悪性腫瘍細胞(がん細胞)は、遺伝子の欠陥があるために、無制限に増殖し、他臓器へ浸潤して機能を障害します。がん細胞では、しばしば細胞の分裂や増殖に必要な蛋白質が、正常細胞の何十倍、何百倍と大量に発現されています(がん抗原蛋白質)。このような蛋白質のひとつに、WT1(Wilms’ Tumor 1)遺伝子産物があります。白血球の一種であるTリンパ球(T細胞)は、標的細胞内で作られる蛋白質の量的、質的変化を察知して、異常を来たした細胞を見つけて殺します。
T細胞が、異常な細胞を見つける目印となっている分子は、HLA(Human Leukocyte Antigen)分子と呼ばれる細胞膜蛋白質です。HLA分子はもともと、他人からの移植組織を異物と認識する標的分子として見つかったため、移植抗原とも呼ばれます。腎臓移植や、骨髄移植の際にドナーとレシピエントの間で型合わせをするのは、この分子の遺伝子型です。
体細胞では、蛋白質の合成と分解が繰り返されています。HLA分子は、蛋白質が分解されてできるペプチド(アミノ酸が9個前後連なったもの)を細胞内で結合し、細胞表面に持ち出て、T細胞に提示する機能を持っています(図1)。がん細胞のように、特定の蛋白質が大量に合成、分解されていると、HLA分子に提示されたペプチドの種類や量にも変化が生ずるため、その変化を察知するT細胞が通りかかると、見つけて殺します。健常者にも細胞の遺伝子の異常はある程度の頻度で生じますが、T細胞が見つけて排除しています。このT細胞による監視の目を逃れてがん細胞が増えてしまったものが、悪性腫瘍として目に見えてきたものです。
T細胞は、がん抗原そのものを認識することはできず、HLA分子が結合して細胞表面で提示するペプチドを抗原として認識します。このHLA分子には、人ごとに異なる遺伝子型があり(図1)、型ごとに結合するペプチドの種類が異なるため、同じWT1腫瘍抗原を標的とした免疫療法を行う場合にも、患者さんのHLA遺伝子型に合わせて、異なるペプチドを抗原として投与する必要があります。現在、試験治療を行っているWT1ペプチドは、HLA-A*0201、A*0206、A*2402に結合しますので、これらの遺伝子型を持つ患者さんに治療適応があります。
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