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   8月8日、研究成果「リン脂質が作る神経細胞膜の区画化」に関して、記者会見を行いました。   





リン脂質が作る神経細胞膜の区画化

 国立大学法人 高知大学 医学部の本家 孝一 教授と久下 英明 助教らは、神経細胞が軸索先端部やシナプス注1)部位にユニークな脂肪酸注2)組成をもつリン脂質注3)を発現して蛋白質の局在化を制御するという新たな細胞膜領域化の機構を発見しました。
 動物細胞の細胞膜はリン脂質を基本成分として出来ています。リン脂質の各分子は、脂肪酸を2本持ち、付加される脂肪酸の様々な組み合わせにより生じる分子種多様性と呼ばれるバリエーションがあることが知られています。今まで各リン脂質分子種の細胞内での分布状況や、細胞が多様な分子種を作る生物学的意義が不明でした。
 本研究グループは、特定の部位に不飽和脂肪酸注4)のオレイン酸注5)を持つことを特徴とするリン脂質の分子種の一種、1-オレオイル-2-パルミトイル-ホスファチジルコリン (OPPC)を認識して結合する単クローン抗体注6)の作製に成功し、これを用いてOPPCが培養神経細胞の神経突起先端部やマウス脳のシナプス部位に局在することを発見しました。さらに、神経細胞がOPPCを突起先端部で作り、形成されたOPPCによる細胞膜領域が神経伝達を調節するドーパミン輸送タンパク注7)やGタンパク注8)の局在を制御することを明らかにしました。
 今回の研究成果により、リン脂質の脂肪酸組成の違いがつくる細胞膜微小環境が神経細胞のシグナル伝達に重要な役割を果す可能性が示され、パーキンソン病や認知症における病態との関連性が注目されます。さらに、脳機能改善のための新しい予防法や治療法の基盤的知見を与えます。
 本研究成果は、米国科学雑誌ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリーのオンライン速報版で2014年8月7日(米国東部時間)に公開されました。


<研究の背景と経緯>
 神経細胞は、シナプス領域、複数の軸索領域、細胞体領域など異なった機能を担う多数の領域に区切られていています。こうした細胞内の機能的領域化により方向性を持つ情報伝達や、複雑な神経回路の形成が可能になります。異なった機能領域の細胞表面には、各々の機能に対応する異なった種類の蛋白質が局在分布して各領域の特化した機能を実現しています。
 細胞表面を取り巻く細胞膜は、リン脂質(生体の界面活性剤)を基本成分とする油の膜からなり、細胞膜上の蛋白質は速い速度で時々刻々位置を変えている事が知られています。このように流動的な細胞膜に存在する蛋白質を、どのようにシナプス領域等の決められた範囲に集めて、目的の機能(神経伝達分子の放出やその制御等)に特化した領域を細胞が維持しているのか不明でした。
 細胞膜の基本成分であるリン脂質の各分子は、脂肪酸を2本持ち、付加される脂肪酸の様々な組み合わせにより生じる分子種多様性と呼ばれるがバリエーションがあることが知られていました。細胞は、一旦単純な組み合わせを持つ脂肪酸を付けたリン脂質を合成した後、わざわざリン脂質リモデリングと呼ばれる複雑な酵素反応を用いて脂肪酸をすげ替えます。この過程を経て多様なリン脂質分子種バリエーションを作成します。しかしながら、今まで各リン脂質分子種の細胞内での分布状況や、細胞が多様な分子種を作る生物学的意義が不明でした。

<研究の内容>
 本研究グループは、特定の部位に不飽和脂肪酸注4)のオレイン酸注5)を持つことを特徴とするリン脂質の分子種の一種、1-オレオイル-2-パルミトイル-ホスファチジルコリン (OPPC)を認識して結合する単クローン抗体注6)の作製に成功し、これを用いてOPPCが培養神経細胞の神経突起先端部やマウス脳のシナプス部位に局在することを発見しました。さらに、神経細胞がリモデリング反応を用いて突起先端部でOPPCを作り、形成されたOPPCによる細胞膜領域が神経伝達を調節するドーパミン輸送タンパク注7)やGタンパク注8)の局在を制御することを明らかにしました。

<今後の展開>
 今回の研究成果により、リン脂質の脂肪酸組成の違いがつくる細胞膜微小環境が神経細胞のシグナル伝達に重要な役割を果す可能性が示され、パーキンソン病や認知症における病態との関連性が注目されます。さらに、脳機能改善のための新しい予防法や治療法の基盤的知見を与えます。
 さらに、本研究が明らかにしたリン脂質分子種の局在化による細胞膜区画化の機構は、神経細胞に限らず体の中の多くの細胞が機能領域を形成する際に用いている可能性があり、個体発生・細胞分化、免疫細胞やがん細胞の浸潤などの機構を解明するのに広く寄与すると期待されます。

 以上のような研究展開に、今回作製した特定のリン脂質分子種に対する単クローン抗体が有用と考えられます。
 
図1 神経細胞の機能領域




 

 図2 培養神経細胞(ラットPC12細胞)におけるリン脂質OPPCの神経突起先端部への局在(赤色部分)
 今回作製したOPPCに対する単クローン抗体を用いて、免疫染色法によりOPPCの細胞内分布を解析した。





 
 図3 生体膜を構成するリン脂質の構造






図4 神経細胞におけるリン脂質リモデリング






図5 ホスホリパーゼA1活性が神経突起先端部に局在する。
OPPCを産生するリン脂質リモデリング反応を蛍光法で検出した。




図6 リン脂質リモデリングによる細胞膜上での機能領域の形成


神経突起先端部の細胞膜上でリン脂質リモデリングによりOPPCが作られる。この結果突起先端部にOPPC濃度の高い細胞膜領域が形成される。この脂質組成の違いを認識してドーパミン輸送体等の一部の蛋白質が先端部に局在するようになる。


<用語解説>
注1)シナプス
神経細胞の軸索突起の先端が他の神経細胞に接続する部分で、軸索を伝わってきた電気的な信号を化学的な神経伝達物質の放出により次の神経に伝える機能を担う。この部分には、正しい相手と接続するためのタンパク、神経伝達物質の分泌やその制御に関わるタンパクが集積している。

注2)脂肪酸
生体リン脂質には直鎖脂肪酸で炭素数16以上30程度までの主に偶数個の炭素数を持つ多種類の脂肪酸が異なった組み合わせで結合している。

注3)リン脂質
生体膜の主要構成成分で、グリセロール骨格(sn-1, sn-2, sn-3位の3つの水酸基を持つ)に2種類の脂肪酸(sn-1位、sn-2位に結合)とsn-3位に結合したリン酸を介してアルコールを持つ。結合するアルコールの種類によって5種類に大別され(クラス多様性)さらに結合する脂肪酸の組み合わせの違いが生む分子種多様性を合わせると生体膜には数千種類の多様なリン脂質が存在する。

注4)不飽和脂肪酸
直鎖脂肪酸の骨格炭素に二重結合を含む脂肪酸で、リン脂質では主としてsn-2位に結合することが多い。OPPCはsn-1位に不飽和脂肪酸であるオレイン酸を持つ珍しいリン脂質である。

注5)オレイン酸
オリーブ油等に豊富に含まれる1価の不飽和脂肪酸で炭素数は18。

注6)単クローン抗体
単一の遺伝子組成を持つ抗体産生細胞から分泌された抗体で、確実にすべての抗体分子が同じ分子構造を認識すると言える。

注7)ドーパミン輸送タンパク
神経シナプスに局在していて、シナプス間隙から神経伝達物質ドーパミンを回収して、神経シグナルの伝達を終結させる働きがある。ドーパミンは運動の調節や認知機能に必要な神経伝達物質なので、ドーパミン輸送蛋白質は、これら神経機能を調節する重要な分子である。

注8)Gタンパク
細胞膜上に存在して、様々な受容体タンパクと協力して細胞外からの刺激を細胞内に伝えるセカンドメッセンジャーを産生する働きを持つタンパク。


<論文名>
“Functional Compartmentalization of the Plasma Membrane of Neurons by a Unique Acyl Chain Composition of Phospholipids”
Kuge H, Akahori K, Yagyu KI, Honke K. J. Biol.Chem. 2014; 289:26783-26793
「特異な脂肪酸組成を持つリン脂質による神経細胞における細胞膜の機能的区画化」





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