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2006年1月
オオイトヒキイワシ
Bathypterois grallator (Goode et Bean, 1886)(ヒメ目チョウチンハダカ科)

 ヒメ目チョウチンハダカ科(Family Ipnopidae) には,深海域に広く分布する6属31種が知られています(Sulak, 1977, 1984; Shcherbachev and Sulak,1988; Sulak and Shcherbachev, 1988; 沖山,1988; Nelson, 1994).本科は有名な深海魚「三脚魚」の仲間であるイトヒキイワシ属(Genus Bathypterois)を含み,日本周辺にはイトヒキイワシ属のイトヒキイワシ B. atricolor Alcock, 1896 とナガヅエエソ B. guentheri Alcock, 1889 の2種のみが分布するとされてきました(沖山,1988; Nakabo, 2002).しかし,日本周辺からは英名が「Tripod fish」である オオイトヒキイワシ B. grallator の記録があるのですが,Nakabo (2002) の魚類検索図鑑(英語版)にも掲載されていません.
 西部太平洋でのオオイトヒキイワシの記録について,Sulak(1977) はニューギニア東方海域(メラネシア海盆)での白鳳丸(旧 東京大学海洋研究所,現 JAMSTEC所属)による唯一の採集記録について記述しています.沖山(1988)はBathypterois grallator にオオイトヒキイワシの和名を新たに付け,本種が大西洋からインド洋,西部太平洋の水深878〜3980mから記録され,最大体長は368 mm であることを表中に示しました.その後,Jones and Sulak(1990) はハワイ諸島周辺での深海底調査の映像に基づく記録を論文として公表し,その中で沖山宗雄博士の私信によると Okiyama (1986) が第2回インド-太平洋魚類会議(東京で開催)で発表した本種の太平洋での記録(北緯20度,東経180度)が誤りで,正しい産地は土佐湾沖の水深2300〜2400mであることを記述しました*(この標本はBSKU22841と判明).そのため,Jones and Sulak(1990) が掲載した分布図の太平洋域には高知沖,メラネシアとハワイの計3海域にプロットが打たれています.Okiyama (1986) が口頭発表した標本は,調べたところ論文等では公表されていないようです.さらに,最近では井田・松浦(2003: 64)監修・執筆による図鑑 NEO 魚には「バティプテロイス・グララトール」として標本写真が掲載され,分布には琉球列島と記述されています(写真標本が沖縄産かは不明,記録はJAMSTEC「しんかい6500」により撮影された画像に基づくようです).今回淡青丸の室戸沖の標本は,Okiyama (1986)の土佐湾沖の記録とほぼ同海域,同水深で採集されたことになります.また,以前に行った室戸沖での深海カメラによる調査でも水深約2500mでイトヒキイワシ属の一種として確認されていました(遠藤ほか,1999).さらに,淡青丸のトロール網調査では,1998年に熊野灘沖でも1個体が採集されており(未発表,標本は東京大学海洋研究所所蔵),本種は南日本の太平洋岸沖に広く分布するのかもしれません.
 オオイトヒキイワシが腹鰭と尾鰭の伸長した鰭条で海底上に静止する姿は,まさに三脚そのものですが,学名の "grallator" には「竹馬」の意味があります.本種の伸長した鰭条は,イトヒキイワシ属の中ではもっとも長く,標準体長を越えるため,同属の他種との識別は容易です.また,本種の胸鰭鰭条は上下に分かれず,鰭条も短いことも識別形質のひとつです.「三脚魚」は海底上に静止し,胸鰭の鰭条を広げて,流れてくる餌を待ちかまえています.本種の長い「脚」は本属の中ではもっとも特殊化していますが,いっぽう胸鰭の特殊化の程度は他種と比べるとかなり低いのです.このような形態は,その進化や生態と関係していると想像しますが,どのような秘密が隠されているのでしょうか?

参考文献
遠藤広光・岩崎 望・町田吉彦・岩井雅夫・門馬大和.1999.曳航体カメラによる室戸沖深海底生性魚類および甲殻類の予備調査. JAMSTEC深海研究,(14): 411-420.
Goode, G. B. and T. H. Bean. 1886. Reports on the result of dredging, under the supervision of alexander Aggassiz, in the Gulf of Mexico (1877-78) and the Caribbean Sea (1879-80), by the U.S. Coast Survey Steamer "Blake". Part 28. Description of thirteen species and two genera of fishes from the "Blake" collection. Bull. Mus. Comp. Ziil. Harv. Univ. 12: 153-170.
井田 齋・松浦啓一.2003.小学館の図鑑 NEO 魚.小学館,東京.pp. 200.
Jones, A. T. and K. J. Sulak. 1990. First central Pacific plate and Hawaiian record of the deep-sea tripod fishes Bathypterois grallator (Pisces: Chlorophthalmidae). Pacific Sci., 44 (3): 254-257.
Nakabo, T. 2002. Ipnopidae. Pages 360, 1484 in T. Nakabo, ed. Fishes of Japan with pictorial keys to the species, English edition. Tokai University Perss, Tokyo.
Nelson, J. S. 1994. Fishes of the world. 3rd ed. John Wiley & Sons, Inc., New York. pp. 600.
Okiyama, M. 1986. Ipnopid fishes (Myctophiformes) from the western North Pacific. T. Uyeno, R. arai, T. Taniuchi, and K. Matsuura, eds. Page 952 in Indo-Pacific fish biology. Proceedings of the second international conference on Indo-Pacific fishes. The Ichthyological Society of Japan, Tokyo. (Abstract)
沖山宗雄. 1988. 底生深海魚の生活史と変態.上野輝彌・沖山宗雄編. Pp. 78-99, 現代の魚類学.朝倉書店.
Sulak, K. J. 1977. The systematics and biology of Bathypterois (Pisces, Chlorophthalmidae) with a revised classification of benthic myctophiform fishes. Galathea Rep., 14: 49-108, 4 pls.
Sulak, K. J. 1984. Chlorophthalmidae (including Bathypteroidae, Benthosauridae, Ipnopidae). P. J. P. whitehead, M.-L. Bauchot, J. -C. Hureau, J. Nielsen, and E. Tortones. Pages 412-420 in Fishes of the North-eastern Atlantic and Mediterranean. Volume I. Unesco, Paris.
Sulak, K. J. and Y. N. Shcherbachev. 1988. A new species of tripodfish, Bathypterois (Bathycygnus) andriashevi (Chlorophthalmidae), from the western South Pacific Ocean. Copeia, 1988 (3): 653-659.
Shcherbachev, Y. N. and K. J. Sulak. 1988. A new species of the genus Bathypterois (Fam. Chlorophthalmidae) from the eastern part of the Indian Ocean. J. Ichthyol., 1988 (3): 491-493.

写真標本データBSKU 76791, 274 mm SL,2005年11月16日,高知県室戸岬沖の水深2761-2251mで採集,調査船淡青丸,3mビームトロール,採集者:町田吉彦,遠藤広光,三宅崇智,写真:三宅崇智.

*BSKU 22841, 177 mm SL, 1974年7月25日,高知県室戸沖の水深2300-2845 mで採集,調査船白鳳丸(KT74-03, St. B7),3mビームトロール.

(遠藤広光)


(C) BSKU Laboratory of Marine Biology, Kochi University