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2005年12月
アカタチモドキ Pseudocepola taeniosoma Kamohara, 1935(スズキ目アカタチ科)
 アカタチ科(Family Cepolidae) は4属19種を含み,平ひも状で体が極めて長いアカタチ亜科(Subfamily Cepolinae,2属7種) と体がややずんぐりして頭が大きく尾鰭が長いソコアマダイ亜科(Subfamily Owstoniinae,2属12種) に分類されています(Nelson, 1994).本科魚類の体色は,鮮やかな朱色や赤色であり,科名「赤太刀」はその体色と体型に由来します.本科魚類はいずれも底生性で,沿岸から大陸棚上の砂泥底にかけて生息します.また,アカタチ亜科の種は軟泥底に穴を掘って棲み,穴の上やその周辺で立ち泳ぎしながら餌を捕食する行動が知られています.
 日本産のアカタチ科魚類は4属8種で,そのうちソコアマダイ亜科は Owstonia totomiensis Tanaka, 1908 ソコアマダイ,O. grammodon (Fowler, 1934) ソコアマダイモドキ,O. tosaensis Kamohara, 1934 オキアマダイ,そして Pseudocepola taeniosoma Kamohara, 1935 アカタチモドキの4種です.Owstonia は,田中茂穂博士がソコアマダイの新種記載の際に設立した新属で,このホロタイプとなった標本は1906年に現在の静岡県浜松市沿岸(遠江 とおとうみ)で採集されました.また,この標本は日本の動物学研究に深く関わったAlan Owston 氏のコレクションに含まれていたため,属名はオーストン氏の名前に因んで付けられました.その後,蒲原稔治博士はオキアマダイとアカタチモドキを,それぞれ1934年と1935年に土佐湾の標本に基づき新種記載しました.1935年の論文で新種記載されたもう1種 O. japonica Kamohara, 1935 は,1年早く記載されたO. grammodon (Fowler, 1934) のシノニムとなっています.
 稀種のアカタチモドキは,アカタチ亜科魚類に類似した細長い体型をしていますが,鰭条のやや長い尾鰭は背鰭と臀鰭と連続せず,ソコアマダイ亜科に似ています.本種のタイプ標本は,他の標本と共に第二次世界大戦の空襲で焼失してしまいました.戦後に蒲原博士はふたたび標本を採集しましたが(おもに1950〜1960年代),それ以降最近になるまで,追加の標本は全く採集されていませんでした.写真の標本を含め,2000年以降に土佐湾西部の大方町や佐賀町で行われている沿岸の底びき網の漁獲物中に本種を数個体発見し,その生鮮時の体色を初めて眼にすることが出来ました.本種の標本のカラー写真は,まだどの図鑑にも出ていません.

参考文献
蒲原稔治.1934.高知市付近の魚類追記(VI).動物学雑誌,46(549): 299-303.
Kamohara, T. 1935. On the Owstoniidae of Japan. Annotations Zoologicae Japonenses, 15(1): 130-138.
Nelson, J. S. 1994. Fishes of the world. 3rd ed. John Wiley & Sons, Inc., New York. pp. 600.
岡村 收.2004.アカタチ科.p. 432 in 岡村 収・尼岡邦夫,編.日本の海水魚 第3版,山と渓谷社,東京.
Tanaka, S. 1908. Notes on some Japanese fishes, with descriptions of fourteen new species. J. Coll. Sci. Imp. Univ. Tokyo 23 (art. 7): 1-54, 4 pls.

写真標本データBSKU 75249, ca. 173 mm SL,2005年7月4日,高知県幡多郡佐賀町佐賀漁港で採集.
BSKU 54113, 2001年4月26日,高知県幡多郡佐賀町佐賀漁港で採集.
Owstonia tosaensis Kamohara, 1934 オキアマダイ BSKU 52070, 2000年10月5日,高知市御畳瀬魚市場(大手繰り網).

(遠藤広光)

2005年11月
アオダイ Paracaesio caerulea (Katayama, 1934)(スズキ目フエダイ科)
 フエダイ科のアオダイ属はインド-太平洋域の熱帯から温帯浅海域に生息し,世界で8種が知られています.南日本周辺にはアオダイの他にシマアオダイP. kusakarii Abe, 1960,ヨゴレアオダイP. sordida Abe et Shinohara, 1962,ヤンバルシマアオダイP. stonei Raj et Seeto, 1983およびウメイロP. xanthura (Bleeker, 1869) が分布します.本属は体高がやや高く,おもに背鰭と臀鰭の最後の軟条が伸長しない,鰓蓋後端直後域に多数の鱗がある,両眼間隔域が隆起する,および背鰭軟条数が通常10であるなどの特徴をもちます.アオダイは鱗がやや大きく(側線有孔鱗数は47〜50),主上顎骨に鱗がない,および体色は一様(生時あるいは生鮮時に青褐色で,死後青色が消えて褐色となる)で体側に横帯がないことで日本産の他種と識別できます.本属名(Paracaesio Bleeker,1875)はフエダイ上科のタカサゴ科(Caesionidae)あるいはフエダイ科のタカサゴ亜科(Caesioninae) に分類されるタカサゴ属(Caesio Lacepede, 1801) によく似ていることから名付けられました.Caesio はこの属の模式種であるササムロ C. caerlaurea Lacepede, 1801の青色の体色に由来します.

参考文献
Carpenter, K. E. 1987. Revision of the Indo-Pacific fish family Caesionidae (Lutjanoidea), with descriptions of five new species. Indo-Pacific Fishes, (15): 1-56.
Shimada K. 2002. Lutjanidae. Pages 819-832, 1553-1555 in T. Nakabo, ed. Fishes of Japan with pictorial keys to the species, English edition. Tokai University Press.

写真標本データBSKU 67244, ca. 25 cm SL,2003年11月18日,高知県室戸市沿岸(室津の鮮魚店で購入,遠藤広光)

(遠藤広光)

2005年10月
ニギス属の一種 Glossanodon sp.(ニギス目ニギス科)
 日本周辺に分布するニギス科魚類には,ニギス属 (Glossanodon) のニギス G. semifasciatus (Kishinouye, 1904) とイチモンジイワシ G. lineatus (Matsubara, 1943) ,カゴシマニギス属 (Argentina) のカゴシマニギス A. kagoshimae Jordan et Snyder, 1902 の2属3種が知られています(Hatooka, 2002).このうち,ニギス属は世界の熱帯から温帯水域にかけて13種が分布しています(Kobilyansky, 1998).写真の標本は,中央水産研究所黒潮研究部の調査船こたか丸が土佐湾中央部で行った底びき網調査で採集されました.体側には1本の黒色縦線が走り,その上縁に沿って,6〜7個の黒色斑があります.また,生鮮時の体側には蛍光を発する薄い青紫色の縦帯があり,同じサイズのニギスとは明らかに異なっていました.しかし,鰭を立てて写真を撮るころには,この鮮やかな縦帯はすっかり消えてしまいました.体側の縦線から当初は稀種のイチモンジイワシだろうと考えていましたが,標本を調べると計数・計測形質や形態形質が明らかに違うので,今後詳しく調べる予定です.

 日本のニギス科のうち,ニギスは水産上の重要種で,福島以南の太平洋岸沖と日本海沿岸沖の水深80〜500mに生息します.高知では「沖うるめ」と呼ばれるニギスは,土佐湾では秋から春にかけて行われる高知市御畳瀬漁協の大手繰り網(沖合い底びき網)で 多く漁獲され,練り製品の材料となったり,干物や塩焼き食卓に上る大変美味しい魚です.鹿児島では鮮度のよいものを刺身で食べます.

参考文献
Hatooka K. 2002. Argentinidae. Pages 283, 1470 in T. Nakabo, ed. Fishes of Japan with pictorial keys to the species, English edition. Tokai University Press.
Kitagawa Y. and M. Okiyama. 1997. Larva and juveniles pf the argentinid, Glossanodon lineatus, with comments on ontogenetic pattern in the genus. Bull. Mar. Sci., 60(1): 37-46.
Kobilyansky, S. G. 1998. Four new Indo-Pacific species and a new key to species of the genus Glossanodon (Argentinidae). J. Ichthyol., 38(6): 725-726.
Matsubara, K. 1943. Ichthyological annotations from the depth of the Sea of Japan: V. On a new microstomid fish, Leuroglossus lineatus, with an emendation on the family Microstomidae. J. Shigenkagaku Kenkyusyo. 1(1): 70-73.

写真標本データGlossanodon sp., BSKU 73138, 62 mm SL2004年10月13日,土佐湾中央部,水深200m,水産研究所調査船こたか丸,写真撮影:三宅崇智

(遠藤広光)

2005年9月
ヤセアマダイ Malacanthus brevirostris Guichenot, 1848(スズキ目キツネアマダイ科)
 ヤセアマダイは,1848年にフランス人のナチュラリストAlphonse Guichenotによってインド洋のマダガスカル島産の標本をもとに,新種として記載されました.本種は,水深50m以浅のサンゴ礁や岩礁周辺の砂礫底に生息し,ペルシャ湾を除くインド-西部太平洋域の亜熱帯から熱帯水域(紅海,南アフリカ沿岸からハワイ諸島までの北緯および南緯32度の間)に広く分布しています. 本種は海底に穴を掘って棲み,多毛類や甲殻類などの底生性の動物を主食とします.また,海底上をペアまたは複数で遊泳する姿が観察されます.本種の主鰓 蓋骨棘はよく発達し,吻が短く丸いこと,尾鰭に2本の黒色線が走ることなどにより,本科の他種と容易に識別できます.生時の体色は,全体に白く,背 側にやや黄色味を帯びた多数の縞模様があります.

 キツネアマダイ科魚類は,日本からは2属6種が報告されています.いずれの種も,細長い体型で,前上顎骨後方に大きな犬歯と主鰓蓋骨に1本の棘をもち ます.主鰓蓋骨の棘の大きさは属の識別形質であり,キツネアマダイ属では顕著で後方に突出し,サンゴアマダイ属では短く薄板状となります.本科魚類のうち,サンゴアマダイ属の種は,とくに色彩が美しいためダイバーに人気があります.また,観賞用として,アクアリストにも人気の高い魚です.

 Dooley (1978) は,分類および系統学的研究によりキツネアマダイ科とアマダイ科(3属を含む)の近縁性とそれぞれの単系統性を示唆しました.その後,Johnson (1984)は,個体発生初期に鼻骨が癒合する特徴を両科の単系統性を支持する形質として挙げています.最近 Imamura (2000) は,本科をセミホウボウ科(Dactylopteridae) の側系統群として位置づけ,本科のキツネアマダイ属をナミアマダイ属 (Caulolatilus)と,サンゴアマダイ属(Hoplolatilus) をセミホウボウ科とそれぞれ姉妹群関係にあると推測しました.また,Imamura は従来のキツネアマダイ科とセミホウボウ科の単系統性を支持する8個の共有派生形質を挙げています.キツネアマダイ科の稚魚は,吻端や前鰓蓋骨,後頭部に発達した棘をもち,一見するとセミホウボウ科に似ているため,この系統仮説も案外正しいのかもしれません.

参考文献
Aizawa, M. 2002. Malacanthidae. Pages 784-785, 1545 in T. Nakabo, ed. Fishes of Japan with pictorial keys to the species, English edition. Tokai University Press.
Bauchot, M.-L., J. Daget, and R. Bauchot. 1997. Ichthyology in France at the beginning of the 19th century: the Histoire Naturelle des Poissons of Cuvier (1769-1832) and Valenciennes (1794-1865). Pages 27-80 in T. W. Pietsch and W. D. Anderson, Jr., eds. Collection building in Ichthyology and Herpetology. Special Publcation Number 3, American Society of Ichthyologists and Herpetologists.
Dooley, J.K. 1978. Systematics and biology of the tilefishes (Perciformes: Branchiostegidae and Malacanthidae), with descriptions of two new species. NOAA Tech. Rep. NMFS Circular 411: 1-1-78.
Imamura, H. 2000. An alternative hypothesis on the phylogenetic position of the family Dactylopteridae (Pisces: Teleostei), with a proposed new classification. Ichthyol. Res., 47 (3): 203-222.
Johnson, G. D. 1984. Percoidei: develoment and relationships. Pages464-498 in H. G. Moser et al., eds. Ontogeny and systematics of fishes. Based on an international symposium dedicated to the memory of Elbert Halvor Ahlstrom. Special Publcation Number 1, American Society of Ichthyologists and Herpetologists.
益田 一・ジェラルド R. アレン. 1987. 世界の海水魚. 山と渓谷社,東京.528 pp.
望月賢二.2004.キツネアマダイ科.pp. 308-309 in 岡村 収・尼岡邦夫,編.日本の海水魚 第3版,山と渓谷社,東京.

写真標本データBSKU 75490, ca. 32 cm SL,2005年7月16日,高知県宿毛市沖ノ島,釣り,標本採集:石川大輔,写真撮影:三宅崇智.
水中写真:高知県大月町柏島後ろの浜,水深8m(撮影:遠藤広光).

(石川大輔・遠藤広光)

2005年8月
シマウミヘビ Myrichthys colubrinus (Boddaert, 1781)(ウナギ目ウミヘビ科)頭部の写真はこちら

 ウミヘビ科のゴイシウミヘビ属(genus Myrichthys)は,世界の熱帯浅海域を中心に分布し,現在9種が知られています(McCosker and Rosenblatt, 1993)*.日本では,シマウミヘビの他に,モヨウモンガラドウシ M. maculosus (Cuvier, 1816)とゴイシウミヘビ(アキウミヘビ)M. aki Tanaka, 1917(モヨウモンガラドウシのシノニム)が分布するとされています(Hatooka, 2002)*.本属は,背鰭が鰓孔よりもはるか前方の頭部上から始まり,体には多数の円形斑や帯状の模様をもつので,他属との識別は比較的容易です.

 シマウミヘビは明色(白色から乳白色)の体に25〜35本の黒褐色の環状斑をもち,円形斑を多数もつ他種とは明瞭に異なります.本種はアフリカ東岸から紅海,ハワイ諸島,南太平洋(ニューカレドニア,フィジーやポリネシア)までのインド-太平洋熱帯域に広く分布しており(McCosker and Rosenblatt, 1993; Randall, 2005),日本では琉球列島と高知県の柏島と沖ノ島で生息が確認されています(平田ほか,1996;浅野,2004).しかし,日本での分布の北限にあたる高知県では観察や水中写真が撮影されたのみで,これまでに標本は採集されていませんでした.写真個体は,水深約10mの岩礁域と砂地の境で索餌中のところを採捕しました.水中ではこの縞模様が大変目立ち,一見すると爬虫類のウミヘビ類のようでした.実際に,本種の白黒の縞模様は爬虫類のコブラ科ウミヘビ亜科の猛毒をもつ種に対するベーツ型擬態と考えられています(McCosker and Rosenblatt, 1993).つまり,無害なシマウミヘビは,明瞭な警告色をもつ有害な爬虫類のウミヘビに似ることで,捕食者を欺くわけです.実はこの捕食者とは,擬態の対象である爬虫類のウミヘビ亜科(とくにHydrophis 属)の種(日本ではクロガシラウミヘビやマダラウミヘビ,クロボシウミヘビ) で,この仲間はアナゴ科やウミヘビ科など穴に潜んでいる細長い魚類を引きずり出して食べることが知られています.爬虫類のウミヘビ類が他の爬虫類のウミヘビ類を捕食する例は知られていないので,縞をもつ爬虫類のウミヘビに似ることは,おそらくシマウミヘビが生き残るためにかなり有利に働くのでしょう.

*McCosker and Rosenblatt (1993)はゴイシウミヘビ Myrihthys aki Tanaka, 1917 をモヨウモンガラドウシ M. maculosus (Cuvier, 1816) のジュニア・シノニムと見なしました.一方,Hatooka (2002) はゴイシウミヘビを有効種として扱っています.Hatooka (2002) は両種の識別形質として,体側の暗色斑の列数の違いを挙げました(前種は5列,後種は3〜4列).ゴイシウミヘビが有効種であれば,本属は10種を含むことになりますが,本属各種の模様の地域変異や成長による変異を考えるとシノニムである可能性が高いようです.例えば,シマウミヘビの縞模様には様々な変異が見られるため,これまでに多くの学名が付けられてきました.しかし,McCosker and Rosenblatt (1993) は本属の多くの標本を調査した結果,10種を本種のジュニア・シノニムとしています.

参考文献
浅野博利.2004ウミヘビ科.Ophichthidae. 岡村 収・尼岡邦夫(編),pp. 81-84,日本の海水魚 第3版,山と渓谷社,東京.
Hatooka, K. 2002. Ophichthidae. Pages 215-225, 1456-1459 in T. Nakabo, ed. Fishes of Japan with pictorial keys to the species, English edition. Tokai University Press, Tokyo.
平田智法・山川 武・岩田明久・真鍋三郎・平松 亘・大西信弘.1996高知県柏島の魚類相.行動と生態に関する記述を中心として.Bull. Mar. Sci. Fish., Kochi Univ., 16: 1-177.
McCosker, J. E. and R. H. Rosenblatt. 1993. A revision of the snake eel genus Myrichthys (Anguilliformes: Ophichthidae) with the description of a new eastern Pacific species. Proc. Cal. Acad. Sci., 48 (8): 153-169, 10 figs., 3 tables.
Randall, J. E. 2005. Reef and shore fishes of the South Pacific. New Caledonia to Tahiti and the Pitcairn islands. University of Hawai'i Press, Honolulu. pp.707.


写真標本データ:
BSKU 75482, 805 mm TL, 2005年7月16日,高知県宿毛市沖ノ島,水深10m,標本採集:遠藤広光,写真撮影:三宅崇智.

(遠藤広光)

2005年7月
ゲンロクダイ Chaetodon modestus Temminck et Schlegel, 1844(スズキ目チョウチョウウオ科)

 チョウチョウウオ科は世界に11属約114種が知られ,日本には約8属51種が分布します.ほとんどがインド・太平洋の熱帯から温帯のサンゴ礁域に生息しており,大西洋にはわずか13種しか分布しません.本科はサンゴ礁を代表する魚類ですが,ウラシマチョウチョウウオは,九州-パラオ海嶺域の水深320mの海山からトロール網で採集された3個体をもとに新種として記載され,本科の中では最も深場に生息します.

 ゲンロクダイは本科の中でも比較的深い水深に棲み,通常は水温が低い水深40〜190mの大陸棚上から斜面上部にかけて生息します.本種は岩礁を好み,水温が高い海域ほど深場に生息するようです.しかし,濁った砂泥域では水深10m付近に出現することもあります.茨城県および島根県以南,台湾,フィリピン,インドネシアに分布し,本属の中では唯一日本海に出現します.本種は腹鰭が一様に暗色で,体側に幅の広い2本の褐色横帯があることが特徴です.ハワイやグアムの深場に生息するC. excelsや北部インド洋と紅海に生息するC. jayakariと酷似します.しかし,これらとは棲み分けをしているようです.

 本種の和名である「元禄鯛」は,背鰭棘後方の丸い斑紋が,江戸時代の「狂言袴」を思わせることに由来します.科名のチョウチョウウオという名前が普及したのは明治以降であり,これは西欧で使われていたバタフライフィッシュの英訳を当てたものです.それまでは一般に地域名が使われており,高知県の中でも異なる名で呼ばれていました.高知ではマブシ,須崎ではオタマゴロシ,柏島ではカガミウオなど呼ばれ,いずれも美しいという意味を含みます.Randall and Bruin (1988) は,本種の属名をPrognathodes としましたが,Allen et al. (1998) はChaetodon を有効としています.しかし,特に明確な理由は示されていません.本文ではShimada (2002) に従いChaetodon としました.

 本科の生活史についてはほとんど知られていません.しかし,仔魚後期から稚魚期にかけて,トリクチス期幼生(tholichthys stage larvae)を経ることが明らかになっています.フエヤッコダイ,ハタタテダイや本種が属するチョウチョウウオ属の幼魚は,後頭部に骨板をもつトリクチス幼生の特徴が顕著に表れます.とくに,本種では骨板が比較的後期(全長3cm 程度)まで残ります.しかし,タキゲンロクダイなどの他の属ではこの特徴は顕著ではありません.本科はトリクチス期幼生の時期に浮遊生活を送り,日本では初夏から初冬にかけて関東地方以南の太平洋沿岸に多く出現します.しかし,本科魚類は成魚が常に観察される琉球列島以南を除き越冬できないと考えられており,九州以北では無効分散の可能性が高いようです.

 本科は雑種(ハイブリット)が多いことでも知られ,同属や同亜属が交雑して2種の模様が入り混じった個体が観察されることもあります.また,同一種内で模様が乱れる個体変異や色彩異常も確認されています.日本にも分布するイッテンチョウチョウウオは,インド洋と西部太平洋の個体では色彩が異なりますが,これについては同種か別種かは研究者によって見解が分かれるようです.このように,本科はこれからも分類学的な検討が必要とされるグループと言えます.

参考文献
井田 齊.1984.チョウチョウウオ科.益田一・尼岡邦夫・荒賀忠一・上野輝彌・吉野哲夫(編).pp. 176-181, 日本産魚類大図鑑.東海大学出版会,東京.
井田 齊.2004.チョウチョウウオ科.Chaetodontidae. 岡村 収・尼岡邦夫(編),pp. 382-401,日本の海水魚,山と渓谷社,東京.
中村庸夫.2003.チョウチョウウオガイドブック.TBSブリタニカ,東京,151 pp.
Shimada, K. 2002. Chaetodontidae. Pages 1562-1564 in T. Nakabo, ed. Fishes of Japan with pictorial keys to the species. English edition. Tokai University Press, Tokyo.
Yamamoto, E. and S. Tameka. 1982. Chaetodontidae. Pages 248-251 in O. Okamura, K, Amaoka. F, Mitani eds. Fishes of the Kyushu-Parau Ridge and Tosa Bay. Japan Fish. Resour. Conserv. Assoc., Tokyo.

写真標本データBSKU 74321, ca. 13 cm SL,2005年4月8日,高知県幡多郡大方町入野漁港,標本採集:中山直英,写真撮影:片山英里.

(片山英里)

2005年6月
クダゴンベ Oxycirrhites typus Bleeker, 1857(スズキ目ゴンベ科)

 ゴンベ科魚類は熱帯から温帯浅海域の岩礁やサンゴ礁を中心に分布し,世界では9属約32種,日本では8属12種が報告されています.本科は背鰭棘部先端に1から数本の糸状皮弁をもつことが特徴です.長い胸鰭下部の軟条はよく肥厚し,岩や海底上で体をしっかりと支えることができます(水中写真).科の和名の「ゴンベ」は,背鰭棘条先端の糸状皮弁が,江戸時代に子供の後頭部に剃り残された1束の毛「権兵衛」を連想させることから名付けられたようです(荒俣ほか,2004).また,本科の英名であるホークフィッシュ(Hawkfishes)は,猛禽類のタカのように岩の高い位置に陣取って周囲を注意深く見回し,素早く泳ぎ出す行動に由来するようです.
 クダゴンベは日本周辺では相模湾以南から琉球列島,アフリカ東岸から東部太平洋のカルフォルニア沖までのインド・太平洋海域に広く分布します.本種は体高が低く,吻が管状に長く伸び,体側には鮮やかな赤色の網目模様があることで,他種との識別は容易です.本科の中には体長が55cmに達する種もいますが,本種は最大でも約10 cm 程度にしかなりません.水深10〜50mの岩礁域に棲み,群生する刺胞動物のヤギ類やウミトサカ類の間を活発に遊泳します.
 ゴンベ科魚類は雌性先熟の性転換を行うことが知られています.日本の沿岸で普通にみられるオキゴンベは,両性生殖腺をもった大小2尾のペアが岩礁上で多く観察され,卵巣部が大きい個体がメスとして,精巣部が大きい個体がオスとして繁殖行動を行います.しかし,本種が機能的な性転換を行っているかどうかは明らかになっていません.本科魚類の主食は,甲殻類やウニ類などで,大型種ではクモヒトデ類や小型魚類を食べる例も知られています.クダゴンベはその口の形態から判るように,底生性の小型甲殻類を好んで食べます.
 ゴンベ科には体色が鮮やかな種が多く,観賞魚として飼育されることもあります.本種はスクーバダイビングでも人気があり,水中でぜひ一度会ってみたい魚です.しかし,ダイバーが近づくとヤギの奥へ隠れてじっと身をひそめてしまいます.

参考文献
荒賀忠一.1984.ゴンベ科.益田一・尼岡邦夫・荒賀忠一・上野輝彌・吉野哲夫(編).pp. 193-194, 日本産魚類大図鑑.東海大学出版会,東京.
荒俣 宏・さとう俊・荒俣幸男.2004.磯採集ガイドブック.阪急コミュニケーションズ,東京,253 pp.
Hayashi, M. 2002. Cirrhitidae. Pages 909-912, in T. Nakabo, ed. Fishes of Japan with pictorial keys to the species. English edition. Tokai University Press, Tokyo.
松浦啓一.2004.ゴンベ科.Cirrhitidae. 岡村 収・尼岡邦夫(編),pp. 426-431,日本の海水魚 第3版,山と渓谷社,東京.
Nelson, J. S. 1994. Fishes of the world. 3rd ed. John Wiley & Sons, Inc., New York. pp. 600.

写真標本データ:BSKU 55045, 83 mm SL, 2001年7月11日,高知県宿毛市沖ノ島久保浦水深39mで採集,採集者&写真撮影:遠藤広光.

(片山英里)

2005年5月
トカゲハダカ Astronesthes ijimai Tanaka, 1908(ワニトカゲギス目トカゲハダカ科)

 トカゲハダカ科(あるいはワニトカゲギス科トカゲハダカ亜科)魚類は,世界の中深層域に生息する深海性のグループです.最大の種は,全長およそ30 cm に達します.本科魚類は,体が側扁し,中程度に細長く,下顎には長いひげをもちます.また,ひげの先端や眼の後下方には発光器を,体の下方には発光器列を備えます.本科魚類は,日本近海からは5属16種が知られています.トカゲハダカは全長約 15 cm に達する小型種で,相模湾以南の南日本の太平洋岸沖からインドネシアにかけての西部太平洋,インド洋に広く分布します.

 トカゲハダカは,1908年に田中茂穂博士の2新属6新種の記載論文の中で,相模湾産の5個体の標本をもとに,新種として発表されました(原記載の図はこちら).種小名は当時の東京帝国大学理学部生物学科(第1講座)教授の飯島魁(いさお)博士に献名され,現在も有効種とされています.一方,同論文中で新亜属新種として記載されたミツクリエナガチョウチンアンコウ Ceratias (Paraceratias) mitsukurii の種小名は,同時期に東京帝国大学理学部生物学科(第2講座)教授であった箕作佳吉博士に献名されたものです.しかしながら,ミツクリエナガチョウチンアンコウは,後に他種のジュニア・シノニムとみなされたため(現在の学名は Cryptopsarus couesii Gill, 1883),標準和名にのみ箕作博士の名前が残る結果となりました.もしも,田中博士が逆に種小名を付けていたならば,トカゲハダカの学名は "Astronesthes mitsukurii" に最も長い日本産魚類の標準和名は「イイジマエナガチョウチンアンコウ」になっていたかもしれません.ちなみに,1908年の論文では両種の和名は提唱されておらず,その後の Jordan, Tanaka and Snyder (1913) "A catalogue of the fishes of Japan" の中で和名が付けられています(この中での学名は,Paraceratias mitsukurii ).

参考文献
Jordan, D. S., S. Tanaka and J. O. Snyder. 1913. A catalogue of the fishes of Japan. J. Coll. Sci. Imp. Univ. Tokyo, 33(1): 1-497, 396 figs.
Tanaka, S. 1908. Notes on some rare fishes of Japan, with descriptions of two new genera and six new species. J. Coll. Sci. Imp. Univ. Tokyo v. 23 (art. 13): 1-24, Pls. 1-2.

写真標本データ:BSKU 51871, ca. 90 mm SL, 2000年8月26日,土佐湾中央部,水深 800 m,調査船こたか丸採集.

(遠藤広光)

2005年 4月
ベニマトウダイ Parazen pacificus Kamohara, 1935(マトウダイ目ベニマトウダイ科)
 ベニマトウダイは全長30cmに達するマトウダイ目ベニマトウダイ科の深海性魚類で,日本周辺,台湾,オーストラリア沿岸,アフリカ南東部のインド洋,メキシコ湾,カリブ海の水深150〜600mから報告されています(Kotlyer, 2001; Heemstra, 2002).本種は1935年に蒲原稔治博士により,土佐湾のおよそ水深150m以深(御畳瀬大手繰網)で採集された3標本(うち1個体がタイプ標本とされたが,戦時中に焼失)に基づき,新属新種として記載されました.

 マトウダイ目は,これまでマトウダイ亜目(ベニマトウダイ科,ソコマトウダイ科,マトウダイ科,オオメマトウダイ科およびヒシマトウダイ科の5科18属約30種)とヒシダイ亜目(ヒシダイ科の1科2属8種)が含められてきました(Nelson, 1994).本目はその単系統性が疑われ,またフグ目内に位置づけられるなど,高位の真骨魚類の系統において多くの論争を巻き起こした分類群のひとつです(Rosen, 1984).近年の形態学的研究や分子系統学的研究により,マトウダイ亜目は,棘鰭上目の初期派生群であり,ヒシダイ亜目はフグ目やニザダイ亜目に近く,両亜目は系統学的に遠く離れていることがほぼ明らかとなっています(Johnson and Patterson, 1993; Miya et al., 2003).

 最近 Tyler et al. (2003) は,骨格形質を中心に従来のマトウダイ亜目内の系統類縁関係を推定し,高位の分類体系を見直しました.これまでのマトウダイ亜目をマトウダイ目とし,その中に Suborder Cyttoidei (Cyttidae の1科のみを含む)とマトウダイ亜目の2亜目を,後亜目内に5科(上記のマトウダイ亜目の科名とほぼ同様)を設けています.そのうち,ベニマトウダイ科は,ベニマトウダイ亜科と Cyttopsinae(日本産ではカゴマトウダイ Cyttopsis roseus を含む)の2亜科を含む点で,従来1属1種のみを含むとされてきた本科とは異なります.

参考文献
Heemstra, P. C. 2002. Order Zeiformes. Pages 1203-1220 in K.E. Capenter (ed.), The living marine resourses of the Western Central Atlantic. Volume 2: bony fishes part 1 (Acipenseridae to Grammatidae). FAO species identification guide for fishery purposes and American Society of Ichthyologists and Herpetlogists special publication, No. 5. FAO, Rome.
Johnson, G.D. and C. Patterson. 1993. Percomorph phylogeny: a survey of acanthomorphs and a new proposal. Bull. Mar. Sci., 52 (1): 554-626.
蒲原稔治.1935.的鯛科の一新魚に就いて.動物学雑誌,47 (558): 245-247.
Kotlyer, A. N. 2001. A rare zeid species --Parazen pacificus: osteology, systematics, and distribution (Parazenidae, Zeiformes). J. Ichthyol., 41(9): 687-697
Miya, M., H. Takeshima, H. Endo, N.B. Ishiguro, J.G. Inoue, T. Mukai, T.P. Satoh, M. Yamaguchi, A. Kawaguchi, K. Mabuchi, S.M. Shirai, and M. Nishida. 2003. Major patterns of higher teleostean phylogenies: a new perspective based on 100 complete mitochondrial DNA sequences. Mol. Phylogenet. Evol., 26 (1): 121-138.
Nelson, J.S. 1994. Fishes of the world. 3rd ed. John Wiley & Sons, Inc., New York. pp. 600.
Rosen, D. E. 1984. Zeiforms as primitive plectognath fishes. Am.. Mus. Novit., (2782): 1-45, figs. 1-38.
Tyler, J.C., B. O'Toole and R. Winterbottom. 2003. Phylogeny of the genera and families of zeiform fishes, with comments on their relationships with tetraodontiformes and caproids. Smithsonian Contributions to Zoology, (618): i-iv, 1-110.

写真標本データBSKU 62247, ca. 20 cm SL,2003年1月9日,高知県高知市御畳瀬魚市場(大手繰り網).

(遠藤広光)

2005年 3月
クサアジ Velifer hypselopterus Bleeker, 1879(アカマンボウ目クサアジ科)
 クサアジ科(family Veliferidae) は,現在クサアジとヒメクサアジ Metavelifer multiradiatus (Regan, 1907) の2属2種のみを含みます(Nelson, 1994).本種は背鰭と臀鰭の鰭条が長く,体側には縞模様があることなどで,ヒメクサアジと容易に識別できます.著名な魚類学者であるPieter Bleeker (1819-1878) は,南アフリカのモザンビーク海峡で採集された標本を基に本種を新種として記載しました.その後,本種はインド沿岸,ベトナム沿岸,南日本や朝鮮半島沿岸で記録され,インド-西部太平洋域に広く分布するとされています.しかし,Bleeker による記載以前に,本種はシーボルトの ファウナヤポニカ魚類編に "Velifer" の属名で登場し,カラーの図版も掲載されました(Temminck and Schlegel, 1850: 312) .この時にはなぜか種小名が付けられず,属だけが(つまり模式種なしで)設立されたことになります.

 クサアジ科の属するアカマンボウ目には,他にアカマンボウ科,フリソデウオ科,リュウグウノツカイ科やアカナマダ科などが含まれます.本科の体型は,ややアカマンボウ Lampris guttatus に類似し,形態形質に基づく本目内の系統解析では,すべてのアカマンボウ目魚類の姉妹群である(この目内では一番最初に枝分かれしたグループ)と考えられています(Olney et al., 1993).多様な形態を示すアカマンボウ目魚類の中では,比較的祖先の体型をとどめているグループのようです.

参考文献
Nelson, J.S. 1994. Fishes of the world. 3rd ed. John Wiley & Sons, Inc., New York. pp. 600.
Olney, J.E., G.D. Johnson and C.C. Baldwin. 1993. Phylogeny of lampridiform fishes. Bul. Mar. Sci., 52(1): 137-169.
Temminck, C.J. and H. Schlegel. 1850. Pisces. Supplement. pp. 270-324 in P.F. von Siebold ed., Fauna Japonica . Leiden.

写真標本データBSKU 68240, ca. 16 cm SL,2004年1月16日,高知県幡多郡大方町上川口漁港.(黒バックの写真);BSKU 70113, ca. 8 cm SL, 2004年4月16日,高知県幡多郡大方町入野漁港(若魚個体の写真:黒バック白バック).

(遠藤広光)

2005年 2月
ヨゴレヘビギンポ Helcogramma nesion Williams et Howe, 2003(スズキ目ヘビギンポ科)
 ヘビギンポ科 (Family Tripterygiidae) は,熱帯から温帯のサンゴ礁や岩礁のある浅海域に生息する体長5cm前後の小型魚類で,3つの背鰭をもつことが大きな特徴です.科名の Tripterygiidae (3つの翼の意味)も,英語名の triplefins もこの特徴に由来します.本科には12属130種あまりが知られ,まだ分類学的にも多くの問題を含んでいます.日本周辺に本科魚類が何種分布するのかも不明であり,現在研究が進められているところです.
 クロマスク属 (Genus Helcogramma) は,世界で31種が知られています (Williams and Howe, 2003). その中で,ヨゴレヘビギンポは,上顎前方から眼下を通り頬部上方まで斜めに走る鮮やかな青色の線をもつ H. fuscopinna species complex に属します.Williams and Howe (2003)の分類学的再検討により,このグループには11種が含まれることが判明し,本種を含む7種が新種として記載されました.この研究以前には,H. fuscopinna Holleman, 1982 がインド-西部太平洋の熱帯から温帯域に広く分布すると考えられ,日本産の本種の学名には,H. fuscopinna が用いられてきました(吉野, 1988; Hayashi, 2002).本種は高知,伊豆諸島および小笠原諸島で記録され,日本周辺にのみに分布することが明らかとなっています.
 ヘビギンポ科魚類では,雌雄で体色や斑紋が大きく異なります.多くの雄は繁殖期にはなわばりをもち,体には派手な婚姻色が表れます.とくに,雄では写真のように,頭部の下半分が黒くなります.Helcogramma の属名の「クロマスク」もこの特徴に由来するようです(写真1).ヨゴレヘビギンポの雄は,深紅の鮮やかな体色,黒色の頭部下面や鰭,眼の下にある蛍光色の青いラインや胸鰭基部に青い斑点(写真2)をもち,雌とは全く別の種のようです(写真3).しかし,水中でペアの行動を観察すると,すぐに同種とわかります.

参考文献
Hayashi, M. 2002. Tripterygiidae. Pages 1077-1086, 1590-1591 in T. Nakabo, ed. Fishes of Japan with pictorial keys to the species. English edition. Tokai University Press, Tokyo.
Williams, J. T. and J. C. Howe. 2003. Seven new species of the triplefin genus Helcogramma (Tripterygiidae) from the Indo-Pacific. aqua, J. Ichthyol. Aqua. Biol., 7 (4): 151-176.
吉野哲夫.1988.ヘビギンポ科.Page 281 in 益田一・尼岡邦夫・荒賀忠一・上野輝彌・吉野哲夫 編.日本産魚類大図鑑 第2版.東海大学出版会,東京.

写真標本データBSKU 55016, 47 mm SL,2001年7月10日,高知県宿毛市姫島,水深5m,採集者:遠藤広光,撮影:平田智法氏
高知県大月町勤崎で撮影:写真1(ペア)写真2(ペア)写真3(メス)(撮影:遠藤広光).

(遠藤広光)

2005年 1月
トウカイスズメダイ Chromis mirationis Tanaka, 1917(スズキ目スズメダイ科)
 スズメダイ科は4亜科28属315種以上で構成され,暖かい浅海域に適応放散した小形の魚類である.また,本科は体が楕円形で,体高が高く,強く側扁すること,側線は不連続もしくは中断すること,背鰭は1基で8-17棘11-18軟条,口蓋骨に歯がないことで特徴づけられる(Nelson, 1994).スズメダイ類は,サンゴ礁域を代表するカラフルな色彩のグループのひとつであり,一般に透明度の高い熱帯浅海域で大きな群れをつくり乱舞する.本科は三大洋の温帯から熱帯海域,とくにインド-太平洋の岩礁域からサンゴ礁域を中心に分布する(稀にサンゴ礁周辺の汽水域にも出現する).さらに,フィリピン諸島からオーストラリア北部にまたがる“the center of origin”として知られる海域に最も多くの種が分布する(Springer, 1982; Nelson, 1994).
 トウカイスズメダイはスズメダイ科4亜科のうち,スズメダイ亜科のスズメダイ属に属する.本属は体型が伸長せず,楕円形を呈し,眼下骨縁辺は滑らかであり,縦列鱗数が40枚以下,前尾鰭条が棘条である特徴をもつ.現在75種以上が知られている本属は,他の本科魚類と同様の分布パターンを示し,ほとんどの種(既知種の3/4以上)はインド-太平洋域に出現する(Nelson, 1994).
 トウカイスズメダイは長崎県五島沖で採集した標本(97 mm TL)をもとに,1917年に田中茂穂博士により新種として報告された.本種は眼が著しく大きく,背鰭棘数が14,体側に1本の暗色縦帯があることの識別的形質により同属他種から識別できる(青沼・吉野,2000).トウカイスズメダイは水深100 mを越える水深帯に生息するオビトウカイスズメダイ(写真はホロタイプ)に大きな眼と体側に縦線をもつことで類似するが,本種は大きくスリット状の後鼻孔(小さくて丸い),短い臀鰭第2棘(長い),1本の暗色縦帯(2本)をもつことで,後種から容易に識別できる(Yamakawa and Randall, 1989).
 蒲原(1934, 1960)は高知市御畳瀬で採集した標本をもとに本種を高知県から初めて報告した.その後,平田ほか(1996)により,柏島からも記録されている.益田ほか(1975)は和歌山県南部沖から釣獲された標本をもとにヒトスジスズメダイC. fraenatus を記載したが,この種はトウカイスズメダイと形態的な特徴が一致するため,後にトウカイスズメダイのジュニア・シノニムとされた(Randall et al., 1981).海外では,Shen and Chen(1978)により,台湾から記録されたが,スズメダイの誤査定であった.したがって,本種は,伊豆諸島から長崎沖までの南日本周辺海域にのみ分布すると考えられる(青沼・吉野,2000).
 スズメダイ科魚類は一般に水深30-40 mまでの浅海域を主要な生息場所とするが,トウカイスズメダイはオビトウカイスズメダイと同様に水深約100 mもしくはさらに深い水深帯から記録されている(益田ほか,1994;岡村・尼岡,2004).この生態的特徴が種小名に反映され,“mirationis”はラテン語の驚嘆という意味である.すなわち,これは本種の採集水深がスズメダイ科の通常の生息水深に比べると極めて深いことに因るのだろう.
 標本写真を見ると,本種の背面は一様に褐色を呈し,体側中央にはかすかに縦帯がある.しかしながら,柏島の水深50-60 mの転石と砂質域の混じる海底で目視した個体では,体色は全体にやや緑青色をおびた白色を呈し,主鰓蓋骨の後縁から尾柄に黄色縦帯が伸び,その上縁に黒い縦帯が平行していた(水中写真,全長約5cm,撮影:平田智法氏).このように生時と標本時の体色の差が大きく,一瞬見ただけではトウカイスズメダイと判別し難かった.

参考文献

青沼佳方.吉野哲夫.2000.スズメダイ科 Family Pomacentridae.日本産魚類検索 第2版,中坊徹次(編), pp. 918-950, 1577. 東海大学出版界,東京.
Kamohara, T. 1960. On the fishes of the genus Chromis (Family Amphiprionidae, Chromides, Pisces), found in the waters of Japan. Rep. Usa, Mar. Biol. Sta., 7(1):1-10, figs. 1-2.
蒲原稔治.1934.高知市付近の魚類追記(VII)動物学雑誌 46 (552): 459.
益田一・荒賀忠一・吉野哲夫.1975.南日本の沿岸魚.東海大学出版会,東京.
益田一・尼岡邦夫・荒賀忠一・上野輝彌・吉野哲夫編.1988.日本産魚類大図鑑 第2版.東海大学出版会,東京.
Nelson, J.S. 1994. Fishes of the world. 3rd edition.
岡村 収・尼岡邦夫.2004.日本の海水魚 第3版第4刷.山と渓谷社,東京.pp. 784.
Randall, J. E, H. Ida and J. T. Moyer. 1981. A review of the damselfish of the genus Chromis from Japan and Taiwan, with description of a new species. Japan J. Ichthyol., 28 (3): 203-241.
Shen, S.C. and .K. Chen. 1978. Study on the chromid fishes (Chrominae: Pomacentridae) of Taiwan. Bull. Inst. Zool. Academia Sinica, 17(1): 25-41, figs. 1-14.
Springer, V. G. 1982. Pacific plate biogeography, with special reference to shore fishes. Smith. contri. Zool., (357): 75-79.
田中茂穂.1917.日本産魚類の十一新種.動物学雑誌(339):8-9.
Yamakawa, T. and J. E. Randall. 1989. Chromis okamurai, a new damselfish from the Okinawa trough, Japan. Japan J. Ichthyol.,36 (3): 299-302.

写真標本データ:BSKU 73898,98 mm SL,2004年12月10日,高知市御畳瀬魚市場(大手繰),採集者:秦泉寺哲.

(平松 亘)

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