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研究活動
南大洋の深海底で巨大砂丘(セディメントウェーブ)を新発見
〜南極暴風圏での海洋調査による成果〜

2013年12月2日
池原 実

■1.概要
 高知大学海洋コア総合研究センターの池原実准教授,国立極地研究所の大岩根尚研究員,野木義史教授,菅沼悠介助教らによる共同研究チームが,南大洋(南極海)(注1)のインド洋区において深海底調査を実施しました。その結果,南極昭和基地の北方約1500km付近の深海底にあるコンラッドライズと呼ばれる海底の高まりに巨大な砂丘の様な地形(セディメントウェーブ)を新たに発見しました。このセディメントウェーブの大きさは,波状構造の一つ一つが鳥取砂丘とほぼ同じ程度の規模で,南極大陸の周りを周回する表層海流である南極周極流の流れに起因して形成されたものであると推測されます。また,マルチチャンネル反射法地震探査によるセディメントウェーブ形成史の解析の結果,南大洋ではおよそ150万年前前後に大きな海洋構造の変化が起こり,南極周極流がこの時代に北上して現在とほぼ同じ場所を流れるようになったことがわかりました。この研究成果は,温暖な気候だった鮮新世から気候が寒冷化していく時代において南大洋がどのように変化してきたのかを解き明かすための重要なステップとなります。
 この研究成果は,「Marine Geology」(電子版)に10月26日付けで掲載されました。なお,研究調査費の一部に日本学術振興会の科学研究費補助金基盤研究(B) (代表者:池原実,研究課題番号:19340156),基盤研究(A)(代表者:池原実,研究課題番号:23244102),および,高知大学学長裁量経費などを使用しております。


■2.成果のポイント

・南大洋インド洋区のコンラッドライズの南西斜面域(水深2400-3400m)(図1)において,巨大な砂丘状海底地形(セディメントウェーブ)が分布することを新たに発見しました(図2)。セディメントウェーブの波長は約1-2.5km,波高は約100mで,波状構造の一つ一つが鳥取砂丘とほぼ同じ程度の規模です。

・このセディメントウェーブは,南極前線付近の海洋表層で生産された珪藻の殻がコンラッドライズに厚く堆積するとともに,南極周極流の流れの影響によって粒子が海底を移動することで形成されたと考えられます。従来,深海底のセディメントウェーブは底層流(南極底層水や北大西洋深層水など)によって形成されるものがほとんどでしたが,コンラッドライズのセディメントウェーブは表層海流の影響が水深3000m付近まで達していることを物語っています。

・セディメントウェーブは,コンラッドライズの海底下約400mまで連続的に観察されますが,不整合(ハイエイタス)を挟んだ下位の地層にはセディメントウェーブが全く認められませんでした(図3)。このハイエイタスは,およそ150万年前前後に形成されたと推定されることから,この時代に南大洋では大規模な海洋構造の変化が起こっており,それまで温暖な気候を反映して南極に近い緯度帯を流れていた南極周極流が現在とほぼ同じ場所を流れるように北上したものと考えられます。

図1.調査海域のコンラッドライズを示す南大洋インド洋区の海底地形図。赤丸が調査海域。

図2.コンラッドライズ南西斜面域の海底表面に認められたセディメントウェーブ。

図3.コンラッドライズ南西斜面域の反射法地震波探査断面の例。
堆積層上部(ユニットA)にはセディメントウェーブが明瞭に観察される。
セディメントウェーブの高さ(比高)は鳥取砂丘とほぼ同じ規模である。

 

■3.成果の背景

 南極大陸の周りに広がる南大洋は,氷山の流出や海氷の広がり,南極底層水の形成,活発な生物生産などから,気候変動に敏感に反応する高緯度海洋として重要視されています。その南大洋では,南極大陸の周りを東回りに流れる世界最大級の海流「南極周極流」が流れており,低緯度側の亜熱帯域と南極域の境界の役割を果たしています。氷期—間氷期スケールでの大気CO2濃度変動のメカニズムは根本的には解明されていませんが,季節海氷域である南大洋の表層成層化の強弱が一つの駆動機構として重要視されています。また,南極前線の南北シフトが,南大洋における湧昇域の拡大縮小をもたらすと考えられるため,偏西風帯と連動した南極前線の南北シフトも注目されています。さらに最近では,インド洋から大西洋に熱と塩分を輸送する役割(アガラスリーケージ)を果たしているアガラス海流(Agulhas Current)が注目されています。このアガラスリーケージによる熱塩移送の変化は,大西洋の子午面循環(Atlantic Meridional Overturning Circulation: AMOC)に影響を与えるため,全球的な気候変動の駆動機構として極めて重要です。実際に,近年の人為的温暖化によって進行している偏西風帯の南下に伴って,亜熱帯前線(南極周極流と亜熱帯ジャイアの境界;図1のSTF)が南下し,結果としてアガラスリーケージが強まってきていることが指摘されてきています。このように,アフリカ南方の南大洋は,熱塩循環に必須な熱と塩分をインド洋から大西洋へ供給するゲートウェーとして重要であり,氷期—間氷期スケール,および,より短周期の気候変動の調整弁的な役割として鍵を握る海域の一つと言えます。

 本研究で対象としたコンラッドライズは,南緯54度付近に存在する海底の高まりです。南大洋は常に強い西風が吹く暴風圏と呼ばれる海域があり,吠える40度,狂う50度,叫ぶ60度とも呼ばれています。そのため,このような暴風圏での海洋調査はしばしば困難を伴い,コンラッドライズ周辺ではこれまで大規模な海洋地質学的調査は行われていませんでした。研究チームは,南大洋インド洋区を主な対象とした国際深海科学掘削計画(IODP)の掘削研究提案書作成のための事前調査航海を計画し,東京大学大気海洋研究所の共同利用公募を活用して学術調査船「白鳳丸」による調査航海をこれまでに2回(2007年度,2010年度)実施してきました。本研究の成果は,これらの航海で実施された海洋底の地形・地層探査,および,海洋コアの採取とそれらの古海洋変動解析研究によるものです。

 

■4.研究の方法

 本研究では,学術調査船「白鳳丸」によって,コンラッドライズ南西斜面域においてマルチナロービーム音響測深による海底地形マッピング(注2)とマルチチャンネル反射法地震探査(注3)を実施しました(図4,5)。また,図1の☆地点から約10mの海洋コア(COR-1bPC)を採取し,堆積物の顕微鏡観察,マルチセンサーコアロガーと分光測色計による非破壊計測を実施し,堆積物組成の同定,堆積物の密度と明度(L*値)の変化を解析しました。さらに,堆積物から浮遊性有孔虫化石を抽出し,放射性炭素年代測定を行い,堆積速度を求めました。

 

■5.社会的意義・今後の展望

・近年の地球温暖化に伴って南極前線帯や南極周極流が南下し,南極寒冷圏が縮小してきている可能性が指摘されています。南大洋は全球規模の気候変動を探る上で必要不可欠な海ですが,地理的な制約から研究が進んでいない海域でもあります。温暖化と南大洋の関連を理解するためには現場の海洋観測を継続的に進めていかなければなりませんが,本研究成果は,過去に起こっていた現象の一部は南大洋の海底地形や堆積物にも記録が残されていることを示しています。
・今回の発表内容は,深海底にはまだまだ未知の地形や現象が潜んでいることを如実に物語っており,さらなる海洋底調査の必要性を示しています。
・コンラッドライズで採取した海洋コアは,外洋域としては非常に大きな堆積速度を示したことから,南大洋における詳細な環境変動を復元解析することができる古環境アーカイブとして極めて重要です。今後,海洋コアの堆積学的,地球化学的な研究を進めることによって,最終氷期から現在に至る南大洋の環境変動の実態を解明することができると期待されます。
・研究チームは,2013年10月から10年間の計画で新たにスタートを切った国際深海科学掘削計画(International Ocean Discovery Program: IODP)での新たな南大洋深海掘削研究を計画しています。本成果は,掘削候補地点を絞り込むための事前調査としても重要な位置づけとなっています。よって,近い将来の日本発の国際プロジェクトにつながる重要な布石としても意義深いものです。

 

■6.発表論文

・雑誌名「Marine Geology」(2013年発行)
・論文タイトル:Sediment waves on the Conrad Rise, Southern Indian Ocean: implications for the migration history of the Antarctic Circumpolar Current
・著者名:大岩根 尚1, 池原 実2, 菅沼 悠介1, 三浦 英樹1, 中村 恭之3, 佐藤 太一4, 野木 義史1, 山根 雅子5, 横山 祐典5
1 国立極地研究所,2高知大学,3海洋研究開発機構,4産業技術総合研究所,5東京大学大気海洋研究所

 

■7.問い合わせ先

高知大学自然科学系理学部門(海洋コア総合研究センター) 准教授 池原 実
電話:088-864-6719,Email: ikehara(at)kochi-u.ac.jp
(もしくは,高知大学海洋コア総合研究センター事務室 088-864-6712)

国立極地研究所 教授 野木 義史
電話:042-512-0711,Email: nogi(at)nipr.go.jp

 

■【用語解説】

(注1)南大洋
 南大洋はアフリカ,オーストラリア,南米の各大陸と南極大陸の間にある海洋を差し,英語ではSouthern Oceanと表記される。南極海とほぼ同義である。
(注2)マルチナロービーム音響測深
 船底から海底に向けて扇状に音波を発振し,その反射波を同じく船底で受信し,往復時間から船底と海底の間の距離を測ります。調査船で移動しながら連続的にデータを集積することで,海底の地形図を描くことが出来ます。

図4.マルチナロービーム音響測深およびマルチチャンネル反射法地震波探査の概念図。


(注3)マルチチャンネル反射法地震波探査
 一定速度で進む調査船の船尾からエアガンと呼ばれる音源を曳航し,船から送った圧縮空気を一定間隔で開放することによって海水中で人工的な地震波を起こし,海底に向けて弾性波を発振します。海底面や地層の境界に当たって反射して戻ってきた反射波を海面のストリーマーケーブルで受信します。調査船で移動しながら連続的にデータを集積することで,海底下数kmまでの地層の重なり方や断層の場所など海底下の構造がわかります。

図5.南大洋(暴風圏)における学術調査船白鳳丸でのマルチチャンネル反射法地震探査の様子。
ストリーマーケーブル(黄色)を船尾から海へ投入している。