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高知大学ラジオ公開講座 2010年2月14日放送分(1月21日収録)
「土佐の魚と分類学」 理学部 遠藤広光准教授

前枠(1分)〜ジングル(12秒)  
(ここまで1分15秒)
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村山アナ
みなさん、こんにちは。
高知放送の村山 佐織です。
高知大学ラジオ公開講座、2月は理学部の先生方を招いてお話を伺っています。
今週は、生物科学コースの
遠藤 広光(えんどう ひろみつ)准教授をお迎えしました。
遠藤先生、こんにちは。

遠藤
こんにちは。

アナ
よろしくお願いします。

遠藤
よろしくお願いします。

アナ
遠藤先生は生物科学コースの海洋生物学研究室で研究をされていますがご専門と研究を教えて下さい。

遠藤
私は魚類の分類学と系統学に関する研究を行っています.
どちらも生物の多様性を知るための基本的な研究分野です.
その魚類の中でも、私はタラ目魚類の系統類縁関係の推定が一番の専門で,
標本を解剖してその形を観察し,骨や筋肉などの形や付き方を詳しく調べ,
それらをもとに系統進化、例えばタラの仲間であれば,その中のグループがどのような関係にあり,どのように進化をしてきたのか、を考えています.
また,タラ目のソコダラ類,アシロやアンコウ類などの深海魚の分類や
ハゼ類などの沿岸にすむ小型の魚類の分類も行ってきました.
さらに,高知県の魚類相や日本の太平洋岸沖の深海性魚類相,
海外のいくつかの地域についても調査してきました.

アナ
先生は魚類についての分類学および系統学が専門なのですね。

遠藤
はい。きょうは「土佐の魚と分類学」というテーマでお話します。
まず前半は分類学と系統学についてご説明します。
続いて、高知が輩出した日本魚類分類学の父・田中茂穂博士のことも
ご紹介します。
そして、後半は私が関わっている新種の魚類についてお話します。

アナ
「土佐の魚と分類学」ですか。
ではまず分類学についてお話いただけますか。

遠藤
分類学の研究には,日本のみならず,世界各地から採集された標本と過去の書籍や研究論文が必要不可欠です.
そのため,私たちの海洋生物学研究室は自然史博物館と同様の魚類の標本コレクションをもっています。そして新たな標本の採集と作成,標本コレクションの維持管理,国内外の研究者への標本の貸し出し、訪問研究者の受け入れも行っています.
また,私たちが研究に必要とする標本を国内外の博物館や研究機関から借りて,それらの研究機関を訪問して標本を調べることもよくあります.自然史教育の普及活動など博物館相当の仕事も少しずつですが行っています.

アナ
魚類の標本を作る、ということですが、どのようにするのでしょうか。

遠藤
魚類の標本は基本的には液浸標本です.

アナ 
液浸標本。液体の液に浸す標本、という字を当てますね。

遠藤
はい、採集直後に鰭(ひれ)を広げてカラー写真を撮った後に,
ホルマリンで組織を固定し,その後アルコールの中に保存します.
大事な漬け物のような扱いです.

アナ
私も白っぽい色に変わった魚のホルマリン漬けを見たことがあります。

遠藤
そうですね。標本をホルマリンに入れると色が落ちてしまうので,
重要な標本はその前に写真を撮ります.
このような標本写真は,研究論文のほかに一般の魚類図鑑にも使われています.

アナ
この標本が生物の分類に大切なのですね。
では分類学とはどのような学問なのでしょうか。

遠藤
分類学とは,簡単に言えば,種の特徴を明らかにして,学名のない種には学名を付け,類縁関係の近さの程度を調べて,入れ子状・大きな分類から小さな分類へと順番に,その関係を基に整理する学問です.

アナ
魚類など生物をおおまかに分類して、またその中で細かく分類するのですね。

遠藤
はい。ものを認識するために名前を付けて,系統立てて整理することは,ヒトに備わった特性かもしれません.
太古の昔からヒトは分類をしながら身近な動物や植物を食料や薬として利用し,また危険な生物を避けてきました.

アナ はい。

遠藤
現在の分類学の仕組みが整ったのは18世紀のヨーロッパで,「分類学の父」と呼ばれるスウェーデンの生物学者の「カール=フォン•リンネ」の時代でした.
種の学名は,リンネが考案した「二名法」という決まりに従い,
「属名」と「種小名」の組み合わせから出来ています.

アナ リンネが考案した「二名法」。二つの名の法と書きますね。

遠藤
二名法による学名はすべてラテン語またはラテン語化された言語で表された世界共通の名前です.
例えば,高知でよく知られる魚の「アカメ」は標準和名であり,日本での正式な和名です.
このアカメの世界共通の学名は,ラテス・ヤポニクス(Lates japonicus)と言います.
ラテス属に分類されるヤポニクスという種であることを示しています.
アカメは脊索動物門の脊椎動物亜門,魚綱(こう),スズキ目(もく),アカメ科,アカメ属と分類されています.
これは生物の類縁関係における所番地のようなものです.

アナ
アカメはスズキ目とありますが、スズキの仲間なのでしょうか。

遠藤
そうです。
このように共通の特徴をもった種を含む属のグループ,共通の特徴をもった属を含む科のグループ,さらに共通の特徴をもった科を含む目のグループ,といった具合に入れ子状にグループ分けして,わかりやすく整理したものが「分類体系」です.
門(もん),綱(こう),目,科,属は分類単位ですが,実際には上目や亜科,亜種など,もっとたくさんの分類単位が使われています.
生物は種数が多く,大変多様なグループを含むので,これらをうまくグループ分けするには,どうしても多くの分類単位が必要となります.

アナ
新種が発見された場合は、こうした分類単位に従って分類するのですね。

遠藤
はい。分類学では,研究対象とする種やグループに関する過去の論文や標本を十分に調べて,これまでに学名が付けられていない種,つまり新種を発見した場合には,標本に基づき新たな学名を与えます.
動物の場合には,「国際動物命名規約」という決まりに従います.

アナ
新種を発表するには、さまざまな手続きを踏んで行うのですね。

遠藤
新種を発表する場合には,基準とする標本である「ホロタイプ」をひとつ決めます.

アナ ホロタイプ。

遠藤
この「ホロタイプ」が学名を担う基準となる標本です.
標本が複数ある場合には,ホロタイプに準ずる標本として「パラタイプ」を決めます.
これまでに学名が付けられている類似種との形態の違いを明らかにして,また,その種の特徴により,どの科のどの属に含めるべきか検討します.

アナ
新種はどのように発表されるのでしょう。

遠藤
ほとんどの新種は学術雑誌に論文の形で発表されます.
学名が付けられてはじめて、科学の世界で認知されたことになるわけです.
私たちの研究室の標本コレクションには,このような手順で学名の基準となった100種1,000個体を超えるホロタイプやパラタイプが含まれています.
これまでに,ひとつの種に対して複数の異なる名前が与えられている場合もあれば,1種とされたものに複数の種が含まれている場合もあります.

アナ
1つの新種が認められるには大変な作業が必要なのですね。

遠藤
そうですね。 
また、同じ時期に複数の学者によって新種が発表されることもありますが
学名には「先取権」があります。

アナ 
先取権。先に取った権利という字を書きますね。

遠藤
はい。先取権とは動物命名規約の条件を満たした最も古い学名の方が有効となる権利ということです.
1種に複数の種が含まれていた場合には,過去に同種と考えられ
無効と見なされた学名が復活することや新種が発見されることもあります.

身近なマグロの仲間の分類を例に説明しましょう.
世界の熱帯から温帯水域に分布するサバ科のマグロ属には,クロマグロや
キハダマグロ,メバチマグロなど7種が含まれています.
しかし,かつては10属37種に分類されていました.

アナ
かつて37種だったマグロが今は7種なのですか。

遠藤
各地域でいろいろな学名が付けられていた訳ですが,その後のマグロ類の形態に基づいた分類により,1属7種とすべきことがわかりました.
つい最近では,太平洋と大西洋のクロマグロの個体群を遺伝的に調べたところ,別種とすべき差があるとの研究結果から,太平洋のクロマグロの学名の変更が提案されました.
しかし,亜種や同種と考える研究者もいます.

アナ
大西洋のクロマグロは資源保護の立場から禁漁を提言するニュースも昨年流れていましたね。

遠藤
マグロ類のような産業として重要な種の場合は,分類学の研究成果が,適切な資源管理,厳密な漁業の規制や商業取引に直接影響します.
これは分類学の別の側面といえます.

アナ
ここまでは分類学についてお話をおうかがいしました。
では、系統学とはどのようなものですか。

遠藤
系統学は,形態や遺伝子などの特徴を詳しく調べ,類縁の近さを推定する学問です.
系統類縁関係の仮説は,通常木の枝分かれのような分岐図や系統樹により,
対象とする種やグループの関係が示されます.
したがって,分類学で種を類縁関係に従って入れ子状に整理するためには,
系統学による研究成果が必要です.

アナ なるほど。

遠藤
分類学と系統学の研究成果は,様々な生物学の分野で,研究対象の種を正確に同定する(同一のものとして認める)情報や近縁な種や
グループとの比較研究の手がかりとして必要不可欠です.
では、ここで分類学、系統学と関連して少し生物相についてお話しします。

アナ 生物相。生物に相談の相の字を書きますね。

遠藤
生物相とはある地域に分布する生物のことをいい、おおまかに動物相と植物相に分けられます。
生物相を知るには,過去に採集された標本や新たに採集された標本の特徴を詳しく観察し,それらがどの種であるのか同定する作業を行い,種のリストを作ります.
種のリスト(目録)作りは,ある地域に分布する生物の種多様性を知る上で,もっとも基礎的な資料となります.
アナ
では魚類の生物相を調べるにはどのようにするのですか。

遠藤先生
魚類相の調査では,河川や潮溜まり,沿岸で網を用いた採集,釣り,底曵き網や定置網,刺し網漁の漁獲物,調査船に乗り深海で網を曵いたり,様々な方法で魚類を採集し,標本を作製します.

アナ はい。

遠藤
これらの標本は,自然史博物館やそれに相当する研究機関の標本コレクションとして保管され,その後も様々な研究に利用されます.
大学の理学部や農学部,水産学部で分類学の研究を行ってきた研究室も,規模は様々ですが同様の標本コレクションを所有しています.
証拠の標本を保管することは,後の研究者が調べ直すことができる点で大変重要です.
近年急速に発展している分子系統学の分野でも,遺伝子の解析に使用したサンプルを取った標本を証拠として博物館に保管することが要求されます.
分子系統学とは生物のタンパク質や遺伝子を調べる系統学の分野の一つです。

種の同定を誤っていた場合,標本さえ残っていれば再び調べることができるためです.科学としての再現性は,分類学の場合には,標本の保管することにより成り立っています.

アナ
なるほど。もし貴重な魚が捕獲されて、今、その分類や系統がはっきりしなくても、標本が残っていれば将来解明される可能性があるのですね。

遠藤
そうですね。
魚類は世界で2万9千種が知られ,最近では毎年300から400種が新種として発表され,学名が付けられています.
日本で初めて記録された種の数も年々増加し,現在ではおよそ4,100種が
知られています.
まだ多くの新種や日本での初記録種が存在するので,今後も徐々に増えることは確実です.

アナ なるほど。高知県の関係ではどうなのでしょう。

遠藤
高知県の魚類の種数は,現在これまでの記録を集計しつつありますが,2,000種を超えると予想されます.
これは日本産魚類のおよそ半分の種の数です.

アナ
そんなにたくさんの種類が。それには何か理由があるのですか。

遠藤
この種数の多さは,高知県沿岸域での造礁サンゴ群落の増加や四万十川の河口の汽水域が黒潮により運ばれてきた南方性魚類の成育場となる環境であること,高知県が温帯種の分布域に位置することで,南方系と北方系の両方の魚類が出現すること,さらに土佐湾の大陸棚から水深4,000メートルの南海トラフまで続く深海域があることに関係しています.
そのため,魚類の研究者にとって,高知は大変魅力的な土地と言えます.
また,高知県は魚類分類学の歴史と深く関係しています.

アナ というのは。

遠藤
実は日本の魚類分類学の父と呼ぶべき学者は,田中茂穂博士です.
田中博士は明治時代の1878年に現在の高知市上町で生まれ,地球物理学の寺田寅彦博士とは現在の追手前高校時代には同級生でした.
1903年に東京帝国大学で魚類の分類学的研究を開始し,およそ170種の新種を記載しました.
そのうち,90種が現在も有効とされています.

アナ
日本の魚類分類学の父が高知出身なのですね。

遠藤
はい。
高知県の河川にも生息するボウズハゼは田中博士が学名を付けた種です.
私の研究室の初代教授は蒲原稔治先生ですが,1923年から1926年まで東京帝国大学に在籍し,戦前の1928年から高知大学の教授となりました.
蒲原先生は田中博士に魚類分類学の教えを受けながら,高知県の魚類相の調査や分類学の研究を行いました.
蒲原博士は52種の新種を記載し,そのうち45種は現在も有効とされています.これらのほとんどは高知県で採集された標本に基づいています.
その中には,高知市御畳瀬の沖合底曵き網漁,大手繰り網で水揚げされた土佐湾の深海魚も多く含まれています.

アナ
高知は日本魚類分類学の父・田中茂穂博士、それに蒲原博士と
日本の魚類分類学にとって重要な人物を輩出し、
それが脈々と現在の遠藤先生ら高知大学の魚類研究につながっているのですか。

遠藤
はい。蒲原博士はそれまでの研究成果をもとに,1964年には高知県で記録された魚類を1,233種としました.
蒲原博士は研究開始当初から高知県の宿毛市沖の島や大月町柏島,土佐清水での採集を行い,1960年には高知県西南部で記録された魚類を600種としました.
その後,1996年にまとめられた柏島の魚類相には1980年代からスキューバ潜水による観察や標本採集による記録が多く含められ,143科884種がリストに含められました.
また,この間の調査で観察または採集されたのですが,リストへ含められていないおよそ100種以上の存在が明らかとなりました.
これらの種には新種や日本では記録のない種が含まれています.
この数字を大まかに加えて,柏島周辺ではおよそ1,000種の魚類が生息するとされてきました.

アナ まさに魚類の宝庫ですね。

遠藤
近年の高知県での魚類相の研究では,土佐湾内では西部の黒潮町沿岸沖での底曵き網の漁獲物調査で82科187種,
高知市沖の水深100から1,000メートルまで140科599種,
土佐清水市の以布利の定置網と沿岸から136科567種がリストされています.また,2002年に出版された高知県レッドデータブックの動物編には,高知県内の河川の淡水から汽水域の調査で確認された外国からの移入種や亜種を含む216種が掲載されています.
これまでの魚類リストで重複している種を除くと,高知県で記録された魚類は,およそ2,000種を超える見積もりです.

アナ 2000種。高知は実にたくさんの魚類がいるのですね。

遠藤
生物の多様性を保全しようという意識はこの10年の間に世界的に高まっており,魚類分類学の分野でも新種の記載をスピードアップしようという試みがあります.
日本では2006年から10年間の予定で始まった国立科学博物館の新種記載プロジェクトという計画が進行中です.
実は新種記載の論文を出版するためには,国外の自然史博物館でのタイプ標本の調査や論文への標本のカラー写真掲載や英文の校閲など,やはりお金が掛かります.
このような資金を補助して,どんどん新種記載の論文集を出そうという試みです.
魚類ではすでに第1弾と第2弾の論文集が出され,2007年には14編の論文で4亜種を含む27新種が,2008年には12編の論文で16新種が発表されています.
2回の合計で43種に新たに学名が付いたことになります.
現在は3番目の論文集の出版が進行中です.

アナ 遠藤先生も新種の記載しているのですか。

遠藤
私もこのプロジェクトへ参加し,土佐湾沿岸で採集されたハゼの仲間のサクライレズミハゼ(Priolepis winterbottomi)とシラビラメの仲間のオキゲンコ(Cynoglossus ochiaii)を新種として発表しました.
現在はこの新種記載プロジェクトの第3弾のため,高知で「沖うるめ」と呼ばれるニギスの仲間の新種の論文を準備中です.

アナ 干物でよく食べる沖うるめの仲間ですか。

遠藤
そうですね。
新種の魚類は高知県の沿岸や沖合にも,まだ多く存在しています.
これまでに1種と考えられていた種が,実は複数の種を含んでいる例もあります.
また,「沖うるめ」のように、これまで普通に食用とされていた種が,分類学的に詳しく調べてみると新種であったり,日本では記録のない種であったり,また使われている学名が適切ではなかったり様々です.
また,昨年始めに出版された魚類の系統学の論文で,これまでに3つの科に分類されていた深海魚のクジラウオ類が,実はオスとメス,それに幼魚であり,1つの科とすべきであることが発表されました.これは遺伝子を調べてわかったことですが,オスとメスの体の大きさや形が著しく違い,また幼魚が親とは似ても似つかない独特の形であったために,それぞれ別の科へ分類されていました.
分類学者にとってかなり衝撃的なニュースで,魚類の多様性について私たちの理解は,まだ半ばであることを実感しました.

アナ
では遠藤先生、最後にきょうの話のまとめをお願いします。

遠藤
きょうは「土佐の魚と分類学」というテーマでお話しました。
まず、魚類を含めた生物の分類学と系統学について説明しました。
分類学とは,種の特徴を明らかにして,学名のない種には学名を付け,類縁関係の近さの程度を調べて整理する学問で、系統学は,形態や遺伝子などの特徴を詳しく調べ,類縁の近さを推定する学問です.
そして、多様な魚類が生息する高知は日本の魚類分類学の父・田中茂穂博士や
高知大学で魚類の研究を進めた蒲原稔治博士を輩出しています。
最後に干物としてよく知られる「沖うるめ」を私が新種として記載しようとしていることもご紹介しました。
このように魚類の多様性にはまだまだ多くの謎が残されており,興味が尽きないものです。

アナ
遠藤先生、どうもありがとうございました。

遠藤
ありがとうございました。

アナ
高知大学ラジオ公開講座2010、
今月は理学の分野についてお話を聴いています。
今週は「土佐の魚と分類学」をテーマに
理学部・海洋生物学研究室の遠藤広光准教授のお話でお送りしました。

来週21日は理学部の・・・・・・


(C) H. ENDO