『以布利センターに期待します』

「いぶり」と言われても、高知県人でさえ「土佐清水の以布利」との正解はなかなか浮かんでこない。ところがどうして、ここの漁港は活気に溢れている。典型的な過疎県の、しかもこれまた過疎化現象の著しい県内の漁村では、漁師さんの平均年齢が70 歳と言われても何の不思議も感じない所が多々ある。こんな中、さまざまな年齢の皆さんがのびのびと働いている以布利の朝はなんともすがすがしい。海遊館のご厚意で、以布利センターと漁協の御世話になってから、あっという間の一年が過ぎた。

このごろ、大学での教育は難しい。「生き物が好き」「魚が好き」という学生さんがいるのは嬉しい。だが、彼らは「実物」を知らない。しかし、これは彼らの責任ではない。彼らは受験偏差値で歪められた教育の犠牲者であり、希薄な人間関係と、「いのち」を無視した「人類の役に立つ」科学と産業に支えられ、無節操な開発にさらされた自然の中で育ってきた。このような状況で、本物の自然を教えてくれた先生は多くはなかったはずだ。幅広い自然史学を目指し、まがりなりに教育と研究に携わってはいるが、私は魚を獲るプロではない。学生諸君が市場で実物を目の当たりにして感動し、漁師さんに教えをうけ、可愛がられる姿は微笑ましく、見ていて楽しい。

アメリカの著名なナチュラリストであった、アレキサンダー・アガシーの言葉、“Study nature, no book”は不滅である。魚類学を志す高知大学と京都大学の学生諸君にとって、この格言が活かされているのは、以布利センターという研究施設があってこその話である。今後、両大学のみならず、また、魚類学にかぎらず、海洋生物学のさまざまな分野の研究者の卵とプロが訪れることを期待したい。

1999.1.20発行,大阪・海遊館機関誌「かいゆう」,4(2):5.