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2011年9月の魚

クロホシマンジュウダイ Scatophagus argus (Linnaeus, 1766) (スズキ目クロホシマンジュウダイ科)

 クロホシマンジュウダイ科魚類は,インド・太平洋熱帯から亜熱帯沿岸域の内湾やマングローブに広く生息し,世界で2属4種のみが知られる小さなグループです.そのうち,日本にはクロホシマンジュウダイScatophagus argus (Linnaeus, 1766) のみが分布します(井田,1984).本種は,東南アジアでは観賞魚としてだけではなく,重要な食料資源とされています(Shao et al., 2004).また,本科のもう一方の属に分類されるSelenotoca multifasciata (Richardson,1864) は,形態的な特徴が本種とよく似る海外産の種で,シルバースキャットと呼ばれ,日本では観賞魚として人気があります.

 日本では,本種はおもに琉球列島以南に分布し,幼魚は和歌山県や長崎県から報告があります(益田ほか,1975).幼魚は夏から秋にかけて河川や内湾の汽水や淡水域に出現し,しばらくは河口のセキショウモやオオカナダモが繁茂する場所で成育します.成魚はやや濁った内湾にすむという特徴があります(井田,1984).本種は幼魚期が過ぎると体に斑点が現れ,成長にともなって相対的に斑点のサイズは小さくなり,数は多くなります.成魚の体には40〜50個の黒色斑点が散在し,体の地色は銀色を呈します(木下,1989).本科魚類の稚魚は,トリクチス期というチョウチョウウオ科の幼魚にも見られる幼生期を経ます.この時期の稚魚の頭部は,全体が骨板に覆われたような状態です.本種では体長25 mm まで,この特徴が残存します(木下,1989).

 高知県では,本種は2002年に出版された「高知県レッドデータブック[動物編]」によって,準絶滅危惧種に指定されており,これまでに高知県からは四万十川(岡村・為家,1977;木下, 1989),柏島(平田ほか,1996),浦戸湾(町田・山川,2005),須崎湾(加藤ほか,2007)に生息することが報告されています.このうち,加藤ほか(2007)は須崎湾から採集された亜成魚を報告し,四万十川から浦戸湾に至る水域における出現を明らかにするとともに,高知県で再生産している可能性があるとしました.写真の個体は,浦戸湾の刺し網で得られた3個体の成魚のうちの1個体です.近年,高知県では各地で本種の成魚が発見されています.おそらく,これらの報告が示しているとおり,現在では高知県で繁殖をしている可能性が高いと考えられています(片山ほか,2009).

 クロホシマンジュウダイはチョウチョウウオ科によく似た体型をしており,Linnaeus (1766)によりチョウチョウウオ属(Chaetodon) の種として記載されました.しかし,本種はチョウチョウウオ科の種に比べると,体は肉厚でやや厚いため,漁港などで釣りをしている人が,上から見て本種に気づくことがしばしばあるようです.現在,クロホシマンジュウダイ科はニザダイ亜目に分類され,系統学的にはスズキ亜目のチョウチョウウオ科と近縁ではないと考えられています.図鑑類では,本科はアイゴ科の直前に出てきます(例えば,Nakabo, 2002; Nelson, 2006).また,本科は背鰭や臀鰭の棘に毒腺をもち,弱毒を分泌することが知られていますが(Cameron and Endean, 1970),硬骨魚類の毒腺の進化に関する最近の系統仮説では,同様の毒腺をもつアイゴ科との近縁性は示されていません (Smith and Wheeler, 2006).一方,最近の核のDNAに基づくニザダイ上科内の分子系統解析では,本科はアイゴ科の姉妹群とされています(Holcroft and Wiley, 2008).

参考文献
Cameron, A. M. and R. Endean. 1970. Venom glands in scatophagid fish. Toxicon, 8(2): 171-174.
平田智法・山川武・岩田明久・真鍋三郎・平松 亘・大西信弘.1996.高知県柏島の魚類相−行動と生態に関する記述を中心として−.高知大学海洋生物教育研究センター研究報告,(16)1–177.
Holocroft, N. I. and E. O. Wiley. 2008. Acanthuroid relationships revisited: a new nuclear gene-based analysis that incorporates tetraodontiform representatives. Ichthyol. Res., 55: 274-283.
井田 齊.1984.クロホシマンジュウダイ科.(益田一・尼岡邦夫・荒賀忠一・上野輝彌・吉野哲夫,編)pp. 176.日本産魚類大図鑑.東海大学出版会,東京.
片山英里・阪本匡祥・渡辺博満・中村和喜・町田吉彦.2009. 高知県浦戸湾で得られたクロホシマンジュウダイの成魚と香南市香宗川で得られた幼魚(スズキ目クロホシマンジュウダイ科).四国自然史科学研究,(5): 11-14.
加藤正洋・石川晃寛・伊佐正樹・町田吉彦.2007.クロホシマンジュウダイの須崎湾からの初記録.四国自然史科学研究, (4)24-26.
木下 泉.1989.クロホシマンジュウダイ.川那辺浩哉・水野信彦(編)日本の淡水魚.p. 533.山と渓谷社,東京.
高知県レッドデータブック[動物編]編集委員会(編).2002.高知県レッドデータブック[動物編].高知県文化環境部環境保全課,高知. 470pp.
町田吉彦・山川武.2005.浦戸湾初記録を含む高知県産クロホシマンジュウダイの標本(スズキ目クロホシマンジュウダイ科).四国自然史科学研究,(2)58-62.
益田 一・荒賀忠一・吉野哲夫.1975.魚類図鑑 南日本の沿岸魚.東海大学出版会,東京,379 pp.
Nakabo, T., ed. 2002. Fishes of Japan with pictorial keys to the species, English edition. Tokai University Press, Tokyo. i-lxi, 1749 pp.
Nelson, J. S. 2006. Fishes of the world. 4th ed. John Wiley & Sons, Hoboken. 601pp.
岡村 収・為家節弥.1977.四万十川の魚類(高知県編:四万十川水系の生物と環境に関する総合調査−1976年度委託調査−),高知,159¬−232 pp.
Shao, Y.-T., L.-Y. Hwang and T.-H. Lee. 2004. Histological observations of ovotestis in the spotted scat Scatophagus argus. Fish. Sci. 70: 716–718.
Smith, W. L. and W. C. Wheeler. 2006. Venom evolution widespread in fishes: a phylogenetic road map for the bioprospecting of piscine venoms. J. Heredity, 97(3): 206-217.

写真標本データ:BSKU 92385,252.5 mm SL,高知県高知市浦戸湾,刺し網, 2007年11月21日;BSKU 93510,25.0 mm SL,幼魚,高知県香南市香宗川,手網,セキショウモ群落,採集:中村和喜,2007年9月30日.

(片山英里・遠藤広光)


(C) BSKU Laboratory of Marine Biology, Kochi University