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2008年1月
ヒメキチジ Plectrogenium nanum Gilbert, 1905 ("カサゴ目" フサカサゴ科ヒメキチジ亜科)
 ヒメキチジ属は標準体長が5〜6cmほどの小型のグループで,南日本沿岸とハワイ諸島周辺に分布するヒメキチジと,南東太平洋のナスカ海嶺から知られるPlectrogenium barsukovi Mandrytsa, 1992 の2種のみを含みます(Mondrytsa, 1992;石田,1997;Nelson, 2006).しかし,金山(1982)により報告された九州-パラオ海嶺産の Plectrogenium sp. は,未記載種の可能性が高いことが指摘されています(Mondrytsa, 1992).ヒメキチジはハワイ産の標本をもとに新属新種として記載され,沖合の水深250〜600mに生息します.高知では御畳瀬魚市場の大手繰り網(沖合底曳き)や水産研究所のこたか丸の底曳き網調査で稀に採集される程度です.土佐湾産のヒメキチジの写真の特徴とハワイ産の標本に基づくGilbert (1905)の原記載とタイプの図を見比べると,体型や斑紋,頭部の棘の発達程度など,どうも異なる気がします.この属も分類学的に再検討する必要があるようです.
 ヒメキチジは日本産魚類検索図鑑(中坊,2000;Nakabo, 2002)では“カサゴ目フサカサゴ科ヒメキチジ亜科 (Plectrogeniinae)”に分類されています.しかし,ヒメキチジ属の帰属に関しては,以前から研究者により様々な見解がありました. Imamura (1996) はコチ科とその周辺群の形態形質に基づく系統解析から,ヒメキチジ科(Family Plectrogeniidae)を設け,ヒメキチジ属とバラハイゴチ属(日本にはバラハイゴチBembradium roseumが分布)の2属のみを含めています.また,7科*を含むコチ亜目(Suborder Platycephaloidei)を単系統群と認め,分岐仮説の中では最初に枝分かれしたグループと推定しました.従来の“カサゴ目”が多系統群であることは,最近の形態形質とミトコンドリアDNAの塩基配列などの分子形質による系統解析の結果から,まず間違いないでしょう(篠原・今村,2005).しかし,まだそれぞれのグループの系統類縁関係や単系統性は統一した見解には至っておらず,さらに形態と分子の両面から研究を進める必要があるようです.Smith and Wheeler (2004)が提示した“カサゴ目”を含む棘鰭条目の分子系統仮説では,コチ亜目の単系統性は否定されています(篠原・今村,2005).その中で,ヒメキチジの姉妹群はアカゴチに,さらにその姉妹群はフサカサゴ科の一種とフエフキオコゼ科(日本には分布せず)の一種の単系統群となっています.これまでの研究結果から判断すると,個人的にはヒメキチジを独立の科として扱ってよいように思います.ヒメキチジやバラハイゴチ,ウバゴチは確かに外形がよく似ており,系統的に近いと言われると納得してしまいます.

*(ヒメキチジ科(ウバゴチ科(アカゴチ科(コチ科(ホウボウ科(キホウボウ科,ハリゴチ科))))))

参考文献
Gilbert, C. H. 1905. II. -The deep-sea fishes of the Hawaiian Islands. In: The aquatic resources of the Hawaiian Islands. Bull. U. S. Fish Comm., 23 (pt., 2) [for 1903]: 577-713, pls. 66-101.
Imamura, H. 1996. Phylogeny of the family Platycephalidae and related taxa (Pisces: Scorpaeniformes). Species Diversity, 1 (2): 123-233.
石田 実.1997.ヒメキチジ,ヒメキチジ科.Plectrogeniidae. 岡村 収・尼岡邦夫(編),pp. 220-221,日本の海水魚,山と渓谷社,東京.
金山 勉.1982.フサカサゴ科.Page 270-279 in 岡村 収・尼岡邦夫・三谷文夫編.九州-パラオ海嶺ならびに土佐湾の魚類.日本水産資源保護協会,東京.
Mandrytsa, A. 1992. New species and records of Phenacoscorpius and Plectrogenium in the Pacific, Atlantic, and Indian Oceans. Voprosy Ikhtiologii, 32(4): 10-17 (Journal of Ichthyology, 32(4): 100-109)
中坊徹次.2000.フサカサゴ科.Page 565-595, 1524-1528 in 中坊徹次編.日本産魚類検索全種の同定,第2版.東海大学出版,東京.
Nakabo, T. 2002. Scorpaenidae. Page 565-595, 1519-1522 in T. Nakabo, ed. Fishes of Japan with pictorial keys to the species, English ed. Tokai University Press, Tokyo.
Nelson, J. S. 2006. Fishes of the world, 4th edn. Wiley, New York. 601pp.
篠原現人・今村 央.2005. “カサゴ目”魚類の系統学的研究ミミ1998年以降の新しい情報.タクサ,日本動物分類学会誌,18:20-29.
Snith, W. L. and W. C. Wheeler. 2004. Polyphyley of the mail-cheeked fishes (Teleostei: Scorpaeniformes): evidence from mitochondrial and nuclear sequence data. Molecular Phylognenetics and Evolution, 32: 627-646.

写真標本データ
BSKU 91994,65.7 mm SL,2007年11月1日,高知市御畳瀬大手操(盛漁丸),採集・写真撮影:中山直英

(遠藤広光)


(C) BSKU Laboratory of Marine Biology, Kochi University