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前立腺癌に対するヨウ素125シード線源永久留置による密封小線源治療
1. 小線源療法とは
小線源療法とは小さな放射性物質を治療する部所に挿入して行う放射線治療です。
英語ではブラキセラピー(brachytherapy)と言われています。ブラキ(brachy)とは短いという意味で、放射線源と照射目標との距離が短いことからこのように呼ばれています。
実際の線源大きさ
元素記号:I
質量数:125
線質:γ線およびX線
半減期:59.4日
平均エネルギー:28.5KeV
2. I-125(ヨード125)シード線源の特徴
放射線障害がおこりにくい
小線源療法、特にI-125などのエネルギーの弱い線源を用いた場合には、前立腺内部には十分な量の照射が可能ですが、前立腺周囲への照射量は少なく抑えられます。そのため、皮膚への影響はほとんどなく、直腸や膀胱での放射線障害の発生する率も低くなり、これがこの治療の大きな利点となります。
安定した照射野が得られる
前立腺は腸管の動きや膀胱内の尿量によって刻々と位置が変化し、1~2cmは移動します。しかし、小線源療法の場合には線源が前立腺内にあるため、一定の照射が行われます。
性機能が維持されやすく、尿失禁は起こりにくい
前立腺癌治療において、ホルモン療法では男性ホルモンを低下させるため、性機能はほとんどの場合、失われます。前立腺全摘手術においては神経温存手術を試みても、機能が保たれる率は4割程度です。一方、放射線治療ではその率が高く、5年後に性機能が維持されている率は7~8割と報告されています。また、尿失禁に関しては治療直後に起こることは稀で、長期間では生じることもありますが、発症率は低いとされています。
体への負担が少なく、入院・治療期間は短い
後項で示すような手術操作や麻酔が必要であり、体に全く負担がないわけではありませんが、全摘手術に比較するとかなり軽度のものです。入院は少なくとも3泊4日必要ですが、全摘手術よりはかなり短いものです。7~8週におよぶ連日の通院治療が必要な外照射療法に比べ、入院が必要とはいえ、短い治療期間ですみます。
3. 治療の適応
転移・浸潤のない場合のみ治療が可能
治療の特徴の項で述べたように、前立腺周囲への照射量は少ないため、癌病巣が前立腺の周囲までおよんでいた場合(被膜外浸潤)には、その部位への照射量は少なくなりますので、十分な治療効果が得られなくなります。ですからこの治療を行う場合には、治療前にMRI、CT、骨シンチグラムなどの画像上、転移や浸潤がないことを確認しなければなりません。前立腺癌の診断がついた時点での臨床病期(ステージ)がB(T2)であることがこの治療を受けるうえでの必要条件となります。被膜外、精嚢、膀胱などへの浸潤(臨床病期C、T3~4)や、リンパ節や骨、もしくは他臓器への転移を認める場合(臨床病期D、T4)には、この治療の対象にはなりません。
その他・治療ができないもの 次のような場合にはこの治療は施行できません。
過去に前立腺肥大症の手術を行っている場合。
下肢の挙上や開脚など、線源を挿入する際に必要な体位がとれない場合。
他の疾患であっても、骨盤部への放射線治療の既往がある場合。
前立腺結石が著しく、線源の挿入が困難と判断された場合。
線源の挿入に際して、恥骨弓が大きいためにその操作が困難な場合。
合併症などのために、この治療や麻酔操作に伴う危険性が高いと判断された場合。
治療中、治療後に安静が保てない患者や、意志の疎通がはかれない場合。
アスピリンやワーファリンなど出血傾向をまねく薬剤を使用していて、その薬剤を治療後の一定期間、中止できない場合。
当院の超音波で測定した前立腺容積が40cc以上の場合。
ただし3~6ヶ月間のホルモン療法にて40cc前立腺肥大が著しく、ホルモン療法によっても40cc以下の容積に縮小しない場合。その他、当院において本治療の適応ではないと判断された場合。
4. I-125シード挿入方法
転移・浸潤のない場合のみ治療が可能
治療は硬膜外麻酔で行います。眠くなるような薬剤も点滴から入ります。尿道に排尿のための管が入り、翌日まで留置されます。下腿には血栓予防のための装具がまかれます。台に横たわっていただき、下肢を挙上したかっこうで治療を行います。肛門からエコーのプローブが入り、エコーの画像を見ながら、会陰部から前立腺内にアプリケーター針と呼ばれる長い針が20本程刺入されます。症例により異なりますが、「全部で80~100個程のシード線源」が留置されることになります。治療には4時間前後かかります。
5. 治療の欠点
外照射に比較すると放射線障害は起きにくいのですが、直腸、膀胱、尿道への影響はないわけではありません。直腸での障害としては直腸粘膜にびらんを生じ、ひどい場合には潰瘍や膿瘍が形成されることもあります。また、膀胱粘膜が炎症を起こし、様々な排尿症状を呈すことがあります。これらの障害が発生するかどうか、またその程度の差は個人の放射線に対する感受性の相違によって起こります。
治療効果の限界
アメリカでは10年の経過を見た後の治療成績が発表になっていますが、そこでは、この治療の成績は全摘手術や外照射療法とほぼ同等とされています。しかし、癌細胞の中には放射線を照射しても死滅しないものがある可能性があり、小線源療法による治癒率は手術以上ではあり得ないと考えています。小線源療法で治療する際、解剖学的な理由と、尿道の線量を過剰にしない配慮から尿道前面には線源を留置しません。そのためその領域の照射線量が多少低くなる傾向にあります。前立腺の中において、その部分が最も癌の発生しにくい部位ですのであまり問題にはならないのですが、たまたまその部分に癌があると治療効果が不十分なこともあり得ます。
治療時の浸襲
麻酔やアプリケーター針刺入による体への侵襲はさけられません。これらの操作に伴う危険性は少ないものですが、全くないわけではありません。
6. 合併症
急性合併症
手術中、直後
穿刺に伴う血尿、アメリカでは静脈内血栓の形成、それに伴う肺梗塞、シード線源の肺などへ移動することが報告されているが、特に問題は生じていない。
急性合併症
尿、血清液症、排尿障害・尿閉、排尿痛、会陰部、肛門部痛、頻尿、肛門出血、血便。軽度の痛みや排尿困難は頻繁に見られ、何らかの薬や処置を必要とするものは全体の10%以下。治療後すぐに尿閉をきたす場合も稀にあり、その場合にはカテーテルを留置。
晩期合併症(治療後1~2年位で出現)
性機能障害外照射や他の治療よりも低率だが、20~30%程度に出現。
尿道狭窄
直腸障害(痛み、粘膜から出血、潰瘍や膿瘍形成)抗炎症剤の使用で治ることが多いが、重篤な場合には一時的な人工肛門の造設が必要。
7. I-125治療成績
「シアトル前立腺研究所での成績」
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無PSA再燃生存期間
アメリカでは10年の成績が発表されています。I-125シード線源の治療を早くから始め、アメリカ国内でも治療件数の多いシアトルの施設からの報告を示します。彼らは前立腺癌診断時のPSA(前立腺特異抗原)値およびグリソンスコアにより、病気が進行しやすい高リスク群と、しにくい低リスク群に分けて検討しています。グリソンスコアとは前立腺癌の悪性度を示し、癌組織を顕微鏡で見た時の所見で評価をします。スコアは通常2~10の9段階で表しますが、数値が高い程悪性度が高く進行の早い癌です。
8. 経過観察、再発時の治療
バウンス現象
小線源療法後1~2年頃、再発ではなくPSA値が上昇する現象が時々見られます。原因は不明ですが低値であったPSA値が10位まで上昇し、数ヶ月のうちに自然とPSA値は下がることもあります。
再発時の治療
追加の放射線照射はできません。
一般的に前立腺摘出術もできません。(手術すると大きな合併症が生じることが多い)
再発時の治療は、ホルモン療法が一般的です。
9. 線源挿入後の注意
周囲の方へ与える放射線量は人が自然に受けている放射線量よりも低いのですが、一定の期間は周囲の方への配慮は必要(1m離れると放射線の影響を受けない)です。1年たてば周囲への影響を気にする必要はなくなります。
妊婦、子供と同室にいることは問題ありませんが、直接接触を治療後2ヶ月は避けて下さい。
排尿時に線源が排泄されることがあります。線源を拾えるようならスプーンなどですくい、専用容器に入れて下さい。
治療後4週間したら性行為は問題ありませんが、1年間はコンドームを使用して下さい。
患者カードの1年間携帯(渡航時には英語版)して下さい。
10. 高知大学における前立腺癌に対する
密封小線源治療基本方針
病期Bまで
低リスク群*
PSA ≦ 10ng/ml かつ グリソンスコア ≦ 6 かつ < T2b
→ I-125 LDR 単独治療
中リスク群*
10ng/ml < PSA ≦ 20ng/ml、あるいは グリソンスコア = 7 、あるいは T2c
→ Ir-192 HDR 単独治療
高リスク群
PSA > 20ng/ml、あるいは グリソンスコア≧ 8、あるいは T3
→ Ir-192 HDR ( + 外部照射 + 内分泌療法)
*PSA ≦ 10ng/ml かつ ≦ T2b の場合、グリソンスコア = 3 + 4 で癌陽性本数/全生検本数が 1/3 以下であれば低リスク群に分類する。
TNM 7th
T2:前立腺に限局する腫瘍
T2a:片葉の1/2以内の進展
T2b:片葉の1/2をこえ広がるが、両葉には及ばない
T2c:両葉への進展