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2004年 4月
ムツエラエイ
Hexatrygon bickelli Heemstra et Smith, 1980(エイ目ムツエラエイ科)他の写真はこちら

 ムツエラエイは,エイ目の中では採集例が極めて少ない深海性の種です.本種はインド-西部太平洋海域に広く分布し,大陸棚上部の水深 120-1120 mで採集されています.今回の標本は土佐湾西部沿岸の小型底曳き網漁で漁獲され,その水深はおよそ120mでした.しかし,1997年5月に伊豆大島の水深38mで遊泳する雌個体がNHKの潜水取材班により撮影され(石原ほか,1998),また駿河湾沿岸の大瀬崎でも,2000年6月に水深15〜20mで遊泳時の写真が撮影されています(瀬能・原,2000).そのため,本種は浅海域と深海域を移動するという可能性も考えられます.日本では,沖縄舟状海盆の水深 710 m(Ishihara and Kishida, 1984),東シナ海大陸斜面の水深 500 m(山田,1988),小田原市沖の相模湾の水深120m(瀬能・原,2000),和歌山県沿岸の水深38m(未発表)で各1個体が採集されています.日本での採集記録として,正式に公表された標本は3個体のみです.しかし,世界では未報告を含めると,合計20個体以上のムツエラエイ類が採集または観察されています(石原,1996).

 ムツエラエイは,和名や英名(sixgill stingray) の由来となった体盤腹面にある6対の鰓孔(他のエイ目魚類ではすべて5対,ただしムツエラエイも鰓弓は5対)と尾部の棘,退化的で極めて小さい脳,長く大きな吻などにより特徴づけられます(写真個体では,棘は根元から折れ,尾鰭は欠如している).また,体は全体的に寒天質の部分が多く,本種を「エイの中のシャチブリ」と呼んでもよい程です.長い吻にはかなりの柔軟性があり,下面には餌の探査に使われる電気受容器のロレンチニ瓶がよく発達します.頭部下面にある口は,下方へ著しく突出可能なことから,吻の特徴とともに底生性動物の捕食に優れていると考えられます.今回採集した標本を調べたところ,胃の中は空でした

 エイ目トビエイ亜目のムツエラエイ科には,現在ムツエラエイ属 Hexatrygon のみが含まれています.Heemstra and Smith (1980) は,南アフリカ南東部のポートエリザベスの海岸(インド洋に面する)に流れ着いた雌の1個体の標本(全長は105 cm)に基づき,その詳しい骨格の解剖学的特徴とともに H. bickelli を新亜目新科新属新種として発表しました.種小名は発見者の Dave Bickell 氏に献名されたものです.それ以降,台湾周辺から採集された標本により,H. longirostra (Chu & Meng, 1986),H. yangi Shen & Liu, 1984,H. brevirostra Shen, 1986,H. taiwanesis Shen, 1986 の4種が次々と記載されました.これらの研究では,おもに吻の長さや形状の違いが識別形質とされました.しかし,どの種も1〜2個体の標本に基づくため,形態の種内変異は考慮されませんでした.その後 Compagno and Last (1999) は,成長に伴う吻の伸長,標本の固定や保存により吻が変形する可能性を指摘し,H. bickelli のみを有効種として,他の4種を本種のシノニムとみなしています.本稿では,この見解に従い,ムツエラエイの学名を H. bickelli としました

 McEachran et al. (1996) は,エイ類全体の形態学的情報を集め,エイ上目の分岐仮説と分類体系を示しました.その中で,ムツエラエイは,トビエイ目トビエイ亜目の中で,最初に分岐するグループとされています(アカエイ類+ツバクロエイ類+トビエイ類のクレード[単系統群]の姉妹群).また,近年行われたトビエイ類に関するいくつかの系統学的研究でも,ほぼ同様に初期派生群と推測されています(石原ほか,1999).これの仮説を裏付ける生態的特徴として,本種の遊泳方法が挙げられます.派生的なトビエイ類は,例えばオニイトマキエイ(マンタ)のように,体盤の両翼を羽ばたいて遊泳します.一方,ムツエラエイは,体盤側部を波打たせて遊泳するため,トビエイ類の中では原始的と考えられます(石原ほか,1998).

参考文献
Compagno, L. J. V. and P. R. Last. 1999. Hexatrygonidae. Pages 1477-1478 in K.E. Carpenter and V.H. Niem, eds. FAO species identification guide for fishery purposes. The living marine resources of the Western Central Pacific. Volum 3. Batoid fishes, Chimaeras and bony fishes part 1 (Elopidae to Linophrynidae). FAO, Rome.
Heemstra, P. C. and M. M. Smith. 1980. Hexatrygonidae. A new family of stingrays (Myliobatiformes: Batoidea) from South Africa, with comments on the classification of batoid fishes. Ichthol. Bull. J.L.B. Smith Inst. Ichthyol., 43: 1-17.
石原 元1996.ムツエラエイ類.千石正一・疋田努・松井正文・仲谷一宏(編).pp. 172-173,日本動物大百科5 両生類・爬虫類・軟骨魚類.平凡社,東京.
Ishihara, H. and S. Kishida. 1984. First records of the sizgill stingray Hexatrygon longirostra from Japan. Japan. J. Ichthyol., 30 (4): 452-454.
石原 元・本間公也・南方盈進・木原英雄・池田信浩・秋吉一朗・川瀬直也.1998.伊豆大島浅海域におけるムツエラエイの出現.板鰓類研究会報,(34): 17-19.
石原 元・西田清徳・本間公也.1999.板鰓亜綱エイ目内及び各亜目内の系統類縁関係に関する最近の研究のレビュー.月刊海洋 号外,(16): 31-44.
Last, P. R. and J. D. Stevens. 1994. Sharks and rays of Australia. Australia, CSIRO, 512 pp.
McEachran, J.D.K. Dunn and T. Miyake. 1996. Interrelationships of the batoid fishes (Chondrichthyes, batoidea). Pages 63-84 in M. L. J. Stiassny, L. R. Parenti, and G. D. Johnson (eds), Interrelationships of fishes. Academic Press, San Diego.
瀬能 宏・原 真一2000.今月の魚 ムツエラエイ Hexatrygon longirostra (Chu et Meng, 1981)I. O. P. Diving News(伊豆海洋公園通信),11 (9): 1.
Smith, M. M. and P. C. Heemstra. 1995. Family No. 31: Hexatrygonidae. Pages 142-143 in M. M. Smith and P. C. Heemstra, eds. Smith's sea fishes. J. L. B. Smith Institute of Ichthyology, Grahamstown. (初版第3刷)
山田梅芳1988.ムツエラエイ属の1種 Hexatrygon yangi Shen et Liu.西海区水産研究所ニュース,(59): 1

写真標本データBSKU 87842, 103+ cm TL. 2004年4月1日,高知県幡多郡佐賀町佐賀漁港で採集(採集者:町田吉彦ほか,写真撮影:遠藤広光)

*土佐湾のムツエラエイの記録が論文になりました(2005/06/10)
Endo, H. and Y. Machida. 2005. Sixgill stingray Hexatrygon bickelli collected from Tosa Bay (Rajiformes: Hexatrygonidae).
Bull. Shikoku Inst. Nat. Hist., 2: 51-57.
(四国自然史科学研究)

(遠藤広光)


(C) BSKU Laboratory of Marine Biology, Kochi University