研究内容 − 古地球磁場変動の解明

地球磁場の強さは時間的に安定ではなく,様々なタイムスケールで変動します.過去100年間については,地磁気観測を元に決定された地球磁場モデル(IGRF-9; Macmillan et al., 2003)から,地磁気双極子モーメントの大きさが約6%減少したことが明らかになっています(下図).しかし,より過去に遡ってその変動の様子を知るためには,考古学的遺物あるいは地質試料から,古地磁気学的手法を用いて当時の地磁気情報を読み取る必要があります.

(1)考古学的遺物を用いる方法

通常の考古学が対象とする過去5万年間程度の時間範囲については,人類活動の結果として,世界各地に土器や窯跡などの考古学的遺物が存在します.これらは人為的に加熱されたことが明らかである等,絶対古地球磁場強度測定の対象としてほぼ理想的な試料といえ,測定法の種類を問わず信頼度の高い測定結果が得られると考えられます.Donadini et al. (2006) および Korhonen et al. (2008) は,主に考古学的遺物から推定された古地球磁場強度絶対値をデータベース化しました.この結果に基づくと,地磁気双極子モーメントの大きさは約2000年前に現在の約2倍以上にもなる極大を示し,それ以前は現在とほぼ同じ値(〜8x10^22 Am^2)を最大として推移していたことが分かります(下図).つまり,最近の数千年間をのぞけば,現在の地球磁場はやや強い状態にあると言えるわけです.


[過去50000年間の地磁気双極子モーメントの変動]

これらの研究によって明らかになったのは大まかな地磁気強度変動の姿であり,より詳細な変動の姿を明らかにするため,現在も世界各地の大学・研究機関で精力的に研究が進められています.ヨーロッパ・日本などでは伏角・偏角の変動も含めた標準曲線が構築されつつあり,古地磁気測定結果が考古遺物・遺跡の年代決定に利用されるケースも数多くあります.

(2)地質試料を用いる方法−火山岩

考古学的遺物が存在しない過去約1万年よりも以前については,地質試料に記録された残留磁化の情報に基づいて,過去の地球磁場強度を推定します.地質試料のうち,火山岩(溶岩)は,その形成時(噴出時)に当時の地球磁場の方向・大きさに応じた熱残留磁化を獲得するため,古地球磁場強度絶対値(絶対古地磁気強度)の優良な記録媒体だと考えられています.通常,絶対古地磁気強度測定の対象となる火山岩は,陸上露頭から採取します.


[溶岩のサンプリング風景]

絶対古地磁気強度の測定法には大きく分けて「テリエ法」と「ショー法」の2つのタイプの方法がありますが,私たちの研究グループは主に後者を改良・発展させた「低温消磁2回加熱ショー法」(Tsunakawa and Shaw, 1994; Yamamoto et al., 2003)という方法を用いています.火山岩に対しては,テリエ法よりも信頼性が高いと考えているからです.これまでに,フレンチポリネシア・ソサエティ諸島,木曽御嶽,雲仙火山などから採取した試料から絶対古地磁気強度測定結果を得ており,推定される地磁気双極子モーメントの時間変動をグラフにまとめると下図のようになります.


この結果に基づくと,過去500万年間の地磁気双極子モーメントの平均は約 5×10^22 Am^2となり,現在の地磁気双極子モーメントの大きさ(約 8x10^22 Am^2)の約60%であることが分かります.つまり,過去500万年間を「地質学的な最近」と考えると,現在の地球磁場は「最近」の平均に比べてかなり強い状態(約2倍)にあることが示唆されるわけです.従来は,テリエ法データに基づき,現在の地球磁場の強さは「最近」と比べても平均的であると考えられてきました.しかし,これまでに私たちの研究グループが得た測定結果は,この考えを大きく覆すものです.これらの結果はまだ時間・空間的なカバー率が低いため,現在も日本列島の火山岩などを対象に,精力的に絶対古地磁気強度測定を進めています.

(3)地質試料を用いる方法−海底堆積物

海洋底には堆積物が時間的に連続して沈降・堆積し,そのときの地球磁場の方向・大きさに応じた残留磁化(堆積残留磁化)を獲得します.したがって,海底堆積物を採取し,その残留磁化を測定すれば,過去の地球磁場環境の情報を連続的に知ることができます.ただし,火山岩が獲得する熱残留磁化とは異なり,堆積残留磁化の獲得は実験室内で事実上再現不可能だという制約があります.海底堆積物からは,地磁気強度の相対的な変動を知ることができます.

深海底堆積物の採取は,海洋調査船からコアラー(柱状採泥器)を投下する等の方法により行います(参考:採泥の方法を紹介しているページ).回収された円柱状試料は半割され,容積7〜10ccの立方体状プラスチックケース(キューブ)を上部から下部にかけて連続的に挿入・回収することにより,古地磁気測定用試料を採取します.


[古地磁気測定用試料の採取風景]
(左) キューブ挿入前, (右) キューブ挿入後, (*) 白く見えている層は火山灰.

1990年代以降,深海底堆積物を用いた相対古地磁気強度変動解明の研究が進み,1999年には過去80万年間の標準曲線が公表されました(Guyodo and Valet, 1999, 「はじめに」のページ).2000年代以降は,過去80万年をさらに遡る変動の解明,および,過去80万年の変動のさらなる詳細の解明を目指して研究が進められています.下図は,日本周辺地域における過去30万年間の地磁気強度変動の様子を,北西太平洋堆積物および日本列島に分布する火山岩から明らかにしたものです(山本, 2007連合大会).


[日本周辺地域における過去30万年間の地磁気強度変動の様子]

火山活動は時間的に不連続に起こるので,火山岩を用いるだけでは古地球磁場強度変動の様子を連続的に知ることができません.しかし,古地磁気強度絶対値を知ることができます.一方,海底堆積物は時間的に連続して沈降・堆積するため,古地球磁場強度変動の様子を連続的に知ることができますが,相対的な変動のみしか知ることができません.つまり,過去の地球磁場環境の変動を完全な形で知るためには,火山岩と海底堆積物からの測定結果を相補的に組み合わせて研究を進めていく必要があります.私たちの研究グループは,海底堆積物からの古地磁気測定にも積極的に取り組んでいきます.