公開日 2025年6月24日
ゲノム編集で遺伝子の“スイッチ”を入れ替える!
作物改良の新たなアプローチ ~農業分野への応用に期待~
【本研究成果のポイント】
・ゲノム編集(※1)技術の応用により、花を咲かせる時期にだけはたらく「花成ホルモン遺伝子FT(※2)」のプロモーター(※3)を、常にはたらく別のプロモーターに入れ替えることに成功しました。これにより、栽培条件に左右されずに早く咲かせることができました。
・この手法を使えばFTだけでなく、植物体内に外来遺伝子配列を残さずに、任意の遺伝子のはたらきを変えることができます。この手法で作成した植物は、非遺伝子組換え植物として扱えると考えられ、社会的に受容される可能性が高いことから、目的に応じた形質を作物に付与することができる新しい作物改良の方法として、農業分野への応用が期待されます。
【概要】
高知大学教育研究部自然科学系農学部門 中野道治 准教授、広島大学大学院統合生命科学研究科 信澤岳 助教、長島由美 教育研究補助員と草場信 教授らの研究グループは、ゲノム編集技術の新たな活用法として、植物内の異なる遺伝子同士のプロモーター領域(遺伝子の発現をON/OFFするスイッチ)を“入れ替える”ことに成功しました。具体的には、モデル植物シロイヌナズナにおいて、花を咲かせる時期にだけはたらく「花成ホルモン遺伝子FT 」のプロモーターを別の遺伝子のプロモーターと入れ替えることで、本来は FTの発現が誘導されない(スイッチOFF)である条件下でもFT発現を誘導(スイッチON)させ、栽培条件に左右されずに早期に花を咲かせることに成功しました。これは、シロイヌナズナにおいて、ゲノム編集を用いた「染色体逆位」(※4)によるプロモーター交換を行い、形質を変化させることに成功させた初めての例となります。
このような形質改変は、外来遺伝子配列が残らない「SDN-1型」ゲノム編集(※5)に分類されるため、所定の審査を経れば非遺伝子組換え作物として利用できる可能性が高いと考えられ、今後の作物改良に向けた新しい方法論として、応用展開が期待されます。
本研究成果は英国の国際学術誌『Plant Biotechnology Journal』のオンライン版にて、2025年5月5日に掲載されました。
【プレスリリース】ゲノム編集で遺伝子の“スイッチ”を入れ替える!作物改良の新たなアプローチ ~農業分野への応用に期待~[PDF:550KB]
【用語説明】
※1 ゲノム編集
生物の持つ遺伝情報(ゲノム)の特定の場所を狙って精密に書き換える技術です。自然界で生じている突然変異と同じ種類の変化を人為的に引き起こすことができます。
※2 花成ホルモン遺伝子FT
植物が花を咲かせるタイミングを決定する中心的な遺伝子の一つです。葉でFTタンパク質が作られて地上部の成長点に運ばれると、植物は花を作るフェーズ(生殖成長)へと切り替わります。
※3 プロモーター
遺伝子がいつ・どこで・どのくらいはたらくかを制御する「スイッチ」のような役割をもつゲノム上のDNA配列です。
※4 染色体逆位
染色体中の一部が反対向きに染色体に組み込まれる現象で、自然界でもしばしば見受けられる変異です。逆位した繋ぎ目近傍の遺伝子を中心に、遺伝子のはたらきが影響を受ける可能性があります。
※5 SDN-1型ゲノム編集
ゲノム編集ではSite-Directed Nuclease(部位特異的ヌクレアーゼ)というDNAのハサミとなる酵素を使って、特定の場所に傷(切れ目)を入れます。通常は細胞自身の修復機能により傷は完全に戻りますが、ときどき生じる修復エラーを利用してゲノムを書き換える方法です。SDN-1、 -2、 -3に分類されますが、SDN-1型は外来遺伝子配列が導入されず、自然界で起こる突然変異と同じ種類の変異が含まれるカテゴリです。
【論文情報】
タイトル:Promoter replacement by genome editing creates gain-of-function traits in Arabidopsis
著者:Takashi Nobusawa、 Michiharu Nakano、 Yumi Nagashima、 Makoto Kusaba
著者:信澤 岳(広島大学 大学院統合生命科学研究科、筆頭著者)
中野 道治(高知大学 教育研究部自然科学系農学部門)
長島 由美(広島大学 大学院統合生命科学研究科)
草場 信(広島大学 大学院統合生命科学研究科、責任著者)
掲載誌:Plant Biotechnology Journal
【掲載誌】Plant Biotechnology Journal
【掲載日】2025年5月5日
【DOI】10.1111/pbi.70123
本研究は広島大学から論文掲載料の助成を受けました。