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遠藤広光.2006.
土佐の怪魚アカメの謎,緑色の目をもつメヒカリの謎,魚の宝庫・柏島の海の不思議.
Pp. 214-218.谷是編,高知県の不思議事典.新人物往来社,東京.


 写真1 高知市鏡川河口で採集されたアカメ(撮影・遠藤広光)

「土佐の怪魚アカメの謎」

 アカメはズズキ目アカメ科に属する日本固有種で,最大では1メートル30センチを越え,透き通ったルビーのように赤い眼をもつ魚である.これは瞳孔に血液の色が反射して見えるためである.大型個体は,銀色の硬い大きな鱗に被われることから,高知では「ミノウオ」と呼ばれる.日本のアカメは,以前には東南アジアを中心に分布するラテス・カルカリファ(学名)と同種とされていたが1984年に高知県の浦戸湾産の標本をもとに,新種のラテス・ヤポニクスと命名された.
 現在,アカメはおもに宮崎県沿岸と高知県の土佐湾沿岸に分布し,沿岸や河口の汽水域に生息する.土佐湾の沿岸では,西部の四万十川河口域のアカメが有名だが,仁淀川河口や浦戸湾の中央部から奈半利川河口あたりの東部沿岸にかけての生息数も思いのほか多いようである.
 体長4ミリメートル程のアカメの稚魚は,春から秋にかけて河口や湾内の汽水域に進入し,繁茂するアマモやコアマモ場内に定着する.そこでおよそ10センチまで成長する.この頃には,体に縞模様が見られ,頭を下にした姿勢をとるので,アマモ類の葉の間では見分けがつきにくい.さらに,成長したアカメはアマモ場を出て,春から秋には河口や湾内,あるいは沿岸域で過ごし,冬には沿岸岩礁域で越冬すると考えられている.高知県のアカメの生活史は,徐々に解明されてきたが,成魚の沿岸域での移動や回遊,繁殖生態については謎だらけである.稚魚の河口域への出現時期や成魚の漁獲状況から,アカメは沖合で産卵する可能性が高いとされる.しかし,これまでに完熟した卵をもったアカメは見つかっていないし,産卵場所も突き止められていない.はたして,アカメは沿岸で産卵しているのか,それとも特定の海域まで産卵回遊するのだろうか?今後の研究の進展に期待したい.


 写真2 高知市御畳瀬魚市場で採集されたアオメエソ(撮影・遠藤広光)

「緑色の眼をもつメヒカリの謎」

 高知県で「メヒカリ・目光り」と呼ばれる魚は,標準和名をアオメエソといい,およそ全長15センチメートルの小型の深海魚である.アオメエソは,福島県以南の太平洋岸沖,九州-パラオ海嶺,東シナ海に分布し,およそ水深200から600メートルの大陸棚斜面上に生息する.土佐湾では,秋から春にかけて行われる高知市御畳瀬漁協の沖合底びき網(大手繰り網)でニギスと共に大量に漁獲され,干物や唐揚げなどで食卓にのぼる.その肉は白身で柔らかく,大変美味しい.
 アオメエソに付けられた名前は,学名(属名のクロロフタルムス)も含め,いずれも緑色に輝く大きな眼に由来する.この眼の水晶体は黄色で,魚類の中では大変珍しい.アオメエソは肛門附近に小型の発光器をもち,その弱い光を認識して群れを作ると考えられている.アオメエソの生息水深には,人間の眼では感知できないわずかな太陽光が届く.そのような環境の中で,黄色の水晶体は仲間の発する弱い光と太陽光を識別するのに役立っているのである.
 アオメエソは,土佐湾ではニギスと並ぶ優占種で生息数も多い.しかし,その繁殖生態は全くわかっていない.採集されるアオメエソは,生息水深の浅場から深場に向かって,およそ全長五から十五センチメートルまで次第に大きくなる.しかし,深場にすむ大きなアオメエソを調べても,産卵間近の雌や精子をもった雄は発見されていない.また,産み出された卵や仔稚魚はほとんど見つかっていない.毎年,大量のアオメエソの幼魚が土佐湾へ現れるが,一体成魚はどこで産卵し,仔稚魚はどこでどのような生活を送っているのだろうか?謎は深まるばかりである.

「魚の宝庫・柏島の海の不思議」

 大月町柏島は,高知県南西端に位置する周囲4キロメートルの小島である.島といっても,大堂半島の突端から新旧二本の短い橋でつながっており,磯釣りやスキューバ・ダイビングのために毎年多くの人が訪れる. 柏島周辺からは,これまでにおよそ1000種もの魚類が観察あるいは採集されてきた.柏島で集められた標本に基づき新種として発表された魚も多い.これまでに日本から記録された魚は,淡水から深海域までを含めおよそ4000種近い.つまり,柏島周辺からは日本産の4分の1の種が確認されたことになる.なぜこれほど多くの魚が見つかったのだろうか?
 柏島は黒潮の影響を強く受け,沿岸の岩礁域にはテーブル状や枝状の硬い骨格をもつ造礁サンゴ群落が多い.これらは熱帯や亜熱帯水域でサンゴ礁を形成するサンゴ類である.造礁サンゴ類が増えると,サンゴそのものやその空間を利用する南方系の魚類が急増する.地元の人によると,柏島の造礁サンゴ群落は,1980年代半ばから次第に増えていったそうである.また,柏島周辺には,硬い骨格をもたないソフトコーラルと呼ばれるサンゴ類も多く見られる.これらは北方系のサンゴ類であり,柏島の海が動物地理学上は温帯水域に属することを示している.さらに,岩礁や転石,砂地もあり,沿岸の海底は変化に富む.これら環境の多様さが,魚種の豊富さと関係していることは間違いない.
 柏島や沖の島を含む高知県西南部の魚類相調査は,1920年代終わりに高知大学教授であった蒲原稔治博士により開始され,その後も現在まで断続的に続けられている.また,1980年代半ばからはスキューバ・ダイビングによる水中観察や標本の採集が行われるようになった.柏島周辺は,多くの研究者やアマチュアのナチュラリストにより特に詳しく調べられてきたことも,確認された魚種の多さの一因であろう.


 写真3 柏島の造礁サンゴ類に群れるキンギョハナダイやソラスズメダイ(撮影・遠藤広光)

参考文献
高知大学創立50周年記念事業委員会(2005)海洋高知の可能性を探る.高知新聞企業.
中坊徹次・望月賢二編(1998),日本動物大百科6魚類.平凡社.
千田哲資・南 卓志・木下 泉編著(2001)稚魚の自然史.千変万化の魚類学.北海道大学図書刊行会.
宗宮弘明(1980)深海魚の視覚と生態.アオメエソを例にして.Pp. 555-564.深海魚.月刊海洋八月号,海洋出版.


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