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2005年 1月

トウカイスズメダイ Chromis mirationis Tanaka, 1917(スズキ目スズメダイ科)
 スズメダイ科は4亜科28属315種以上で構成され,暖かい浅海域に適応放散した小形の魚類である.また,本科は体が楕円形で,体高が高く,強く側扁すること,側線は不連続もしくは中断すること,背鰭は1基で8-17棘11-18軟条,口蓋骨に歯がないことで特徴づけられる(Nelson, 1994).スズメダイ類は,サンゴ礁域を代表するカラフルな色彩のグループのひとつであり,一般に透明度の高い熱帯浅海域で大きな群れをつくり乱舞する.本科は三大洋の温帯から熱帯海域,とくにインド-太平洋の岩礁域からサンゴ礁域を中心に分布する(稀にサンゴ礁周辺の汽水域にも出現する).さらに,フィリピン諸島からオーストラリア北部にまたがる“the center of origin”として知られる海域に最も多くの種が分布する(Springer, 1982; Nelson, 1994).
 トウカイスズメダイはスズメダイ科4亜科のうち,スズメダイ亜科のスズメダイ属に属する.本属は体型が伸長せず,楕円形を呈し,眼下骨縁辺は滑らかであり,縦列鱗数が40枚以下,前尾鰭条が棘条である特徴をもつ.現在75種以上が知られている本属は,他の本科魚類と同様の分布パターンを示し,ほとんどの種(既知種の3/4以上)はインド-太平洋域に出現する(Nelson, 1994).
 トウカイスズメダイは長崎県五島沖で採集した標本(97 mm TL)をもとに,1917年に田中茂穂博士により新種として報告された.本種は眼が著しく大きく,背鰭棘数が14,体側に1本の暗色縦帯があることの識別的形質により同属他種から識別できる(青沼・吉野,2000).トウカイスズメダイは水深100 mを越える水深帯に生息するオビトウカイスズメダイ(写真はホロタイプ)に大きな眼と体側に縦線をもつことで類似するが,本種は大きくスリット状の後鼻孔(小さくて丸い),短い臀鰭第2棘(長い),1本の暗色縦帯(2本)をもつことで,後種から容易に識別できる(Yamakawa and Randall, 1989).
 蒲原(1934, 1960)は高知市御畳瀬で採集した標本をもとに本種を高知県から初めて報告した.その後,平田ほか(1996)により,柏島からも記録されている.益田ほか(1975)は和歌山県南部沖から釣獲された標本をもとにヒトスジスズメダイC. fraenatus を記載したが,この種はトウカイスズメダイと形態的な特徴が一致するため,後にトウカイスズメダイのジュニア・シノニムとされた(Randall et al., 1981).海外では,Shen and Chen(1978)により,台湾から記録されたが,スズメダイの誤査定であった.したがって,本種は,伊豆諸島から長崎沖までの南日本周辺海域にのみ分布すると考えられる(青沼・吉野,2000).
 スズメダイ科魚類は一般に水深30-40 mまでの浅海域を主要な生息場所とするが,トウカイスズメダイはオビトウカイスズメダイと同様に水深約100 mもしくはさらに深い水深帯から記録されている(益田ほか,1994;岡村・尼岡,2004).この生態的特徴が種小名に反映され,“mirationis”はラテン語の驚嘆という意味である.すなわち,これは本種の採集水深がスズメダイ科の通常の生息水深に比べると極めて深いことに因るのだろう.
 標本写真を見ると,本種の背面は一様に褐色を呈し,体側中央にはかすかに縦帯がある.しかしながら,柏島の水深50-60 mの転石と砂質域の混じる海底で目視した個体では,体色は全体にやや緑青色をおびた白色を呈し,主鰓蓋骨の後縁から尾柄に黄色縦帯が伸び,その上縁に黒い縦帯が平行していた(水中写真,全長約5cm,撮影:平田智法氏).このように生時と標本時の体色の差が大きく,一瞬見ただけではトウカイスズメダイと判別し難かった.

参考文献
青沼佳方.吉野哲夫.2000.スズメダイ科 Family Pomacentridae.日本産魚類検索 第2版,中坊徹次(編), pp. 918-950, 1577. 東海大学出版界,東京.
Kamohara, T. 1960. On the fishes of the genus Chromis (Family Amphiprionidae, Chromides, Pisces), found in the waters of Japan. Rep. Usa, Mar. Biol. Sta., 7(1):1-10, figs. 1-2.
蒲原稔治.1934.高知市付近の魚類追記(VII)動物学雑誌 46 (552): 459.
益田一・荒賀忠一・吉野哲夫.1975.南日本の沿岸魚.東海大学出版会,東京.
益田一・尼岡邦夫・荒賀忠一・上野輝彌・吉野哲夫編.1988.日本産魚類大図鑑 第2版.東海大学出版会,東京.
Nelson, J.S. 1994. Fishes of the world. 3rd edition.
岡村 収・尼岡邦夫.2004.日本の海水魚 第3版第4刷.山と渓谷社,東京.pp. 784.
Randall, J. E, H. Ida and J. T. Moyer. 1981. A review of the damselfish of the genus Chromis from Japan and Taiwan, with description of a new species. Japan J. Ichthyol., 28 (3): 203-241.
Shen, S.C. and .K. Chen. 1978. Study on the chromid fishes (Chrominae: Pomacentridae) of Taiwan. Bull. Inst. Zool. Academia Sinica, 17(1): 25-41, figs. 1-14.
Springer, V. G. 1982. Pacific plate biogeography, with special reference to shore fishes. Smith. contri. Zool., (357): 75-79.
田中茂穂.1917.日本産魚類の十一新種.動物学雑誌(339):8-9.
Yamakawa, T. and J. E. Randall. 1989. Chromis okamurai, a new damselfish from the Okinawa trough, Japan. Japan J. Ichthyol.,36 (3): 299-302.

写真標本データ:BSKU 73898,98 mm SL,2004年12月10日,高知市御畳瀬魚市場(大手繰),採集者:秦泉寺哲.

(平松 亘)


(C) BSKU Laboratory of Marine Biology, Kochi University