【留学体験記】Ci vediamo ancora!第2回「市場」から「まち」を考える(阿曽佑也くん)
Ci vediamo ancora!
僕のイタリア留学の目的のひとつは、市場の研究であった。
(写真はサッサリ市の管理する市場です)
なぜ市場なのかと言われれば、なかなか自分でも納得のいく理由は見つけられないけれど。
今も続けている日曜市での活動を始めたキッカケも、「先輩に誘われたから」というなんとも主体性の欠ける理由だった。
そんな理由でも、メンバーと共に日曜市について考え、先輩と共に研究していく内に、もっと市場について知りたい、研究したいという気持ちが強くなっていったように思う。
その中で常々考えてきたのが、「持続可能な市場とはどんなものか」であった。
どの文献をみても、「市場は減少傾向にあり、とりわけ先進国において市場を見ることは難しくなるであろう」といった文言を見る。 その理由としては、商店街や大型ショッピングセンターの発展が挙げられていた。ごもっとも。
そのため、本来の役割を変え、観光資源として利用されるようになった市場は少なくない。
でも、観光客向けとなった市場は、観光ブームが去った後は観光客にも地元客にも魅力のない市場となってしまうことが多いようだ。
観光資源として利用するのも大事だけど、強調し過ぎるとダメ。
では、持続可能な市場ってどんなの?
そのヒントがイタリアの市場にはあるんじゃないかと考えた。
理由は、先輩から「ヨーロッパでは、まだ市場利用の文化が残っている」と聞いたから。
自分でも、市場の本場ってイタリアとかヨーロッパ!というイメージがあった。
実際にイタリアの市場をいくつか見てみて、その考えはより強くなった。
何か明確な答えを見つけることができたかと問われて「Yes!」とは言えないけれど
イタリアの市場を感じることはできた。
いくつかの市場をめぐって感じたことは、その地域に住む人と市場の精神的な距離の近さ。
なんと言い表していいかわからないが、市場が生活の一部で、またその地域の一部としてうまく馴染んでいるというような印象。高知の街路市がそうでないというのでなく、イタリアで見た市場ではそれをより強く感じた。
(写真はボローニャのマーケット! 馴染んでいるというか、絵になりますよね^^)
なんでそう感じるのか。
具体的な理由を調査することはできなかったけれど、留学中にパオラ先生から聞いたことから考えてみると、1.人々の環境意識 2.街づくりの概念にあるように思った。
1.人々の環境意識について
環境意識といっていいのかエコ意識といった方がいいのかわからないけれど、オーガニックに対する意識が強いということ。
ヨーロッパ圏では日本より10年早くオーガニックに関する規格が定められたそうです。
オーガニックの示す概念として、「自然を尊重し、自然に本来の力を蘇らせ、自然のサイクルにそって育ったもの」というのがあるそうです。
こういった概念についての規格が日本よりも10年も早く決められるほど、ヨーロッパでは自然に対する意識が強い。
だからこそ、オーガニックを象徴するようなファーマーズマーケットやほかの市場が根強く根付いているのかな。
(写真はサッサリで日曜日に開かれる市場! サルディーニャの日曜市 笑)
2.街づくりの概念について
お世話していただいたパオラ先生や学生さんから教わったことだが、イタリアでは建物を建てるにあたって、地域住民の生活を反映したものであることなど様々な制約があるそうだ。
市場を造るにあたってもそれは同じで、建設する前に相当なフィールド調査が必要となる。
地域の街並みを崩さず、馴染むようにしないといけないという考えが強くあるし、実際に法律で定められている。
こういった考えの下で街づくりがなされているからこそ、市場が地域の一部としてうまく馴染んでいるように感じたのだと思う。
これらの利用する側の意識、つくる側の意識がうまく作用して、イタリアの市場が持続可能なものとなっていることに気づけたことが留学で得たヒントの一つ。
そこで、これらの視点から日曜市に応用できない点、応用できる点を考えてみた。
まず、オーガニックであることについて。
これにはいくつかの疑問がある。
高知でオーガニックブームを起こすのか?
日曜市がオーガニックを多く扱っていることを強く推すのか?
日本人のオーガニックの捉え方は、ヨーロッパ人のそれとはちがったものではないかな
というのが僕のイメージ。
あくまで僕個人のイメージだが、日本ではオーガニックは商品の付加価値として見られている側面が強い気がする。
オーガニック商品は高く、またそれを買う人たちは、健康志向の人、ちょっとお金持ちの人。なんだかそんな商業的なイメージ。
日曜市にはオーガニックといえる商品が多くあるけれど、それを前面にアピールし出すと、商業としての日曜市のイメージが強くなっちゃう気がする。
勿論、商いとしての側面もあるけど、日曜市の良いところってそこじゃない。
儲けよりも、そこでのつながりとかコミュニティーが築けるのが日曜市の良さだと僕は思う。
だから、それがいつになるのか分からないけど、西洋式のオーガニック思想が定着するまで待つしかないのかな^^;
街づくりについては、うまくいけば活かせそう!
今ちょうど、日曜市の近くの追手前小学校跡地に新図書館等複合施設が建築中である。
この新図書館等複合施設が日曜市と商店街をうまく、自然に、生活の一部として馴染むようなものになれば、日曜市、商店街双方が得をするものとなりそうだと思う。
歴史を振り返れば、1903年から1948年の間、日曜市は今の帯屋町にあり、当時の商店街はまだ人々にとって馴染みのないもので、日曜市に力を借りる形で発展したと日曜市の報告書にある。
でも、戦後に商店街だけで集客ができるようになった際、衝突が起こるようになり(他にも理由はある)、今の場所に移転したという歴史がある。
今は、大型商業施設等の登場もあり、双方とも何らかの策が必要な状態と言えるだろう。
2~3年後にできる新図書館等複合施設が、日曜市と商店街をつなぐ素敵なものとなれば、
もう一度、日曜市と商店街が手を組んで共に盛り上がっていくことが出来そうだと思う。
というより、そうであるように望みます。完成の頃には僕は高知にはいないけれど^^;
こんなことを考えてみたけど、これがうまくいくか、またうまくいかないかは分からない
でも、街づくりやオーガニック意識について考えてみることは、何かしら日曜市にいい影響を与えてくれるハズ!
これからも、イタリアでの経験を踏まえて、高知・日曜市について考えていこうと思う。
それが、先生たちが留学させてくれた意図だとも思うし。
人文学部4年 阿曽 佑也