町田吉彦のページ浦戸湾の動物


所感雑感 2004年6月4日 高知新聞朝刊掲載

 浦戸湾・横浜地区の埋め立て事業に際し、先ごろ開かれた県主催の説明会と討論会で意見を述べ、有志による反対集会で講演した。その後、ともあれ、一旦中断するとの県の決断に率直に敬意を表したい。
 事業は、防災上の不安がないことを大前提とし、国分川の浚渫土砂による親水空間の創造と、それに伴う水質浄化が目的であった。しかし、それ以前に行われた衣ケ島周辺での浚渫と覆砂の結果、水質が向上したとの根拠になった資料は説得力がなかった。
 住民と環境に対する県の配慮は明らかに不足していた。住民が受けた直接的な被害は打ち消しようがない事実である。浦戸湾内に親水空間の創造が本当に必要かどうかの議論はなされずに終わった。
 「親水空間」とは耳に快く響く言葉である。だが、親水空間は県内にもう無数にある。そして、何より、埋め立ては環境に多大の影響を与え、生物に犠牲を強いることを忘れてはならない。
 最終説明会で、「浚渫土砂を沖に捨てるより、灘の埋め立てに利用すれば経費の節約になる」との県の説明に会場はどっと沸いた。これでは、主目的が自然再生ではなく、経費節約と解釈されても仕方がない。自然再生は国の方針だが、環境の創造ではない。あくまで環境の復元である。
 安芸市の長野博光さんによれば、一九八三年から十五年間で、アカメが最も多く釣られたのは浦戸湾である。全長1mを超えるこの巨大魚は、四万十川を想像させる。しかし、四万十川での記録は奈半利川とほぼ同数で、浦戸湾の七割でしかない。
 釣りという限定された手段であるが、アカメに完璧に魅了された方々の詳細な情報である。魚類学に携わる者として、私は浦戸湾内の藻場がアカメの成育場として最重要との長野さんの見解を支持する。
 アカメの主な生息地は高知県と宮崎県で、県のレッドデータブックでは、本県が分布の中心と明記されている。この魚は日本固有種であり、浦戸湾は日本どころか世界に誇れるアカメの貴重な産地なのだ。研究室の学生が、ネオン輝く繁華街のすぐそばにある天神大橋のたもとでアカメを釣ったのには驚いた。こんな県庁所在地は高知市しかない。
 エガニ(トゲノコギリガザミ)の迫力はアカメに負けない。体重が2kg を超えるエガニには肝をつぶす。放流もされているが、浦戸湾産のエガニは知る人ぞ知る超一級の食材であり、その味は日本のカニ類で群を抜く。しかし、浦戸湾のエガニが本種の日本の種苗生産を支えているのは意外に知られていない。
 県魚のカツオは、他県でも多く指定されている。市の魚(魚介類)は全国で二十余ほどしかない。土佐湾産の魚では、メヒカリ(アオメエソ)の一日干しの味が捨てがたいが、福島県いわき市が指定ずみである。水族館で人気のマンボウは千葉県鴨川市の魚である。県内では、中村市と安芸市がアユ、土佐清水市がメジカ(マルソウダ)、宿毛市がイシダイであり、それぞれが地域の自然のイメージと直結している。
 高知市の魚にアカメを、カニとしてエガニを指定してはどうだろう? 両者の迫力は、県内外に喧伝しても十分にお釣りが来る。市のカニは日本になく、県庁所在地の魚もない。両者を高知市のシンボルにした浦戸湾の自然再生と、観光資源にした地域振興は地元にしかできない。土佐観光に関わる龍馬の貢献度を否定しないが、眼前にある環境を積極的に活用し、土佐の自然と産物を全国に紹介する努力もまた必要だろう。

町田吉彦
高知大学理学部自然環境科学科教授
〒七八〇-八〇六三 高知市朝倉丙一七六七-五