするサンゴ細胞の長期保存のための技術開発等を行った。

 

課題研究2:河川のアユ資源の保全と再生:

アユの河口域の行動に関して21年度に蓄積したデータの解析を進め、アユの回遊に関するより詳細な分析を進めた。また、アユの生態を東アジアという広域の視点から解析する試みに着手した。その第一弾として、ヴェトナムにおけるアユの生態を稚魚に焦点を当てた調査を実施した。ヴェトナムのアユは、すでに絶滅しているとの通説に対し、22年12月には中国との国境の河口域において、その稚魚を発見し、通説を覆す成果を得た。このことは高温な環境でアユがいかに生育するかを研究する上で、重要なステップいえる。

 

課題研究3:温暖化による藻場生態系の変動のモニタリング:

藻場分布調査により土佐湾における藻場の衰退が明確になった。この結果を生態学の国際会議の報告は高い評価をうけ、ポスター賞を受賞した。また、温暖化が藻場の衰退に影響を与えることを裏付けるように、低温の海洋深層水が放出されている場所ではクロメ藻場が形成され拡大していることが明らかになった。また、熱帯性と温帯性の藻場で魚類群集構造を比較し、その結果は日本水産学会で公表した。

 

課題研究4:食料生産における温暖化適応策の検討:

水稲については、温暖化による高温の影響が著しい中国華南地域の湖南省で、高温が玄米品質および収量性に及ぼす影響についての情報を収集するとともに、相互に訪問し、研究成果を発表した。また、高知県の早期栽培水稲について、近年、顕在化している登熟期間の高温寡照条件下での登熟性の品種・系統間差異と出穂期前の少照条件の影響を解析した。果樹については、高知県特産の新高梨の温暖化に伴う休眠不足および夏期の高温による生理障害への対策について検討し、一定の成果を得た。

 

課題研究5:総括:

総括班は、プロジェクト全体の統一性を具現化する観点から、温暖化の進展によって不可逆な自然の変化が生じている現象を明確に捉え、それに対して、順応するタイプの適応を考える事例の研究を展開した。焦点はサンゴの分析にあるが、本学にはその生態の専門家がいないため、黒潮生物研究所と連携しながら、サンゴの北上に関するデータの基礎的な解析を行った。また、その展開を科学的に明らかにするため、プライマーを用いた褐虫藻の分類や分布の分析のための準備を完了した。 また、温暖化の気象学的知見を整理するため、①内島善兵衛氏の講演会を企画・実施し、特に宮崎県で計測された気温の変化と導入作物の事例分析に示唆を得た。②農業情報センター(つくば市)の文献検索システムで食料生産における温暖化対応研究の動向情報を収集し整理した。この他、③前年度、フィリピンのレガスピ市で開かれた「気候変動による農林水産部門への影響と適応研究会議」で行った報告のプロシーディングス用原稿を再整理した。

 


平成21(2009)年度

課題研究1:サンゴ群集生態系の保全と再生:

陸域における経済活動がサンゴの生態系に与えるインパクトの分析をフィールドと水槽実験で平行して展開した。与論島における生活・生産排水が地下水を通じて海洋を汚染するルートを探索するための施設を整えるとともに,サンゴの白化メカニズムを実験室で捉えるための環境を整備した。サンゴ細胞内の褐虫藻の共生状況について,サンゴ細胞の食胞に取り込まれた褐虫藻の周縁構造がどのようなものかについてこれまでほとんど分かっていなかったが,その状況が過マンガン酸カリウム固定法による断層撮影により初めて明らかになった。

 

課題研究2:河川のアユ資源の保全と再生:

河川上流域における環境変化の調査,アユの生活史と資源変動に関わる調査などを展開した。各河川の河口域と沿岸域の砕波帯,移動ルート中に調査区を設け,海域でのアユ及び餌のプランクトンの生態を分析し,主要な河川のアユはかなりの割合で母川回帰することが確かめられた。

 

課題研究3:温暖化による藻場生態系の変動のモニタリング:

藻類に関する野外生態調査・培養試験などにより,藻類生態の基本的な情報収集や調査研究を実施した。藻場の定期的な観察を継続し,高知県沿岸域のデータの収集を完了し,現在これを地図に整理中である。このデータからは,県西部において熱帯性ホンダワラ(フタエモク)の分布が拡大中であること等が判明している。また,藻場の生態系に焦点をあてた比較研究を日本,フィリピンで展開し,高知県における熱帯性海藻は温帯性海藻と比べて繁茂期間が短く,海藻藻場を成育場や餌場として利用する魚種に影響を及ぼす可能性があることが明らかになった。

 

課題研究4:食料生産における温暖化適応策の検討:

温暖化傾向が水稲生産および露地作果樹に及ぼす影響について検討した。白未熟粒割合と玄米粒長の長さ,粒幅,粒厚の関係を検討し,高知県における水稲生産への影響を明らかにした。また,果樹作では全国的に開花・不発芽が増加している。高知県の代表的な果樹である新高梨でもこの傾向が確認されているが,原因のひとつは休眠不足の可能性が明らかにされた。温暖になりすぎて,冬季の低温が少なくなり,開花障害が発生している。適応策の一手段としてシアナミド剤の使用が休眠打破に果たす役割についても分析を展開した。

 

◎研究成果報告会

各サブプロジェクト間で進捗状況を共有するため。2010年2月8日(月)にプロジェクト内研究会を開催した。プログラムはこちら