今月の魚リストへ戻る


2012年8月の魚


オオウナギ Anguilla marmorata Quoy et Gaimard, 1824(ウナギ目ウナギ科)

 ウナギ科にはウナギ属のみが含まれ,世界で16種と3亜種の計19種・亜種が知られています. その中でもオオウナギは最も分布域が広く, 西は南アフリカからマダガスカル, インド洋を経て東南アジア, フィリピン, 台湾, 日本, 韓国南部から中部太平洋のマルケサス諸島に生息しています. 全長2 m近くに達し, ニュージーランドの固有種Anguilla dieffenbachiiとならんでウナギ科の中で最も大きく成長する種です (水野・長澤, 2009; 黒木・塚本, 2011). 本標本は全長1,115 mmで,オオウナギの中ではまだまだ小型のようです.

 孵化したウナギ類は,レプトセファルスという柳の葉のような扁平で透明な体の仔魚になり,しばらく浮遊生活を送ります.ニホンウナギはこの仔魚期に黒潮に乗り,日本にたどり着く頃には“シラスウナギ”と呼ばれる稚魚へと変態します (塚本, 1998; 黒木・塚本, 2011).ニホンウナギの天然の卵が発見されたのは,つい最近の2009年です. それまでにニホンウナギの産卵場は,より小型のレプトセファルスの採集成功から,徐々にグアム沖のマリアナ海溝の海山域へと絞られていました.天然に産み出された受精卵の発見は,産卵に参加する成熟した成魚の発見と共に産卵場特定の確実な証拠となったわけです.一方,分布が極めて広いオオウナギの産卵場は,ニューギニア北部からボルネオに至る海域とインド洋メンタワイ海溝など複数あると考えられています (岡村, 2002).

 2009年にはウナギ科ウナギ属の16番目の種 Anguilla luzonensis がフィリピン北部の河川から採集された標本を基に日本の研究者により記載されました (Watanabe et al., 2009). この新種の存在は,沖合で採集されたレプトセファルスの遺伝子解析によって,以前から予想されていたものです.また, 同年に台湾の研究者もフィリピン内の同河川から採集された標本を基にA. huangi という新種を記載しました (Teng et al., 2009). これら2種は同一種と判明したため,A. huangiA. luzonensis の新参シノニム*とされ無効名となりました. これは, A. luzonensis の論文が2009年3月に, A. huangi の論文が2009年11月に出版されたためです. 学名には先取権があり, 学術的な決まり事(動物命名規約)を満たし,より早く適切な出版物で公表された学名が有効となります. つまり,条件付きでの早い者勝ちなのです.

*同じ種に異なる学名が複数付けられた場合, その学名はシノニム(同物異名)となります. 一番早くかつ命名規約の条件を満たして公表された学名を古参シノニム, 後に公表された学名を新参シノニムと言い, 通常最も古い古参シノニムが有効名となり, 新参シノニムは無効名となります.

参考文献

Teng, H.-Y., Y.-S. Lin and C.-S. Tzeng. 2009. A new Anguilla species and a reanalysis of the phylogeny of freshwater eels. Zoological Studies, 48 (6): 808–822.

黒木真理・塚本勝巳. 2011. 旅するウナギ 1億年の時空をこえて. 東海大学出版会, 神奈川. 278 pp.

水野晃秀・長澤和也. 2009. わが国におけるオオウナギの地理的分布の現状. 日本生物地理学会会報, 64: 79–87.

岡村 収. 2002. オオウナギ. 高知県レッドデータブック [動物偏] 編集委員会 (編), pp. 180–181. 高知県レッドデータブック [動物編]. 高知県文化環境部環境保全課, 高知.

塚本勝巳. 1998. ウナギ属. 中坊徹次・望月賢二 (編) pp. 16–18. 日本動物大百科 第6巻 魚類. 平凡社, 東京.

Watanabe, S., J. Aoyama and K. Tsukamoto. 2009. A new species of freshwater eel Anguilla luzonensis (Teleostei: Anguillidae) from Luzon Island of the Philippines. Fisheries Science, 75: 387–392.

写真標本:BSKU 107372, 1093 mm SL, 1115 mm TL, 2012年5月23日,高知県須崎市下分 新荘川(長竹橋より下流およそ100 m),採集者:新荘川漁協,四国自然史科学研究センターより寄贈.

(鈴木貴志)

 


(C) BSKU Laboratory of Marine Biology, Kochi University