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2001年11月
アサヒギンポ Springeratus xanthosoma (Bleeker)(スズキ目アサヒギンポ科)

 アサヒギンポ科魚類は世界で3族約20属73種が知られ,そのうち日本にはアサヒギンポ族のアサヒギンポ Springeratus xanthosoma (Bleeker)とベニアサヒギンポ Heteroclinus roseus (Günther) の2属2種のみが分布するとされてきました.アサヒギンポは,これまでに和歌山県南部,種子島,奄美大島および沖縄島から(藍澤,2000),ベニアサヒギンポは高知県土佐清水市沿岸のタイドプールから1個体が採集された記録があります(蒲原,1958, 1960).ベニアサヒギンポについては,同定の証拠となる標本の形態的な特徴や標本の登録番号が記載されず,高知県産魚類リストに学名が加えられ,和名が与えられたのみでした.しかしながら,その後の図鑑類では,この記録が引用され続けています.今回,われわれの研究室に所蔵される蒲原博士の観察した標本を詳しく調べたところ(BSKU 7703,62 mm TL,1957年12月末に土佐清水市で採集) ,その特徴はアサヒギンポのものとよく一致しました.つまり,ベニアサヒギンポ H. roseus の記録は幻であり,日本には分布しないことが明らかとなったわけです(分布域はオーストラリア周辺と東インド諸島,ポリネシア).このように分布の記録となった証拠の標本が確実に保管されていれば,後の研究者がその標本を見直すことが出来ます.

 アサヒギンポはインド-西部太平洋の熱帯域に広く分布しています.日本での記録が少ない理由は,日本が種の分布の縁辺にあるためでしょう.この仲間は,内湾や沿岸の藻場に生息しており,写真の標本もタイドプール内の海藻の繁みの中から採集されました.このような環境に生息するためか,体の色や斑紋の変異は大きいようです.

参考文献
藍澤正宏.2000アサヒギンポ科.中坊徹次(編),pp. 1087, 1601,日本産魚類検索:全種の同定(第2版).東海大学出版会,東京.
Kamohara, T. 1958. A catalogue of fishes of Kochi prefecture (Province Tosa), Japan. Rep. Usa Mar. Biol. Sta., 5(1): 1-76.
蒲原稔治.1960高知県沖ノ島及びその付近の沿岸魚類.高知大学学術研究報告,9(自然科学I)(): 1-16.
Shen, S. C. 1971. A new genus of clinid fishes from the Indo-Pacific, with a redescription of Clinus nematopterus. Copeia, 1971(4): 697-707.

*2001年11月2日に横浪半島白の鼻のタイドプールで,さらに1個体のアサヒギンポが採集されました.

写真個体のデータBSKU 55169, 67 mm TL,♀,2001年7月24日,高知県土佐市横浪半島白の鼻タイドプールで採集.

(遠藤広光)

追記 2014.3.22 
*日本産魚類検索全種の同定(第2版,英語版)のアサヒギンポ科(Aizawa, 2002)以降,ベニアサヒギンポは削除されました.詳しくは下記の魚類学雑誌の会員通信で報告しました.

遠藤広光・片山英里・中江雅典.2009. Kamohara (1958)が“ベニアサヒギンポ”とした標本の再同定と高知県からのアサヒギンポの記録.魚類学雑誌,56(2): 184-186. PDF (1.3 MB)

2014年3月19日,黒潮町灘,井ノ岬のタイドプールで採集された個体(BSKUでは5番目の標本)

BSKU 112590, 41.9 mm SL, female



(C) BSKU Laboratory of Marine Biology, Kochi University