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2009年10月

ハワイトラギス Parapercis schauinslandi (Steindachner, 1900) (スズキ目トラギス科)

 トラギス科(Pinguipedidae)は南アメリカからアフリカまでのインド-西太平洋の沿岸に広く分布する魚類で,5属約54種が含まれます(Nelson, 2006).そのうちトラギス属(Parapercis)では近年,Randall博士らなどにより,次々と新種が報告されています.
 本属魚類は体が円筒形で,背鰭と臀鰭の基底は長く,腹鰭は胸鰭の直下かわずか前方に位置するなどの特徴をもちます.体長は約 10 cm 程度の小型種から30 cm ほどになる種もいます.多くの種が底性で,一夫多妻のハレムを作って繁殖を行います.そのため,雌雄で体色や斑紋,鰭の形状に違いがみられる種も含まれます.本属魚類は10 m 程度の浅海から水深 200 m付近の大陸棚にかけて分布します.警戒心が強く,一定の距離以上近づけさせてくれません.しかし,岩の上などにとまって,周りの様子を伺って眼をキョロキョロと動かすかわいらしい仕草を見せるため,ダイバーの被写体になることも少なくありません.高知県では練り物の一部にされますが,瀬戸内などでは天ぷらなどの食用にされることもあります.
 ハワイトラギス Parapercis schauinslandi (Steindachner1900) は,ハワイのオアフ島から採集された標本に基づいて記載されました.本属の中では比較的小型で,体長約13 cm程度にしかなりません.本種を採集したのは,高知県の西部に位置する沖ノ島で,潮通し良い水深約 20 mの砂礫質の海底で,雌雄と思われる2個体を採集しました.大きな個体では写真のように尾鰭の上下が長く延びますが,小さな個体では延びません.背鰭前方が赤色に縁取られた黒色で,鰭膜の前方からにかけて黒色斑点が並ぶことが特徴です.体色は白く,鮮やかな赤い横帯や斑紋があることで,同属のサンゴトラギスに類似しますが,体の横帯が幅広く,頬に赤いラインがあることなどで容易に識別することができます.また周辺に生息する本属他種より動きが素早く,警戒心が強い傾向がありました.本種は約 10 m170 m(主な生息域は20 m 以深)に生息し,和名の由来であるハワイ諸島をはじめ,アフリカ東岸,日本,グレートバリアリーフ,ニューカレドニアなどインド-西太平洋に広く分布するとされています(Randall, 2005).
 近年,インド-太平洋に広く分布する浅海性魚類では,よく似たいくつかの別種が,ある1つの種の変異としてまとめられていたという例が少なくありません.そうしたグループは現在,より詳細な分類学的研究が進められています.例えば,同属のオグロトラギスについても分類学的な見直しがおこなわれ,インド-西太平洋に広く分布するとされたオグロトラギスにはよく似た4種が含まれていることが明らかとなり,日本産のオグロトラギスは未記載種として新種記載されました(Imamura and Yoshino, 2007).本種も写真の記録に基づくと,斑紋のつながり方に違いが見られます(たとえば篠原,1997Hoover, 2008).こうした違いは成長段階,雌雄の差や地域による種内変異かもしれませんし,複数の種が含まれているかもしれません.例えばの話ですが,もしも日本のハワイトラギスとしているものとハワイのものが別種であるとなった場合,ハワイで採集された標本が原記載で用いられているので,和名「ハワイトラギス」とされたものはハワイにいない!?といったことも起こりうるかもしれません.
 また,本科魚類は,本研究室の教授であった蒲原稔治博士が新属や新種を記載していたこともあり,いくつかの種には,高知県の人や地名にちなんだ名前がつけられています.高知県の御畳瀬漁港で採集された標本をもとに記載され,高知県にちなんでつけられた Kochichthys 属(和名:キスジトラギス属),蒲原博士によって記載され,採集者であった岡村收博士(本研究室の前教授で,採集した当時は本研究室の学生であった)に献名された Parapercis okamurai(和名:ソコトラギス),蒲原稔治博士に献名された Parapercis kamoharai(和名:カモハラトラギス)などが含まれます.また,御畳瀬漁港で採集された標本に基づいて記載されたスジトラギスは,現在,別の種の新参シノニムとみなされて学名の変更がなされましたが,記載された当初は蒲原博士により御畳瀬漁港に由来する種小名 mimaseana が与えられていました(Kamohara, 1960, 1961).このように,本科魚類は高知県にとても縁の深いグループでもあります.

参考文献
Hoover, J. 2008. The ultimate guide to Hawaiian reef fishes. Mutual Publishing, Honolulu. Xii+388 pp.
Imamura, H. and T. Yoshino, 2007. Three new species of the genus Parapercis from the western Pacific, with redescription of Parapercis hexophthalma (Perciformes: Pinguipedidae). Bull. Natl. Mus. Nat. Sci., Ser. A, Suppl. 1: 81-100.
Kamohara, T. 1960. A revised of the fishes of the family Parapercidae found in the waters of Japan. Rep. Usa mar. Biol. Stn, 7 (2):1-14.
Kamohara, T. 1961. Additional records of marine fishes from Kochi prefecture Japan, including one new genus of the parapercid. Rep. Usa mar. Biol. Stn, 8 (1):1-8.
Nakabo, T. 2002. Pinguipedidae. Pages 1059-1064 1595-1596. in T. Nakabo, ed. Fishes of Japan with pictorial keys to the species, English ed. Tokai University Press, Tokyo.
Nelson, J. S. 2006. Fishes of the world, 4th ed. Wiley, New York. 601pp.
Randall, J. E. 2005. Reef and shore fishes of the South Pacific. Univ. Hawaii Press, Honolulu. Ix+map+707 pp.
篠原直哉. 1997. トラギス科. Pages 549-553 in岡村 収・尼岡邦夫, . 日本の海水魚. 山と渓谷社, 東京.

BSKU 100000, 54.2 mm SL, 2009925, 高知県沖の島, 水深18 m,採集:片山英里,写真撮影:中山直英

(片山英里)


(C) BSKU Laboratory of Marine Biology, Kochi University