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2007年1月
カモハラトラギス
Parapercis kamoharai Schultz, 1966 (スズキ目トラギス科)

 トラギス科(Family Pinguipedidae) は,世界の熱帯から温帯に分布し,沿岸のサンゴ礁域,転石帯や砂地から大陸棚上の砂泥底に生息する小型の底生性魚類です.現在,世界で5属約54種が知られ(Nelson, 2006),日本沿岸からはキスジトラギス属のキスジトラギスKochichthys flavofasciata (Kamohara, 1937)とトラギス属(Parapercis)の23種が記録されています(Shimada, 2002; Imamura and Matsuura, 2003; 今村・松浦, 2004).

 カモハラトラギスParapercis kamoharai の種小名は,もちろん蒲原稔治博士に献名されたものです.しかし,本種の学名と和名にはやや混乱した歴史があります.蒲原(1938: 122)は大月町柏島で採集された1標本に基づき Neopercis xanthozona (Bleeker)コクテントラギスとして,本種を日本から初めて報告しました(この属はParapercisのシノニム).この標本は第二次大戦の空襲で焼失し,戦後 Kamohara (1960) は日本のトラギス科魚類に関する論文の中で,沖ノ島で採集された2個体に基づきコクテントラギスを記載しています.その後,蒲原博士のコクテントラギスは,頭部の斑紋以外はカモハラトラギスとの差異がないとして,実はカモハラトラギスP. kamoharai ではないかと疑われていました(島田, 1993Shimada, 2002).最近,Imamura and Matsuura (2003) は,最近奄美大島で採集された6標本に基づき,P. xanthozona (Bleeker, 1849)を日本初記録種として報告しました.さらに,この論文で蒲原博士が1960年に報告したコクテントラギスの標本は,本当のP. xanthozona とは多くの形質で異なり,P. kamoharai のメスであることが明白となりました(ただし,1938年の標本は焼失し,確認不可能).ちなみに,P. xanthozona の基産地はインドネシアのジャカルタで,インド-西太平洋の熱帯から亜熱帯の沿岸域に広く分布し,奄美大島はその分布の北限となります.つまり,蒲原(1938)は,当時まだ未記載種であったP. kamoharai を,誤ってNeopercis xanthozona (Bleeker)として報告したことになります.Imamura and Matsuura (2003) は,新たに報告したP. xanthozona にコクテントラギスの和名を使用しませんでした.そして,翌年にP. xanthozona に対して新和名として「オジロトラギス」を提唱しています(今村・松浦,2004).コクテントラギスは,未記載種であったP. kamoharai に与えられた新和名であり,本来はこちらをP. kamoharai の和名として使用するべきところですが,現在までP. kamoharai には「カモハラトラギス」が広く用いられてきたことを重視し,和名の変更は行われませんでした.しかしながら,コクテントラギスの和名をP. xanthozona に用いることも,上記の経緯から混乱を招くので,新たな和名を付けたわけです(島田,1993;今村・松浦, 2004).

 このような混乱が生じた理由は,トラギス属の多くの種が雌性先熟の性転換を行い,雌雄で斑紋や体色が変化するためです.とくに,カモハラトラギスは雌雄で頭部の斑紋が明瞭に異なるため,一見すると別種のように見えます(下記の水中写真を参照).このように性転換を行い,さらに顕著な性的二形を示す種の同定は難しく,様々な大きさの標本やある程度の標本数,生態的な情報が必要となります.

参考文献
Imamura, H. and K. Matsuura. 2003. Record of a sandperch, Parapercis xanthozona (Actinopterygii: Pinguipedidae), from Japan, with comments on its synonymy. Species Diversity, 8: 27-33.
今村 央・松浦啓一. 2004. トラギス科 Parapercis xanthozona の新和名.魚類学雑誌, 51(2): 188-189.
蒲原稔治. 1938. 日本産虎鱚科の魚類に就いて [II].植物及動物, 6: 1451-1453.
Kamohara, T. 1960. A review of the fishes of the family Parapercidae found in the waters of Japan. Rep. Usa Mar. Biol. Sta., 7(2): 1-14, pl. 1-2.
Nelson, J.S. 2006. Fishes of the world, 4th edn. Wiley, New York. 601pp.
Schultz, L. P. 1966. Parapercis kamoharai (family Mugiloididae) a new fish from Japan with notes on other species of the genus. Smithson. Misc. Collect. 151 (4): 1-4, pl. 1.
島田和彦. 1993. トラギス科.Pages 938-943, 1350-1351 in 中坊徹次, 編. 日本産魚類検索 全種の同定.東海大学出版会,東京.
Shimada, K. 2002. Pinguipedidae. Pages 1059-1064, 1586-1587 in T. Nakabo, ed. Fishes of Japan with pictorial keys to the species, English edition. Tokai University Press, Tokyo.

写真標本データ
BSKU 75469,133 mm SL ,2005年7月16日,高知県宿毛市沖ノ島母島久保浦,水深6m(SCUBA)
採集者:片山英里;写真撮影:三宅崇智


(遠藤広光)

高知県大月町柏島周辺で撮影したカモハラトラギス(撮影者:遠藤広光)*左の個体はオス,中と右の個体はメス
  


(C) BSKU Laboratory of Marine Biology, Kochi University