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Back to 最終更新日:2008年 11月 9日 (日)

これまでの研究でわかったこと


 これまで、卒業論文以来一貫して,海底堆積物を過去の気候・海洋環境変動の記録者であるととらえ,堆積学的,微古生物学的,地球化学的手法を用いて古気候・古海洋変動を復元する研究を行ってきました.それらの概略を以下にまとめてみましょう.

グレートバリアリーフ沖コアサンプルに見られるサイクリシテイー
−氷河性海水準変動に伴う堆積環境変化−
(卒論)小西・池原 (1992): 月刊地球
 オーストラリア北西部沿岸には「グレートバリアリーフ」と呼ばれる広大な珊瑚礁が連なっている.その沖側の陸棚斜面でODP(国際深海掘削計画)によって掘削された堆積物を使って,氷河性海水準変動にともなって堆積物組成や堆積環境がどのように変わっていくかについて研究した.まず,浮遊性有孔虫の酸素同位体比を測定し,氷期・間氷期スケールの気候変動サイクルを認定し,同時に酸素同位体比層序を用いて堆積物の年代スケールを推定した.その後,約30万年前までの試料の粒度や炭酸塩含有量,粒子組成などを解析して,氷期の低海水準期には陸棚上(リーフ内部)にたまっていた陸源砕屑物がリーフの切れ目から外洋へ向かって大量に流出していることや,逆に間氷期には,半遠洋性の堆積物がほとんど乱されることなく堆積していることを明らかにした.

西赤道太平洋の生物生産量変動に関する同位体地球化学的研究
(修士論文)池原・大場 (1994): 月刊海洋
 インドネシア北方のオーリピック海嶺で採取した海底コアから分離した底生有孔虫化石殻のd13Cを測定し,東赤道太平洋のデータ(Shackleton & Pisias, 1985)と比較した.その結果,両者間のd13C値の差が氷期および亜氷期には大きくなることが明らかとなり,深層水循環速度が氷期に遅くなっていたと解釈した.また,生息水深の異なる浮遊性有孔虫のd18O,d13Cから得られる過去の海洋のd13Cプロファイルを後氷期と最終氷期とで比較し,最終氷期の酸素極小層が後氷期より発達していたことを明らかにし,最終氷期に生物生産量が増加していたことを示した.

アルケノン古水温計を用いた南大洋における表層水温変動の復元
Ikehara et al. (1997): Geophysical Research Letters
 南大洋タスマン海台の海底コア(TSP-2PC)から得られた浮遊性有孔虫の酸素同位体比カーブはグローバルな標準的変動カーブと酷似していた.したがって,このコアは南大洋の古海洋変動シグナルを読みとることが可能な世界でも数少ないコアである.アルケノン古水温計を利用して,過去2回の氷期から間氷期への移行期前後における表層水温変動を復元した.その結果,南大洋タスマン海台域の氷期の表層水温が,現在に比べて4〜5℃寒冷化していたことが明らかになった.また,最終間氷期(Eemian)から氷期(ステージ5d)への移行期には,グローバルな気候寒冷化より南大洋の水温低下が数千年間先行することを明らかにし,気候システムのもつ地域性,つまり南大洋が先に寒冷化するという現象に関して新たな情報を提供した.これらの研究は,アルケノン古水温計を南大洋に適用した世界で初めての研究である.

バイオマーカーに基づく南大洋の生物生産量変動の復元と
陸源物質大気輸送量との連動性
Ikehara et al. (2000): Paleoceanography
 植物プランクトンのハプト藻や珪藻,渦鞭毛藻などに由来するバイオマーカー(アルケノン,ブラシカステロール,ダイノステロール)フラックスが,過去2回の氷期では間氷期に比べて数倍に増大することを明らかにした.つまり,氷期の南大洋では植物プランクトンの生産量が著しく増大していたのである.また,陸上高等植物由来のバイオマーカー(高分子の炭化水素や脂肪族アルコールなど)フラックスが氷期に増大していることも明らかにした.結局,バイオマーカーから復元された生物生産量と陸源物質供給量はほぼ同調して氷期に増加し,間氷期に減少していたのである.現在の南大洋は,植物プランクトン繁殖に必要な親生元素である「鉄」が欠乏しているため,生物生産は抑制されている.いわゆる「高栄養塩ー低生産量(HNLC)」海域の一つである.しかし,氷期の南大洋では陸源ダスト量が増大したことによって,生物生産量が増加した可能性が指摘できる.いわゆる「鉄仮説」の状態である.したがって,本論文では,南大洋における生物ポンプの駆動効率の変化がグローバルな気候変動因子として重要であることを提案した.

ノルウェー海盆における中期中新世の有機炭素濃集層の発見と
その有機地球化学的解析
Ikehara et al. (1999): ODP Scientific Results
 ODP(国際深海掘削計画)第162次研究航海に参加し,北大西洋高緯度海域における古気候・古海洋変動に関する国際共同研究を行った.ノルウェー海盆(Site 985)の中期中新世(約16Ma)セクションにおいて有機炭素濃集層の存在を報告し,その堆積物中には陸上高等植物由来及びバクテリア由来の有機化合物が著しく濃集していることを明らかにした.このことは中期中新世の一時期,北部北大西洋の表層水がバクテリアを主体とした生産量増大イベントに覆われるとともに底層水が還元的になっていたことを示唆している.

南大洋の表層堆積物における多環芳香族炭化水素の緯度分布
池原ほか (2001): 地球化学
 南大洋オーストラリアセクターの緯度トランセクトにおける9地点(47S-66S)から採取された表層堆積物について,多環芳香族炭化水素(PAHs)を定量した.ペリレンを除く3環〜7環の全PAHs濃度は,中緯度(南緯48度付近)で低く,高緯度(南緯65度)へ向けて増加する傾向を示した.南緯65度におけるPAHs濃度は中緯度のそれのおよそ10倍に相当する.しかし,南大洋におけるPAHs濃度は北部北太平洋のPAHsに比べて著しく低い.このことは,PAHsが南北両半球で非対称に分布していることを示しており, PAHsの主たる放出源が北半球の中緯度域に集中していることを反映している.温帯域のバイオマス燃焼が起源であるレテンの濃度は,南緯60度から65度にかけて急激に増加する.これらの結果は,起源域から大気中へ放出されたPAHsが長距離大気輸送を経て,南半球高緯度域へ輸送されていたことを示している.