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2014年6月の魚

トゲキホウボウ Scalicus serrulatus (Alcock, 1898)(スズキ目キホウボウ科)

 トゲキホウボウが属するキホウボウ科は,近縁とされているホウボウ科とは胸鰭の下部2軟条が遊離する(ホウボウ科では3軟条が遊離),胸鰭上部が特に大きくない (大きい),吻部腹面にひげがある (ない) ことにより識別できます (山田・柳下, 2013).本科にはキホウボウ属 Peristedion,オニキホウボウ属 Gargariscus,イトキホウボウ属 Heminodus,コウトウキホウボウ属 Paraheminodus, ヒゲキホウボウ属 Scalicus, そしてイソキホウボウ属 Satyrichthys 6属45種が知られ,そのうち日本周辺からは6属17種が確認されています (Nelson, 2006; Kawai, 2013; 山田・柳下, 2013).

 Nelson (2006)では,キホウボウ科魚類は4属または5属とされていました .その後, Kawai (2008) はそれまで曖昧であったキホウボウ科内の系統類縁関係を5属24種の形態形質に基づき,近縁とされるホウボウ科13種とハリゴチ科3種を外群として分岐学的方法で推定しました.その解析から,イソキホウボウ属は単系統ではないことが判明し,従来イソキホウボウ属とされた種のうち,7種を新たにヒゲキホウボウ属に移しました.さらに, Kawai (2013) は,オキキホウボウ Satyichthys moluccensis (Bleeker,1850) やバケキホウボウ Satyrichthys laticeps (Schlegel,1852) のタイプ標本を観察し,同物異名 (シノニム) に関する問題を解決し,ヒゲキホウボウダマシ Satyichthys milleri Kawai, 2013 を新種として報告しました.その結果,キホウボウ科は,現在6属45種に分類されています.

 ヒゲキホウボウ属がもつほかの5属との大きな違いとしては,両顎に歯がないこと,背鰭軟条数が20以上であることで,日本にはヒゲキホウボウ Scalicus amiscus (Jordan and Starks, 1904),ナンヨウキホウボウ Scalicus orientalis (Fowler, 1938),トゲキホウボウ Scalicus serrulatus (Alcock, 1898)およびソコキホウボウ Scalicus engyceros (Günther, 1872)の4種が生息しています.

 トゲキホウボウは日本近海においては静岡県御前岬,土佐湾,足摺岬や九州–パラオ海嶺の水深200–540メートルからの記録があります.本種は Alcock (1898) によりアダマン海の水深340メートルの海底から採集された2個体に基づいて新種として発表され,生鮮時の特徴として背面や背鰭先端が濃い黒色を帯びることなどが記載されています(Alcock 1898). 本種は形態的にソコキホウボウと非常に似ていますが,左右の吻突起が平行であること (ソコキホウボウでは外側に向かう), ひげが5本で眼窩の後縁下に達すること (ひげが6–8本で眼窩の後縁下に達しない) などから識別できます (落合・矢頭, 1988; 山田・柳下, 2013).

 この写真個体は高知市にある御畳瀬漁港の大手繰り網漁で今年4月7日に水揚げされたものです.御畳瀬漁港では,キホウボウ属のキホウボウ Peristedion orientale Temminck and Schlegel, 1843, ヘリキホウボウ Peristedion nierstraszi Weber, 1913およびトゲキホウボウと同じ属のヒゲキホウボウなどが多く見られますが,ヒゲキホウボウは稀少であるようです.また,キホウボウ科の魚は食用としての価値がないようで,私たちの食卓まで届くことのないキホウボウですが,本研究室の先輩には干物にして食べたことがある,という強者が複数おりました.私はまだ食べたことがないので,一度簡単に調理して食べてみたいと思います.

参考文献

Alcock, A. W. 1898. Natural history notes from H. M. Indian marine survey ship `Investigator,' Commander T. H. Heming, R. N., commanding.--Series II., 25. A note on the deep-sea fishes, with descriptions of some new genera and species, including another probably viviparous ophidioid. Annals and Magazine of Natural History (Series 7), 2 (8) (art. 22): 136-156.

Kawai, T. 2008. Phylogenetic systematics of the family Prestediidae. Species Diversity, 13: 1-34
Kawai, T. 2013. Revision of the peristediid genus Satyrichthys (Actinopterygii: Teleostei) with the description of a new species, S. milleri sp. nov. Zootaxa, 3635 (4): 419-438.

Nelson, J. S. 2006. Fishes of the world. Forth edition. John Wiley & Sons, Inc., Hoboken, 600pp.

落合明・矢頭卓児 1988. キホウボウ科. 益田一・尼岡邦夫・荒賀忠一・上野輝彌・吉野哲夫(編), pp.320-321, 日本海産魚類大図鑑 第二版. 東海大学出版会, 東京.

山田梅芳・柳下直己 2013. キホウボウ科. 中坊徹次 (編), pp.727-731,1051-1052. 日本産魚類検索 全種の同定 第三版.東海大学出版会,秦野.

写真標本:BSKU 113065, 114.1 mm SL, 2014年4月7日,高知市御畳瀬魚市場大手繰り網,写真撮影: 齊藤洸介.

(齊藤洸介)


(C) BSKU Laboratory of Marine Biology, Kochi University