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魚類の分類学研究の進め方(遠藤広光)改訂 2022.9.26

はじめに 
 各自が研究対象とする分類群がもつ分類学的問題の難易度は様々である.また,問題がないと思われている分類群でも,調べてみれば見つかることも多い.分類群を決める時には,他の研究者との競合もあるので,最近の研究動向を知り(教員の情報や最近の学会発表題目などから),利用できる標本数や新たな標本入手の可能性があるか事前に調べる必要がある.


文献調査 
研究対象とする分類群が決まれば,その研究の歴史や最近の状況を知るために文献調査を行う. まずは,下記の必読の参考文献(本村,2013:タクサ,No. 34)を見ること.

1.Joseph S. Nelson の「Fishes of the world」の初版から第5版まで(1976, 1984, 1994, 2006, 2016)を調べると,対象分類群の研究の変遷の概要をつかみ,主要な引用文献を探すことができる. *5版はNelson et al.
2.中坊徹次(編)2013.日本産魚類検索全種の同定,第3版のIIIにある各分類群の「分類学的付記」と「引用文献」を見て,主要な文献を探す.さらに,英語版のNakabo, ed. (2002)も参照する.
3.おもな文献の多くは研究室内にある(教員の個人蔵書を含めて).研究室内にどのような雑誌や書籍があるのか,普段からよく見ておくこと.自分で調べた上でわからない場合は,院生や教員に尋ねる.さらに,入手した文献の引用文献を見て,関係論文を探す.
4.インターネットを検索し,学術雑誌の論文PDFがダウンロードできるかよく確認すること.学内であればアクセス可能な学術雑誌も多い.古い文献もPDF化され,ネット上からダウンロード出来る場合もある.
5.3と4でも見つからない場合は,図書館を経由して文献複写依頼を出し,文献コピーを入手することができる.この場合は,付属中央図書館のホームページから日本国内の大学・研究機関に所蔵されている雑誌を調べる.
6.種や属,科,研究機関の略号(アクロニム)など魚類の分類学に関する情報は,インターネット上のCatalog of Fishes や FishBase のデータベースを検索して収集できるが,稀に間違いも含まれることを念頭におく.世界の各地の主要な博物館・研究機関の所蔵標本もインターネット上で検索できる場合がある.

種の分類手順(1987年に岡村先生より)
1.文献から既知種の形質表を作成し,各既知種の標徴(diagnosis)を確実につかむ.
2.既知種の標本がある場合には,既知種間の直接比較を行い,上記以外の新形質を発見するよう努める.新形質があれば,これを比較表に加える.
3.1と2に基づき(比較表と標本の直接比較検討),手持ちの新規標本を種分け(sorting)する.
4.新規標本(1or 複数種)の識別形質を形態形質用紙にまとめる.
5.新規標本を測定し,計測・計数形質の変異の幅(range)と平均値(mean)から,さらに種間の差異を明瞭にする.

標本の計数・計測と形態形質の観察
計数・計測用紙と形態形質の観察用紙の作成
1.それぞれの分類群では計数・計測の部位が異なるので,研究対象とする分類群の文献をよく調べ,過去
 の研究者が使用した形質をもとに決める.用紙は追加の計数や計測の項目も考えて作成する(過去の研究
 者が見落とした有効な識別形質があるかもしれない).
2.エクセルで計数計測用と形態観察用の用紙を作る.各形質の値を書き込み,その後パソコンにデータを
 入力する.用紙に記入せずに直接パソコンへ入力すると,クラッシュ等でデータが復元できない場合には,
 すべて測定し直すことになる.入力後バックアップをとることが必要だが,生データは紙媒体で残してお
 くと安心.
3.重要な形態形質と判断した場合には,デジカメ写真を撮影し,論文に使用する図のもととなるスケッチ
 を作成する.もちろん,各種の重要な標本や状態のよい標本の写真,新たな標本を入手した時には,生鮮
 時の写真を撮ること.


実際の計数と計測に関する注意点

 硬骨魚類では通常あるポイントからあるポイントまでを計る.疑問がわいた計り方については,早めに参照した論文の Materials and methods をよく読んで,教員にも尋ねること.曖昧なまま測定を進めない.
 小型の標本は双眼実体顕微鏡(ビノキュラー)の下で計ること.測定の間違いは必ず起こるので,データ集計後の計数と計測の再確認は必要である(既知種の変異幅 よりも測定値が広いか,または外れる場合).とくに,数の多い形質と脊椎骨数など内部の形質は,軟X線写真を撮って計数する.
 Hubbs and Laglar (1947) と中坊(2000),その他の計数・計測方法をよく勉強すること.

 染色液サイアニンの使用

 軟X線撮影装置の使用 *ソフテックスやソフロンは商品名 

標本の作製
本村浩之,編.2009.魚類標本の作製と管理マニュアル(鹿児島の生物多様性を記録するボランティア養成教材).鹿児島大学総合博物館 *本村さんのホームページからPDFをダウンロード可能.


引用文献の書き方

 引用文献の書き方は学術雑誌によって異なる.論文の原稿はもちろんであるが,ゼミや中間発表の要約や概要であっても,引用方法や文献リストでは体裁を統一することが重要である.魚研の卒論と修論では,日本魚類学会の和文誌「魚類学雑誌」の体裁に従うこと(日本魚類学会ホームページ内,魚類学雑誌の原稿作成上の注意を参照).

科学論文の書き方
 木下是雄.1981.理科系の作文技術.中央新書.245 pp.
*書いた原稿は何度も推敲を重ねること.

必読の参考文献
本村浩之.2013.ツバメコノシロ科魚類の分類学的研究を振り返って−実践と考え方:種分類を目指す若手研究者と学生に向けて.タクサ 日本動物分類学会誌,34: 32–53.