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Endo, H., N. Nakayama, K. Suetsugu and H. Miyake (2010)
A larva of Coryphaenoides pectoralis (Gadiformes: Macrouridae) collected by deep-sea submersible from off Hokkaido, Japan
Ichthyological Research
57(3): 272–277.

2004年度 日本魚類学会年会でのポスター発表(No. 182)  2004年9月25〜27日 琉球大学理学部
 *このページの内容を,無断で引用・転載することを固くお断りします.


 しんかい2000で採集されたソコダラ科ムネダラの仔魚
 A macrourid alevin of Coryphaenoides pectoralis collected by "Shinkai 2000"

 ○遠藤広光(高知大理)・末次貴志子(東大海洋研)・三宅裕志(新江ノ島水族館・海洋研究開発機構 JAMSTEC)
 ○Hiromitsu ENDO, Kishiko SUETSUGU and Hiroshi MIYAKE

要旨
 2000年9月に北海道東部沖広尾海底谷の水深1,246 m において,旧海洋科学技術センター(現海洋研究開発機構 JAMSTEC)の深海潜水艇「しんかい2000」の潜行調査が行われた.その際に水深 530mの中深層で,うちわ状の胸鰭をもつソコダラ科のAlevin期仔魚が1個体採集された.この仔魚は,頭長14.5 mm,全長149+ mm のほぼ完全な個体で,鰓条骨数が6,第1背鰭鰭条数が9(擬棘を含む),腹鰭鰭条数が7,腹部に発光器がない,肛門は臀鰭始部直前に位置する,鰾内のガス腺と血管網数が2,体の黒色色素胞のパターンが既知の本種Alevin期に一致することから,ムネダラ Coryphaenoides pectoralisと同定した.また,第1背鰭と腹鰭,尾部は著しく延長し,それぞれ頭長の約2.6倍,3.6倍,10.3倍に達する.これらは中深層での浮遊期に適応した形態と考えられる.なお,本標本は既知の本種Alevin期では最大サイズであり,稚魚期標本の最小サイズが頭長 17.2 mm であることから,本種の稚魚への変態時期はおよそ頭長15〜16 mmと予想される.

はじめに
 ソコダラ科(sensu Nelson, 1994) は,4亜科38属300種あまりを含むタラ目最大のグループである.本科魚類は北極海の一部を除く世界の深海域に広く分布し,多くの種は大陸棚の水深100mから6500mの大洋底にかけての海底直上に生息し,一部は中深層域にも出現する.本科魚類の初期生活史の知見は,およそ1割の種について断片的な情報が得られているにすぎない.これは本科の卵や仔稚魚が表層に出現せず,広大な中深層で初期生活史を過ごすことから,この時期の標本が極めて採集されにくいためである.
 北太平洋に分布するホカケダラ属 (Coryphaenoides) の初期生活史は,ソコダラ科内でも比較的研究が進み,これまでにイバラヒゲ C. acrolepis, カラフトソコダラ C. cinereus, キタノソコダラ C. filifer, C. leptolepis, ムネダラ C. pectoralis, ホカケダラ属の一種 C. sp の計 6 種の alevin 期仔魚が記載された (Stein, 1980; Endo et al., 1993; Ambrose, 1996; 遠藤, 1996).しかし,これらの標本は中深層でのトロールネットで採集されたため,第1背鰭や腹鰭,尾部の損傷がはげしく,生時の状態は不明であった.さらに,多くの標本はオープンネットで採集されたため,生息深度もまた不明であった.
 2000年9月15日に北海道沖の広尾海底谷で行われた旧海洋科学技術センター(JAMSTEC)の有人潜水艇 “しんかい2000” の調査中に,水深530mの中深層 (海底水深 1246 m) で,特徴的なうちわ状の胸鰭をもつムネダラalevin 期仔魚が1個体観察・採集されたので報告する.ソコダラ科魚類の計数および計測方法は Iwamoto and Sazonov (1988) に,初期生活史の用語はMerrett (1989) にそれぞれ従った.


Fig. 1. Lateral view of Coryphaenoides pectoralis (NSMT-PL 117). * Photograph 2

Coryphaenoides pectoralis (Gilbert, 1892) ムネダラ

標本データNSMT-PL 117, 14.5 mm HL, 149+ mm TL, 42-10.80' N, 144-10.74' E, 530 m depth (bottom 1246 m), off Hiroo, eastern Hokkaido, 15 Sept. 2000 (10:43), 3.53 C, JAMSTEC submersible "Shinkai 2000" (Dive No. 1218, NT 00-09), sampling gear: slurp gun, coll. by H. Miyake.

特徴:第1背鰭鰭条数 10 (擬棘を含む); 腹鰭鰭条数 7; 鰓条骨数 6; 鰾内の血管網とガス腺数 2; 鰓耙数 (第1鰓弓内側) 0+9=9; 腹椎骨数 14; 頭長は全長の約 9.7 %; 第1背鰭長は頭長の約 2.8 倍; 腹鰭長は頭長の約3.6 倍; 下顎に髭をもつ; うちわ状の胸鰭をもつ; 発光器をもたない; 肛門は臀鰭始部やや右側寄りに位置する; 躯幹部体側中央の黒色色素胞はまばら; 第1背鰭とその基部,腹鰭,胸鰭,腹部には黒色色素胞が密に分布する.


Fig. 2. Alevin (A-C, NSMT-PL 117) and juvenile (D, CBM-ZF 5875: 17.2 mm HL) of Coryphaenoides pectoralis.

結果および考察
 しんかい2000で採集されたソコダラ科 alevin 期仔魚は,鰓条骨数6,発光器をもたない,肛門が臀鰭始部直前に位置することなどから,ホカケダラ属 Coryphaenoides の特徴をもつ(Figs. 1, 2A-C).北部北太平洋域に出現する本属のうち,第1背鰭鰭条数 9-11,腹鰭鰭条数 6-8,鰾の血管網とガス腺数2の計数形質の組み合わせからムネダラ C. pectoralis と同定した(Table 1).また,本標本の黒色色素胞の分布パターンは,Endo et al. (1993) により記載された本種Alevin 期仔魚の特徴によく一致した (Fig. 3).また,本標本は既知のalevin 期仔魚では最大サイズであった.これまでに知られる本種稚魚の最小サイズが 17.2 mm HL であることから (Fig. 2D) ,稚魚への変態期はおよそ15〜16 mm HLと考えられる.
 ムネダラ alevin 期仔魚における第1背鰭と腹鰭の伸長は,Gilbert and Burke (1912) が新属新種とした Ateleobrachium pterotum (ムネダラのジュニア・シノニム)に見られるが ,その標本の鰭条先端部分は欠損しており完全な状態ではなかった (Fig. 3).今回得られた標本から本種 alevin 期末期における第1背鰭長と腹鰭長は,それぞれ頭長の約 2.8 倍および約 3.6 倍であった.本種は約 500〜600 mm TL まで中層域で過ごすことが知られている(Cohen et al., 1990).ソコダラ科の alevin 期仔魚では,成長に従いうちわ状の胸鰭柄部が短くなり,中深層での生息深度が次第に深くなる.変態し稚魚期に入ると胸鰭の鰭条が完成し,その後まもなく浮遊生活から底生生活へと移行する.本種 alevin期仔魚における第1背鰭と腹鰭鰭条の著しい伸長は,稚魚期へと延長する浮遊生活に適応した特徴と考えられる.
  Fahay and Markle (1984)は,タラ目の共有派生形質の1つとして “仔魚の肛門は体側に開孔する” ことを挙げた .本標本の肛門位置は右体側への偏りが認められ,本目幼期の特徴をよく示す.
 ムネダラの alevin 期仔魚の遊泳行動は,中深層で初めて直接観察された.水深 530 mでの採集直前に,本個体は第1背鰭と腹鰭をほぼ垂直方向に広げ,尾部後半部および第2背鰭と臀鰭の鰭条をそれぞれ波状に動かして,ゆっくりと遊泳していた.ソコダラ科の成魚では,第2背鰭が著しく短いが,本種のalevin 期末期では比較的鰭条が長く,機能的であった(Fig. 4).


Fig. 3. Records of the alevin period of Coryphaenoides pectoralis from the North Pacific.


Fig. 4. Aquarium photographs of Coryphaenoides pectoralis (NSMT-PL 117).

比較標本 Coryphaenoides pectoralis (2 specimens): CBM-ZF 05875, 17.2 mm HL, 106+ mm TL, 38-55.6'N, 145-31.5'E-38-55.6'N, 145-29.5'E, depth unknown, off Tohoku, 9 Nov. 1991, R/V Hakuho-maru (KH 91-6, St. 8), coll. by M. Masaki; CBM-ZF 05853, 26.8 mm HL, 162+ mm TL, 35-02.6'N, 139-20.3'E, 0-960 m depths, Sagami Bay, 19 Dec. 1982, R/V Tansei-maru (KT82-13, St. A2), coll. by M. Masaki.


謝辞 本研究の標本の採集や貸与に関してご協力頂いた次の方々に感謝致します: 光藤数也氏,千田要介氏および有人潜水艇しんかい2000の支援母船「なつしま」の乗船員の皆様 (JAMSTEC), 篠原現人博士 (国立科学博物館), 宮 正樹博士 (千葉県立中央博物館).

引用文献
Ambrose DA (1996) Macrouridae: Grenadiers. In: Moser HG (ed) The early stages of fishes in the California current region. CalCOFI Atlas no 33, Allen Press, Lawrence, KS, pp 483-499
Cohen DM, Inada T, Iwamoto T, Scialabba (1990) Gafiform fishes of the world. FAO Species Catalogue 10:1-442
遠藤広光 (1996) ソコダラ科魚類の初期生活史に関する研究の現状-東北海域における仔稚魚の採集例-.東北底魚研究,16: 26-34 [Endo H (1996) Review of recent studies on early life history of the family Macrouridae with reference to records from the Pacific coast off Tohoku. Tohoku-Sokouo-Kenkyu (16):26-34 (In Japanese)]
Endo H, Yabe M, Amaoka K (1993) Occurrence of the macrourid alevins genera Albatrossia and Coryphaenoides in the northern North Pacific Ocean. Jpn J Ichthyol 40:219-226
Fahay MP and Markle DF (1984) Gadiformes: development and relationships. In: Moser et al. (eds) Ontogeny and systematics of fishes. Special Publ no 1, American Society of Ichthyologists and Herpetologists, Allen Press, Lawrence, KS, pp 265-283
Gilbert CH, Burke CV (1912) Fishes from Bering Sea and Kamchatka. Bull Bur Fish 30 (for 1910):31-96
Iwamoto T, Sazonov YI (1988) A review of the southeastern Pacific Coryphaenoides (sensu lato) (Pisces, Gadiformes, Macrouridae). Calif Acad Sci 45(3): 35-82
Merrett NR (1989) The elusive macrourid alevin and its seeming lack of potential in contributing to infrafamilial systematics. In: Cohen DM (ed) Papers on the systematics of gadiform fishes. Science Series 32, Natural History Museum of Los Angeles County, Los Angeles, pp 175-151
Nakabo T (2002) Macrouridae. In: Nakabo T (ed) Fishes of Japan with pictorial keys to the species, English edition. Tokai University Press, Tokyo, pp 417-435, 1491-1492
Nelson JS (1994) Fishes of the world, 3rd edn. Wiley, New York
Stein DL (1980) Description and occurrence of macrourid larvae and juveniles in the northeast Pacific Ocean off Oregon, U.S.A. Deep-Sea Res 27A:889-900


(C) 2004 Hiromitsu ENDO