遺伝相談外来
2023.04.11
医学部医学科泌尿器科学講座の田村賢司講師らの研究グループの研究成果が、英国オックスフォード大学の学術誌『Human Molecular Genetics』に掲載されました
医学部医学科泌尿器科学講座の田村賢司講師及び理化学研究所生命医科学研究センターの中川英刀氏らの研究グループの研究成果が、英国オックスフォード大学の学術誌『Human Molecular Genetics』に掲載され、2023年3月11日に電子版が公開されました。
フォンヒッペル・リンドウ (VHL)病は、多臓器にわたって腫瘍や嚢胞を発症する常染色体顕性遺伝(※1)の疾患です。
日本でのVHL病の遺伝子診断の陽性率は85%です。残りの15%は、臨床的にVHL病と診断されても、遺伝学的検査は陰性(No variant identified;NVI)とされてしまうため、将来的にVHL病関連腫瘍に対する治療薬の使用にコンパニオン診断(※2)が必須となった場合、適切な医療を受けられない可能性があります。そのため、NVI症例におけるVHL病の発症機序を解明することはとても重要な課題となっています。
本研究グループは、VHL病と診断された、または強く疑われた206家系のVHL遺伝子の病的バリアント(※3)データを要約して、新たに16種類の病的バリアントを発見しました。また、NVI症例に対して網羅的ゲノム解析を行い、NVI症例におけるVHL病の発症機序に体細胞モザイクの存在があることを明らかにしました。
さらに、エクソン2領域のミスセンスバリアントにより、mRNAレベルにおいてエクソン2スキッピングが発生することを発見し、VHLスプライスバリアントが腫瘍発生機序のひとつであることも明らかにしました。
この研究成果は今後、VHL病の遺伝学的検査やコンパニオン診断への活用が期待されます。
- <論文名>
- Variant Spectrum of von Hippel-Lindau (VHL) disease and its genomic heterogeneity in Japan
- <和訳>
- 日本におけるVHL病の変異スペクトルとそのゲノム不均一性
- 論文の詳細
- Human Molecular Genetics, ddad039, https://doi.org/10.1093/hmg/ddad039
(※1)常染色体顕性遺伝…染色体には常染色体と性染色体があり、両親から受け継いだ常染色体上にある2種類の同じ遺伝子のうち、どちらか片方の遺伝子に病的なバリアント(変化)があると発症する遺伝形式。
(※2)コンパニオン診断…医薬品の効果や副作用を投薬前に予測するために行われる臨床検査のこと。
(※3)バリアント…従来疾患の原因となる遺伝子の変異と呼ばれていたものは、病的バリアントと称される。バリアントの中には、病的意義のあるもの、病的意義がないもの、病的意義が不明のもの等が含まれる。
~遺伝相談外来について~ 近年、病気に関わる遺伝子を特定し、体質に合わせた検診方法で病気を早期に発見し、適切な治療をおこなうことにより(個別化医療)、病気の進行を遅らせ、死亡リスクを下げることができるようになってきました。そこで当院泌尿器科では、他の診療科とも連携して遺伝の関わる病気に対する診療を積極的に行っています。 泌尿器科で診る遺伝性疾患ってどんな病気? おもに遺伝性腫瘍症候群、多発性嚢胞腎、遺伝性尿路結石症などを診ています。泌尿器科領域で最も頻度が高い遺伝性疾患が、常染色体顕性(優性)多発性嚢胞腎(ADPKD)です。遺伝性腫瘍症候群にはいくつもの種類がありますが、泌尿器科に関連する代表的なものとして、前立腺癌を発症する遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)、腎盂・尿管・膀胱癌を発症するリンチ症候群、腎癌・副腎腫瘍(褐色細胞腫)を発症するフォンヒッペルリンドウ病(VHL病)、等があります。遺伝性尿路結石症の中ではシスチン尿症の頻度が最も高く、高知県ではシスチン尿症患者数の多い特定の地域が存在します。これらの疾患はすべて単一遺伝子疾患です。単一遺伝子疾患とは、1つの遺伝子の変化(変異)により発症する病気の総称です。 |
泌尿器科の関わる遺伝性腫瘍症候群の例癌と遺伝
「遺伝的要因」は、癌の発生と関わりのある遺伝子に変化を生まれつき持っている場合を言います。生まれつき癌を発症しやすい体質のことを「遺伝性腫瘍症候群」と呼びます。遺伝形式は常染色体顕性(優性)遺伝で、この体質は、性別に関わらず50%の確率で次の世代に受け継がれます。 遺伝性乳癌卵巣癌症候群 (HBOC)
乳癌や卵巣癌を発症しやすい体質で、男性においては前立腺癌を発症する可能性が高くなると言われています。乳癌や卵巣癌に罹患した血縁者が多くいる場合には、前立腺癌検診を40歳から開始することが推奨されています。乳癌、卵巣癌、前立腺癌の他に、膵癌が発症しやすいことも報告されています。 リンチ症候群
大腸癌(頻度が高い)、子宮体癌、卵巣癌、胃癌、腎盂・尿管・膀胱癌を発症しやすい体質で、泌尿器科で最も診療する機会の多い遺伝性腫瘍症候群です。 フォンヒッペルリンドウ病(VHL病:von-Hippel-Lindau disease)
中枢神経系(小脳、脳幹、脊髄)の血管芽腫、網膜の血管腫、腎癌、副腎の褐色細胞腫(血圧を上げるホルモンを出す腫瘍)などの小さな血管を富む腫瘍やのう胞(液体が溜まった袋状のもの)が数多くできる遺伝性腫瘍症候群です。膵神経内分泌腫瘍(P-NET)などの膵病変もできることが知られています。 【かんたんチェック】
下記に当てはまる方は、遺伝性腫瘍症候群の詳細な評価を行うことがすすめられます。 ▶ 遺伝性乳癌卵巣癌症候群
▶ リンチ症候群
▶ フォンヒッペルリンドウ病
※上記は、ご自身の遺伝性症候群の可能性が高いのかそうでないのかをかんたんに見分けるためのチェックリストです。当てはまる方でも遺伝子の変化が見つからない場合もありますし、当てはまらない方でも遺伝性を否定するものではありません。 患者さんだけでなく、ご家族の方(遺伝子の変化を持っていて未発症)にも積極的にアプローチをしています。 親から子への受け継がれ方常染色体顕性(優性)遺伝の場合、病気の原因となる変異遺伝子が常染色体に存在します。また私たちが親からもらった遺伝子は2つ1組のペアですが、変異遺伝子が2つのうち1つでもあれば必ず病気が発症するので、顕性(優性)遺伝になります。常染色体顕性(優性)遺伝の特徴として、50%の確率で変異遺伝子が親から子へと伝わります(左図)(上図)。また男女差はなく、どの世代にも患者がいます。 常染色体潜性(劣性)遺伝の場合は、変異遺伝子が2つ揃わないと発症しません。両親ともに1つずつ変化のある遺伝子を持っていて(保因者と呼びます)、変化のある遺伝子だけを受け継いだ子供が病気を発症します(右図)(下図)。ですから、保因者の両親から、病気を発症する子供が生まれる確率は、25%です。 ![]() ![]() 遺伝診療の流れ遺伝カウンセリングや遺伝子検査を希望されたら
プレカウンセリング
遺伝カウンセリング
検査の実施
遺伝カウンセリング(結果開示)
※ご家族が個別に相談をご希望された場合にも、遺伝カウンセリングを受けることができます。その場合には、診療台や検査費用は自費になります。 まとめ
遺伝性疾患は、このように複数の臓器に病気が発症するのが特徴です。そのため、泌尿器科だけではなく、他の診療科と連携して治療にあたることが重要になります。 診療担当医田村 賢司(講師)
![]() 田代 真理(遺伝カウンセラー)
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ご質問等ございましたら、いつでもおたずねください。 |