研究内容 − はじめに

一般に,我々が生活の基盤としている地球表層は大陸・海洋・大気から成り立っていると考えられ,地球環境について議論・考察をする際はとかくこの三者に目が向けられがちです.しかし,ここで忘れてはならないのは,地球磁場もまた地球表層の環境を構成する重要な要素の一つであり,この磁場の変動もまた我々人間の生活に大きな影響を与えるということです.たとえば,地球磁場は,太陽から吹き付ける太陽風などの高エネルギー放射線に対するバリアーとしての役割を果たし,そのおかげで,地上における私たち人類を含む生物の活動が可能となってきました.科学技術が発達した近年では,無数の飛行機や人工衛星が地球上空を飛び交うようになり,それらに対するバリアーとしての働きも見逃すことはできません.

しかし,地球磁場は時間的に安定ではなく,様々なタイムスケールで変動します.その最たるものが地球磁場の逆転で,約78万年前に最後の逆転を起こし現在の状態に至っています.この78万年間にも,逆転には至らなかったものの,類似した現象(地磁気エクスカーション)が何回も起こっていた可能性があることが分かってきました.その存在がほぼ確定的だとされるものだけでも,Mono Lake エクスカーション (33千年前), Laschamp エクスカーション (41千年前), Blake エクスカーション (120千年前), Iceland Basin エクスカーション (188千年前), Pringle Falls エクスカーション (211千年前), Big Lost エクスカーション (570千年前), Stage 17 エクスカーション (670千年前) があります (Laj and Channell, 2007).このような逆転・エクスカーションの期間中には,地球磁場の強さが現在の1/10にまで減少していたことも最近の研究によって明らかになってきました.つまり,地磁気バリアーの機能が大幅に低下する時期がしばしばあったわけです.


[地磁気逆転・エクスカーションの概念]

近年の科学技術の発達は目覚ましく,無数の飛行機や人工衛星が地球上空を飛び交うようになり,人類の活動の場が地表から上空へと広がりを見せてきました.飛行機や人工衛星なくしては現在の人間の生活・経済活動は立ちゆきません.これらの存在によって現代文明が支えられていると言っても過言ではありません.太陽は約11年の活動周期をもちますが,その極大期には多量の高エネルギー放射線が放出され,結果として電子回路の破壊・太陽電池パネルの劣化等が引き起こされ,機能停止に陥る衛星の数が増えるという報告があります.地磁気バリアーの機能が低下すれば,太陽活動の極小期にも同様な現象が頻発することが予想されます.また,現在でも飛行機の乗務員は通常の人よりも放射線の被曝量が多いとされていますが,この量が劇的に増加し,事実上上空での勤務が不可能になる事態も想定されます.もし,仮に人類が近い将来に地磁気逆転や地磁気エクスカーションの時期を迎えるようなことがあれば,その影響は測り知れません.地球上空における人間の活動がすべて不可能になり,現代文明に多大なる影響が生じる可能性も考えられます.

地球磁場変動の将来予測をする重要性は,人類が活動の場を地表から上空へと拡張した現在,非常に高まってきているといえます.われわれは,過去の歴史に学び,今後の生活設計に役立てることができるという知恵を持っています.1990年代以降の古地磁気研究の進展により,下図のように最近100万年間程度の地球磁場強度の変動史が明らかになってきました.しかし,この図に示された相対的変動の様子に関しては研究者間で合意が得られていますが,地磁気強度の絶対値がどのように変動していたかに関してや,100万年を越える過去の地磁気強度の相対的な変動,そしてこの100万年間の相対的な変動でも百年〜千年スケールの短周期変動の様子に関しては,依然として詳細が分かっていません.科学的手法を駆使してこれらの変動史を明らかにすることは,今後数十世代にわたる人類の行動設計のためにも必要不可欠だと言えます.


[過去80万年間の相対的な地磁気強度変動]

地震・火山による自然災害は100-1000年程度の間隔で繰り返されるため,社会の関心も高く,これまで,公的な機関がしっかりと責任を持って研究に取り組んできました.しかし,1000-10000年程度の繰り返し間隔を考えると,地磁気強度低下による地磁気エクスカーションや地磁気逆転も大変大きな自然災害となり得るわけで,注意を払う必要があります.地震・火山に関する研究と同様に,地球磁場変動に関する研究にも,公的な機関がしっかりと責任をもって取り組む必要があります.