フェーズ2で新たに採取されたコア試料を多角的に研究するために,年代モデル班(村山,小玉,池原),微化石班(岩井,河潟,(香月)),堆積物班(三浦,池原),有機地球化学班(池原,研究支援者,大学院生)を組織して,分担して研究を展開する.
● 年代モデル班:複数年代法を用いたコアの年代モデル構築
有孔虫が多産するコアでは浮遊性有孔虫の放射性炭素年代を求め,酸素同位体比層序と組み合わせて各コアの年代モデルを構築する.その他のコアでは有機炭素の放射性炭素年代を測定する.また,南極海では海域や水深によって有孔虫の産出が期待できない.その場合,年代モデル構築の手法として古地磁気相対強度変化の対比による年代推定法が有効である.村山,小玉らは,南極ロス海(南緯65度)で採取したピストンコアについて,古地磁気層序,酸素同位体層序,微化石層序を組み合わせ,南極域における精度の高い年代軸の確立を行っており,その成果を本研究に応用することが期待できる.また,分取キャピラリーGC(PFC/GC)を利用して,植物プランクトン由来の特定バイオマーカーを多量に分取・濃縮し,その炭素を利用してAMS14C年代測定をすることも検討する.この手法は極域コアの年代推定法として有効性が指摘されており(例えば,Ohkouchi et al.,2003: Radiocarbon, 45, 17-24),本研究でも有効であろう.
● 微化石班:浮遊性微化石群集を用いた海氷分布および表層水温変動の復元
緯度トランセクトの表層堆積物およびコア試料を用いて,珪藻および浮遊性有孔虫の群集解析を行い,温暖/寒冷群集の相対変動を基に南大洋での古海洋変動を復元する.また,可能であれば統計学的手法を用いて表層水温変動を求める.さらに,海氷下に特徴的に生息するアイスアルジーの相対/絶対量変化を緯度トランセクトで復元し,海氷分布の時空間変化を明らかにする.
● 堆積物班:漂流岩屑(IRD)を用いた海氷〜氷山分布変動の復元
X線CTイメージから礫サイズのドロップストーンを認定しカウントすることによって,緯度トランセクト表層堆積物,および,コア深度および年代ごとのドロップストーン量を半定量化し,時空間スケールでの海氷?氷山分布の概要をつかむ.その上で,分取試料を秤量,水洗し,IRD(例えば,150?m以上の砕屑粒子)を鏡下カウントすることによって,IRD量の時系列変動を復元し,より詳細かつ短周期の氷床崩壊イベントの検出を試みる.
● 有機地球化学班:懸濁態有機物フィルタ試料は凍結乾燥後,数枚に切り分ける.クリーン手法で分取した表層堆積物およびコア堆積物は乾燥・粉末・均質化した後,分析内容に従って適宜分取する.各試料について下記(1)〜(4)の分析を行い,多項目に及ぶデータを得る.
(1)アルケノン古水温計を用いた表層水温変動の復元
高速溶媒抽出装置(ASE200)と高速溶媒濃縮装置(TarboVap LV)を利用して有機化合物を抽出・濃縮・分離し,ガスクロマトグラフ(Agilent 6890)を用いて迅速にアルケノンを同定・定量し,表層水温変動を復元する.特に,アルケノンの産出が十分期待される極前線付近のコア試料を中心として分析する.
(2)バイオマーカー水素同位体比を用いた氷床融解量変動の復元および氷床崩壊イベントの検出
産出量の多い個別バイオマーカー(おそらく珪藻由来のステロール類)をGC, GC/MSDで特定し,それらのdD,d13Cをガスクロマトグラフ/燃焼/熱分解/質量分析計(GC/C/TC/IRMS)にて測定する.まず,懸濁有機物および表層堆積物のdD,d13Cの南北緯度分布を明らかにし,現場の水温,塩分,栄養塩などの環境因子,および,別途求められるIRD量,アイスアルジー量等と比較する.その結果を基に,コア試料で氷床融解変動を追跡するのに最適なバイオマーカー種を特定する.その後,緯度トランセクトをなす複数のコアについて同様の分析を出来うる限り時間分解能を上げて実行し,dDの時空間分布・変動を復元する.
(3)陸上植物起源のバイオマーカーフラックスを用いたダスト供給量変動の復元
陸上高等植物由来のバイオマーカー(長鎖アルカン,長鎖アルコール,リグニンフェノール等)を,GC,GC/MSD,液体クロマトグラフ質量分析計(LC/MSD)にて同定・定量する.(2)と同様に緯度分布を明らかにし,高緯度ほど陸起源バイオマーカー量が増加するという南大洋太平洋区での結果(池原ほか,2001: 地球化学, 35, 73-84.)と比較し,ダスト供給パターンを明らかにする.また,コアでのフラックス変動を求め,南米パタゴニアなどからのダスト供給量変動を復元し,南極海における生物ポンプへのインパクトを解析する.
(4)バルク有機物および珪藻殻由来有機物の窒素同位体比を用いた栄養塩利用効率の復元
乾燥・粉末化した試料を元素分析計オンライン質量分析計(EA/IRMS)に導入し,有機炭素量,有機窒素量,C/N比,バルク堆積物のd13C,d15Nを測定する.また,フェーズ1で確立する堆積物からの珪藻殻分離法を用いて,珪藻殻由来有機物のd13C,d15Nを測定する.バルク堆積物分析では無機的に生成・堆積した窒素の同位体比の影響を無視できない(例えば,Kienast et al., 2005: Paleoceanography, 20)ことから,近年は有機物由来のd15N測定が必要とされる.南極海は珪藻の生産量が大きいことから,この手法が有効となると期待される.
※各種データの総合解析
上述の実験で得られる各種データを総合的に解析することによって,研究目的(d)で挙げたような近過去(過去約500年間),および,(e)で挙げた氷期?間氷期スケール,あるいは,北半球高緯度で顕著なハインリッヒイベントスケールでの南極海の古海洋変動像を明らかにする.また,ドームFの古気候記録やリュッツォホルム湾陸棚コアの古海洋記録などとの比較を行うことによって,南極寒冷圏の時空間変動の実態とその気候システムでの役割の解明を目指す.
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