オホーツク海・ベーリング海の古海洋変動

ー表層水温,塩分,生物生産量の変遷史ー

統合国際深海掘削計画(IODP)Expedition 323 Bering Sea Paleoceanography(2009年7月5日〜9月4日)

ベーリング海ではこれまで,DSDP Leg 19(1971年)によって深海掘削が行われ堆積物層序の概要が報告されたが,コアの回収率が悪いことや当時の分析技術の限界から詳細な古海洋変動の復元研究はなされていない.また,オホーツク海では未だ科学掘削は一切行われていない.このような背景のもと,約10年前に高橋孝三教授(九州大学)がリードプロポーネントとなり,オホーツク海とベーリング海を掘削調査するプロポーザル(#477; The Okhotsk and Bering Seas: High resolution Plio-Pleistocene Evolution of the Glacial/Interglacial Changes in the Marginal Seas)がODPに提案された.その後の紆余曲折を経て,ついに今夏ベーリング海でのIODP掘削研究が実現することとなり,過去500万年間の北部北太平洋における古気候・古海洋変動の実態解明を目指す研究がスタートする.

Exp.323の主要テーマ

1)ベーリング海における鮮新世以降の気候変動と海洋表層環境を明らかにする.

2)ベーリング海における北太平洋中層水(深層水)の形成と強さの変動を明らかにする.

3)ベーリング海と周辺の陸域とのリンケージを調べるため,ベーリング海周辺の大陸氷床,河川流量,海氷形成史を明らかにする.

4)ベーリング海から得られる気候変動記録を,外洋水の記録と比較することで,気候変動に敏感に反応する縁辺域の気候プロセスと,グローバルな気候プロセスの関係を評価する.

日本から8名が乗船

池原はOrganic Geochemistとして乗船して2ヶ月間の船上研究を行い,その後の国際共同研究に参画します.現在,下船後に行うことを検討している研究テーマは以下の通りである.

・後期鮮新世における北半球氷河作用の強化とベーリング海表層環境変動〜表層水温,塩分,生産量変動〜

・ベーリング海の炭素同位体変動と北太平洋中層水(NPIW)の形成史


■ NHGが重要

上の図は,DSDP/ODP時代の深海掘削コアの研究によって得られた酸素同位体比変動パターンを編纂し,過去500万年間の全球的な酸素同位体変動カーブを復元した図である(Lisiecki and Raymo, 2005).この酸素同位体比カーブは基本的には極域の氷床量変動に依存しており,地球環境システムが経験してきた氷期ー間氷期サイクルの気候変動を物語っている.

300万年前より古い後期更新世という時代は,現在よりも温暖で,かつ,変動周期や振幅が小さい気候変動しか起こっていなかった時代である.そのような温暖な気候が,およそ270万年前頃から徐々に寒冷化し始め,4.1万年周期の氷期ー間氷期サイクルが顕著になり始める.この4.1万年周期は,地軸の傾きの変化(地球軌道要素)に起因する周期である.

これまでの様々な研究から,鮮新世には北半球高緯度に大きな大陸氷床はなく,270万年前頃から強化されてきた北半球の氷河化作用(NHG)によって,地球は寒冷化の時代に移行していったと考えられている.しかしながら,北太平洋やベーリング海におけるNHGの直接的な証拠や,ベーリング海とその周辺域における中層水形成や表層水循環,海氷生成などとの関係は解明されておらず謎のままである.

■ MPTが重要

NHG以降,4.1万年周期が卓越する気候システムがしばらく継続する.しかし,現在(完新世)を含む過去70万年間の気候変動サイクルは10万年周期が卓越し,より大きな氷期ー間氷期の振幅をもつ時代として特徴付けられる.気候システムが4.1万年周期から10万年周期へ変換する時代として,MPT(中期更新世気候変換期)(125万年前〜70万年前)が注目されているが,その気候システム変換の要因は依然不明である.

■MIS 5e, MIS 11の気候温暖期が重要

10万年周期が卓越する過去70万年間は,約2万年前に代表される氷期最寒期と完新世に代表される気候温暖期が繰り返してきた.最終氷期から完新世へ気候が温暖化する際に,ベーリング海でどのような現象が起こっていたのかを明らかにすることは,氷期ー間氷期サイクルの実態を理解するために必要不可欠である.また,現在と同じ様な気候温暖期であり,かつ,現在よりも温暖化していた可能性が指摘されている酸素同位体ステージ(MIS)5e(約12.5万年前)やMIS 11(約40万年前)の温暖期においけるベーリング海の詳細な古海洋変動を復元することは極めて重要である.過去の温暖地球における気候システムを理解することで,近未来の地球温暖化の実態を地質学的視点から提示することができると期待される.


文部科学省によるプレスリリース

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