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2013年12月の魚


リュウグウノツカイ Regalecus russelii (Cuvier, 1816) (アカマンボウ目リュウグウノツカイ科)

 よく知られる深海魚のリュウグウノツカイは1属1種で,その学名は Regalecus glesne とされていました(Nelson, 2006).しかし,日本では "Regalecus russellii" の学名が長らく使われてきました.昨年出版されたRoberts (2012)によるリュウグウノツカイ属のモノグラフでは,これら2種は形態学的にも遺伝学的にも明瞭に異なり,それぞれ有効種であることが示されています.リュウグウノツカイは R. glesne とは次の形態形質で識別できます:腹部最後まで(肛門直上まで)の背鰭鰭条数(80以下 vs. R. glesne では 90-120),腹椎骨数(34-37 vs. 45-56),大型個体の第1鰓耙数(47-60 vs. 33-47),完全な背鰭鰭条数(333-371 vs. 414-449),背鰭最初の鰭膜でつながる伸長鰭条数とその直後の鰭膜でつながらない伸長鰭条数(3-6と1 vs. 6-8と5-11)(Roberts, 2012).また,Roberts (2012)は本属の分類の再検討の中で,本研究室の写真標本を R. russelii のネオタイプに指定しました.両種は三大洋に分布し,インド洋での記録はオーストラリア西部と南アフリカ沿岸を除いて種の同定も不明ですが,大西洋の熱帯海域,太平洋の北部から熱帯水域では R. russelii のみが,大西洋と南太平洋の高緯度海域では R. glesne のみが分布し,南アフリカ沿岸では両種の記録があります(Roberts, 2012).R. russelii のタイプ産地はインド西岸のゴア付近ですが,ネオタイプとすべきインド洋産の標本がなかったため,日本産で状態のよい本標本が指定されたわけです.

 リュウグウノツカイ属は,体が極めて細長く,巨大なタチウオ型で,尾部末端が完全に残った標本がほとんどありません.しかし,全長2m以下(多くは1m以下)の若魚では,尾部骨格が観察されています (Roberts, 2012).このような尾部の欠損や採集時の“千切れやすさ”は,捕食者による損傷に適応した“自切”ではないかと以前から考えられてきました(Roberts, 2012).しかし,リュウグウノツカイの大型個体がサメ類やクジラ類などの捕食者に食べられているという報告や観察はありません.実際に,尾部の椎体や血管棘など結合が緩い骨格要素や体側筋の筋節を隔てる構造,そして“く”の字状の滑らかな欠損跡の観察からも“自切”する特異な能力が示唆されます.リュウグウノツカイ科に含まれるもう一方の属の Agrostichthys でも,同様に尾部を“自切”するようです.

 リュウグウノツカイ属の2種のうち,R. glesneは表層近くから水深500m付近まで,タチウオ類のように垂直に定位した個体の観察例が知られています(Roberts, 2012).今年の6月末に沖縄県の宜野湾市で開催された第9回インド-太平洋魚類会議において,Tyson Roberts 博士は口頭発表で R. glesne が背鰭を波上に動かしながら,垂直に定位したまま上下に移動する行動のビデオ映像をクラシック音楽と共に流して喝采を浴びていました.これまでにオキアミ類を大量に食べていた個体も知られることから,表層から中深層の間を鉛直移動しているのかもしれません.生態や行動,繁殖,生活史については,依然として謎の多い魚です.

 リュウグウノツカイの学名の種小名は,原記載では “russelii ”( l が1つ)と綴られ,その後多くの出版物では“russellii ”(l が2つ)が使われていました.Roberts (2012)は長い間多くの書物や論文で使用された後者の "russellii "を用いましたが,Eschmeyer (2013) のCatalog of fishes のデータベースを見ると,原綴りの “russelii ”が使われています.その理由として,「Apparently this is the first Latinization of "Russelian Gymnetrus" of Shaw 1803..."」との記述があります.Cuvier (1816)の"Gymnetrus russelii"の原記載は,Russell (1803)の図版とShaw (1803)の記載を基にしたものですが(著者が直接標本を観察していない),著者のCuvier がラテン語化した“ラッセル氏の Gymnetrus” の意味で,種小名の原綴りを "russelii"としたとの判断です.もし Cuvier がラッセル氏に献名して原綴りを誤って russelii としたならば,国際動物命名規約第4版(日本語版,2000年)の条32.5の「訂正しなければならない綴り(不正な原綴り)」となると思いますが,そういった事例ではないようなので,この原綴りが「正しい原綴り」となります.国際動物命名規約第4版の条32.5の例には,「仮に,新しい種階級群名を提唱したときに著者がその種をLinnaeusにちなんで命名すると述べたがその学名が ninnaei として公表されたとするならば,それは,linnaei と訂正すべき不正な原綴りである.」とあります.Roberts (2012)を見て“russellii ”で正しいと考えていましたが,今回調べてみたところ, “russelii ”でよいことがわかりました.崎山・瀬能 (2012)や日本産魚類検索の第3版(林,2013)では Eschmeyer (2013)に従い,russelii と正しく綴られています.

参考文献

Eschmeyer, W. N. (ed.). 2013. Catalog of fishes: genera, species, references. (http://research.calacademy.org/research/ichthyology/catalog/fishcatmain.asp). Electronic version accessed 27 Dec. 2013.

林 公義.2013.リュウグウノツカイ科.中坊徹次 (編), pp. 480, 1866. 日本産魚類検索 全種の同定. 第3版. 東海大学出版会, 秦野.

Nelson, J. S. 2006. Fishes of the world, 4th ed. Wiley, Hoboken. 601pp.

Roberts, T. R. 2012. Systematics, biology, and distribution of the species of the ocean oarfish genus Regalecus ( Teleostei, Lampridiformes, Regalecidae). Mémoires du Muséum national d'Histoire naturelle, Tome 202. Publications Scientifiques du Muséum, Paris. 268pp.

崎山直夫・瀬能 宏.2012.相模湾におけるリュウグウノツカイ(アカマンボウ目リュウグウノツカイ科)の記録について.神奈川県自然誌資料(33): 95-101. PDF

リンク Video of the Oarfish, Regalecus glesne http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=-yIWfCAC5y0 (Youtube)


写真標本データ: BSKU 39999, 394+ cm TL, ネオタイプ,土佐湾(香南市沖,旧吉川村沖の定置網),1984年8月24日.

*沖縄での第9回インド-太平洋国際会議後,沖縄美ら海水族館でのTyson R. roberts 博士の写真1写真2(大水槽前),沖縄美ら海水族館のリュウグウノツカイ R. russelii の標本.会議後のフィールドエクスカージョンで水族館見学ツアーに参加したのですが,館内でなぜかRoberts博士に捕まってしまい,展示標本まで案内して,さらに展示標本の全背鰭鰭条を数えるはめになりました.肛門前の背鰭鰭条数は80以下で,全鰭条数は370ぐらいだったので,間違いなくリュウグウノツカイ R. russelii でした.展示標本のうち,上の大型標本は沖縄近海産,下の小型標本は高知沖産です.

(遠藤広光)


(C) BSKU Laboratory of Marine Biology, Kochi University