高知大学総合科学系生命環境医学部門

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応用動物科学 動物生殖工学 凍結保存 凍結乾燥 クローン動物

枝重 圭祐 えだしげけいすけ
(写真左)

[専門領域] 家畜繁殖学、動物生殖工学、 
低温生物学
[研究テーマ] 
●細胞膜透過性に係わる水・耐凍剤チャンネル
●細胞の耐凍性に係わる遺伝子の探索
[研究のモットー]
「研究には遊び心が必要」

松川 和嗣 まつかわかずつぐ
(写真右)

[専門領域] 家畜繁殖学、発生工学
[研究テーマ] 
●希少家畜の遺伝資源保存・再生に関する研究
[研究のモットー]
「ネガティブデータこそ宝の山」

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融解直後の2細胞期のマウス受精卵(左)とそれを培養して8細胞期にまで発育の進んだ受精卵(右)

遺伝資源の永久保存のために、精子、未受精卵(卵子)、受精卵を生きたまま長期保存することができる技術――それが細胞の「凍結保存」です。マウスでは精子や受精卵の凍結保存による系統保存、ウシでは受精卵の凍結保存による品種改良・増殖、ヒトでは受精卵の凍結保存による不妊治療などが、すでに実用化されています。
一方で、遺伝資源をフリーズドライ法で保存する「凍結乾燥」では、クローン技術を使って個体を再生させます。こちらはまだ世界的に見ても開発途中の技術で、現段階ではクローンに関する研究の制約も多いものの将来的には様々な可能性を秘めています。


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細胞の「凍結保存」とはいっても、細胞内に氷ができてしまうと、細胞は壊れて死滅してしまいます。細胞を凍結・融解した後に生存させるためには、細胞内に氷晶を形成させることなくガラス転移温度以下まで冷却し、細胞質を固化(ガラス化)させなければなりません。細胞質のガラス転移温度は-130℃付近ですので、保存には通常液体窒素(-196℃)が用いられています。しかし、細胞内の水を、氷晶を形成させることなく-130℃以下まで冷却するのは難しいことです。そこで、凍害保護物質(耐凍剤)を添加した凍結保存液に細胞を浸して脱水・濃縮し、細胞質をガラス化させることによって、凍結保存を可能にしています。近年、高濃度の耐凍剤を含む保存液に受精卵を浸した後に液体窒素で急速に冷却するガラス化凍結法が卵子や受精卵の凍結保存法として普及してきています。しかし、この方法で凍結した細胞はドライアイス入り簡易輸送箱では輸送できないため、液体窒素ガスで冷却する高価な特殊容器で輸送する必要があります。
私たちは、エチレングリコールを耐凍剤とした毒性が低いガラス化凍結用の保存液EFS液を開発しました。この溶液は、マウスの2細胞期~拡大胚盤胞期の受精卵の凍結保存に有効で、ラット、ウサギ等の他の実験動物、ウシやヒツジ等の家畜、ヒトの受精卵の凍結保存にも有効です。さらにEFS液の改良を進め、凍結した受精卵をドライアイス入り簡易輸送箱で輸送することができる保存液を開発しました。

液体窒素中でガラス化した溶液(上)と氷晶形成した溶液(下)

この方法は、様々な系統が開発されているマウスの分与に極めて有効であり、近い将来、実験動物の受精卵凍結法のスタンダードになりうる方法だと考えています。また、ウシの受精卵等に応用できれば、凍結家畜胚の流通が容易になり、食肉や牛乳の生産性の向上等、畜産業への貢献が期待できると考えています。


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細胞膜の水や耐凍剤に対する透過性は、細胞内氷晶形成、耐凍剤毒性、あるいは浸透圧的膨張などによる傷害と密接に関係し、凍結保存の成否を左右する重要な特性です。一般に、細胞膜透過性が高い細胞は凍結保存しやすい傾向があります。
水や耐凍剤は、リン脂質二重膜を介した単純拡散あるいはチャンネルを介した促進拡散によって細胞膜を透過しています。凍結保存が比較的難しいマウス卵子では、水や耐凍剤は主に単純拡散によってゆっくり透過しています。一方、凍結保存がしやすいマウス桑実胚では、水と耐凍剤を透過するチャンネルであるアクアポリン3やアクアポリン9が発現し、促進拡散によって速やかに透過しています。
そこで、凍結が比較的難しいマウス卵子にアクアポリン3を人為的に発現させたところ、水と耐凍剤に対する透過性が向上し、ガラス化凍結保存後の生存性も向上しました。
このように、水と耐凍剤を透過するチャンネルを発現させることによって、細胞の凍結保存後の生存性が向上することがわかりました。今後、魚類の卵子や受精卵のような現在凍結保存できない細胞でも、このようなチャンネルを発現させることによって凍結保存が可能になるのではないかと期待しています。

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希少家畜の保存手段は、液体窒素内で精子や卵子などの生殖細胞や受精卵を“生きたまま”保存する凍結保存法が一般的ですが、高齢や繁殖障害のある個体からの受精卵作出は困難です。そのため、現存個体数が少なく、高齢化等の問題で絶滅が危惧される家畜品種 (例えば高知県特産の和牛である高知系褐毛和種:上図) の遺伝資源保存・再生には、体細胞から個体を再生させるクローン技術の応用が最も有効であると考えられます。
フリーズドライ (真空凍結乾燥) 法は真空下での昇華現象を利用して乾燥させる方法で、インスタントコーヒーやみそ汁など食品の保存に広く利用されています。凍結保存法よりも保存コストの削減、保存スペースの縮小、輸送の簡易化が可能で、災害による長期停電や液体窒素の供給が断たれるといった不測の事態から貴重なサンプルを保護することが期待できます。フリーズドライ後の細胞は“死んだ”状態なのですが、DNAが損傷を受けていなければクローン技術によって再構築胚の作製が可能であることがこれまでの研究によって証明されています。
私たちは世界に先駆けてヒツジフリーズドライ体細胞由来のクローン胚の作出を報告し、最近ではウシにおいても胚の作製に成功しています (下図)。この胚からクローンが誕生したら・・・新たな哺乳動物の遺伝資源保存法が開発されるという実用面だけではなく、さらに技術を簡略化することで、「生命とは何か?」という人類の普遍的な問いに迫れると考えており、夢を膨らませています。

高知県特産の和牛、高知系褐毛和種牛。現在日本国内で約2,300頭しかいない。 フリーズドライ細胞由来のウシクローン胚。蛍光染色によって将来胎仔になる細胞 (青) と胎盤になる細胞 (ピンク) を区別している
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さて、最後に未来への期待も込めて、遺伝資源の保存技術に関する“予想展開図”について少しお話しましょう。
近年、生物多様性や絶滅危惧種の問題がクローズアップされていますが、そういった希少な野生動物種の保存においても、凍結保存や凍結乾燥技術の応用が期待されています。現時点では多様な動物種に対応できるような技術はまだまだ確立されていませんが、遠い未来、アフリカの平原で保護された野生動物の細胞が現地で凍結乾燥され、郵送で研究室に届く・・・なんていう日もやってくるかもしれません。
そんな未来に思いを馳せながら、研究室では今日も地道な実験が繰り返されているのです。

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