高知大学農林海洋科学部・大学院総合人間自然科学研究科農林海洋科学専攻

研究紹介
持続可能な未来に向けて、農林海洋科学分野の研究が果たす役割は多岐に渡ります。
高知大学では多くの個性的な教員が、地の利を活かし世界に貢献できる様々な研究活動を行っています。

特集記事−Feature Article

デジタル化が拓く新時代の農学研究 ー「変革の担い手」となるZ世代の活躍

リモートセンシングで実現するスマートな地域環境デザイン

橋本直之

[専門領域] 地理空間情報学
[研究テーマ]
●リモートセンシング技術による植生や環境に係る情報抽出・可視化、
 及びその自動化

私たちが目にする地図や衛星画像などの地理空間情報は、その取得や利用のためにリモートセンシングの技術が生かされています。その技術は、農業をはじめとするさまざまな分野にも役立てることができます。得られた地表の事象を画像データから読み取り、地図上に可視化することで、作物の栽培支援や栽培環境の評価、森林資源の調査、河川環境や植生分布の把握などにも役立てることができるのです。
農地や山林の課題解決に向け、今後不可欠となるリモートセンシング技術について研究を行っている、地理空間情報学研究室の橋本直之先生にお話を伺いました。

電磁波を測定したデータを「見える化」し、わかりやすく役立つ情報に

リモートセンシングとは、電磁波を利用して「モノを触らずに調べる」技術であり、遠隔計測や遠隔探査のことです。
電磁波には可視光線をはじめ、赤外線、紫外線、マイクロ波などがあり、地上にある物体に電磁波が入射すると、物体を構成する物質の種類や状態に応じて反射や吸収の仕方が異なります。この特性を利用して、物体の検出・分類・識別や状態把握・予測をするのがリモートセンシングです。

人工衛星や航空機、ドローンなどに搭載した観測機器を使い、地上から反射・放射される電磁波を測定し、取得したデータをコンピュータ処理することによって、地上の状態をデジタル画像として映し出します。これを他の情報(例えば、地図、気象、現地調査の結果)と重ね合わせることで、農地・森林・水域などにおけるさまざまな課題を見つけ、解決に導くための研究を行っています。ポイントは、画像データであることから、点ではなく空間的に対象を把握し、分析できることです。

衛星画像を分析している様子。リモートセンシングは、農林水産業分野でもニーズが高い技術といえる

 

リモートセンシングは、空撮画像に記録されたデジタルなデータを「人に役立つ情報」に加工するための知識と技術が重要です。
例えば、コロナ禍の社会で需要が急増した非接触式体温計は、計測した赤外線エネルギーから体温を算出する機械です。そのエネルギーを変換して、例えば「体温=36度」と表示することに意味があります。
その変換のアルゴリズムを考えて、そのままでは理解が困難なデータから理解・利用がしやすい有用な情報へと変換する作業を自動化し、効率的な現状把握やそこから見えてくる課題抽出につなげます。
このアルゴリズムを構築するためには、観測対象の物体に関する知識が不可欠です。画像データの処理に関する知識や技術だけでなく、作物や樹木などの植生や土・水など、幅広い分野に関する知識も必要となります。さらに、アルゴリズムの性能を確かめるための現地調査も重要な活動のひとつです。

衛星画像を分析している様子。リモートセンシングは、農林水産業分野でもニーズが高い技術といえる

農業支援 事例1 水田における追肥効果の評価

農家さんの栽培管理を支援する情報提供に向けた取り組みを進めています。そのひとつに追肥効果の可視化があります。
調査地は、実際に稲作を行っている地元・南国市の農家さんの水田で、追肥をした水田としなかった水田を定期的にドローンで撮影し、その生育状況を比較しました。
効果を確認する指標として葉面積を採用し、増加量を確認しました。
センサーを搭載したドローンで上空から水田を撮影し、可視光線から赤外線の反射率を測定しました。これらを分析することで、葉面積を推定することができ、それぞれの生育状況の違いがわかります。
得られたデータを画像に落とし込むと、その差は一目瞭然でした。
農家さんが追肥をした水田のひとつでは生育が促進された一方、もう一方はそれほど促進されませんでした。さらに、追肥をしなかった水田のひとつでは、明らかに生育が良くない状況がみられました。これらの違いには土壌の性質が水田間で違うことが関係しているのではないかと考え、土壌の性質の見える化に向けた検討を引き続き行っています。
これまで農家さんの勘に頼って行ってきたことを、データを元に「見える化」し、客観的に比較しやすくしたことで、誰にでもわかりやすく、結果を理解することができます。

イネの葉の量(Leaf Area Index::LAI)が多くなるほど暖色化していくよう処理をした画像。追肥をした水田の方が早くオレンジ色へと変化するスピードが早いことがわかる

 

農業支援 事例2 大豆畑における湿害予測

農業向けの取り組みをもうひとつ紹介します。こちらは、宮城県の大豆畑において、湿害発生予測について調査したものです。 水田から転換された畑など、水分量が多い傾向にある畑では湿害が起こることがあります。この対策をしないままでは、病害の発生や生育不良などによって収量が減少してしまいます。 そこで、できるだけ早期に畑のどの場所で湿害が発生しそうなのかを可視化するための検討を行いました。
こちらも事例1と同様のセンサーを搭載したドローンを使い、上空から撮影を行いました。

可視光線のうち水分量の変化に感度が高いと考えられる赤色光と水分量の関係式を導出しました。これを画像に適用することで、畑全体の含水率分布を可視化しました。これが下記左の図で、青色が濃いほどたくさん水を含んでいることを示しています。ご覧のように、ひとつの畑であっても数値に空間的なバラつきがあることがわかります。

水分量の予測分布画像の上に重ねられた数字が収量。濃い色の部分は、薄い色の部分に比べ、明らかに収量が少ない。実際の畑の撮影画像と比べると、水分量が高い箇所には湿害が発生して、黄色く変色していることがわかる

現地調査で得られた収量データを画像と重ねてみると、青色が濃い箇所の収量は薄い色の箇所より低くなっていました。また、実際の畑の撮影画像と比べても、黄色く見える生育不良の箇所が濃い青色の箇所と概ね一致していました。以上から、湿害による減収が起こっていたものと推測されました。
この調査技術を生かすことで、事前に湿害が起きる可能性が高い場所を予測することができ、農家さんが実施した湿害対策効果の評価や対策の見直しなど、よりよい圃場管理につなげることが期待できます。

その他の支援事例 放牧地における摂食状況&河川における水質分布の把握

上記で紹介した農家さんとの取組みのほかにも、本学の附属農場放牧地やすぐそばを流れる物部川における取組みについてもご紹介します。

本学では、あかうしを飼育しており附属農場内に放牧区画があります。放牧前後の衛星画像の比較から、摂食状況を把握し、放牧地管理の効率化に役立てられないか、検討しています。 下記左図は、放牧中に食べたと思われる牧草量の大きさで色付けした画像です。場所によって傾向に違いがあることがわかります。この理由を分析し、放牧地管理や放牧計画をより良くできないか、畜産の先生方や技術職員さんと議論を進めています。

また、本学のすぐ横には、一級河川である物部川が流れています。流れる水は農作物栽培や漁業などに利用されており、その水質把握は重要であると言えます。水質の項目のひとつである濁度を、広範囲をカバーできる衛星画像を用いることで、上流から下流まで空間的に把握することを検討しています。右図は、濁度が変化している地点をピックアップしたものです。地形が変化する周辺で濁度に空間的な変化が生じています。水利施設や水質に関する研究をしている先生方とも連携しつつ、河川環境の管理・改善に役立てていきたいと思います。

左図:衛星画像から推定した摂食牧草量。赤いほど食べられた量が多いことを示している。 右図:衛星画像から推定した河川の濁度。赤いほど濁度が高いことを示している。

“未知の知”に出会う旅。リモートセンシングの可能性は無限大!

私は、地域を構成するさまざまな自然環境を研究対象としています。上記の事例の他にも、ドローンや衛星画像を使って森林や植生の現状調査をするための手法に関する研究も行っています。例えば、森林における立木の抽出や材積の試算、特定植物(希少なもの、外来種など)の生育分布調査などがあります。

空撮画像の特徴は、撮影時の“面の状況”が得られるところですが、経時的に撮影した画像を合わせて分析すれば、時空間変化を捉えることができます。この特徴を生かして、衛星画像から地表のさまざまな自然環境をモニタリングし、例えば天気予報のように、得られた情報を随時提供するような仕組みを構築できたら、と想い描いています。

リモートセンシングは、空撮画像に写っているものすべてが分析対象となりえ、さまざまな用途・目的に利用できるので、研究の幅はとても広いといえます。それだけに、”未知の知”に出会える可能性も無限で、期待も大きく、今後の人材育成が急務な分野でもあります。
私は自然豊かなこの高知で、地理空間情報技術者の育成に尽力したいと考えています。皆さんも、広い視野で農林業に関わることができるリモートセンシングの力で、未知の知に挑んでみませんか?

ドローン撮影に興味のある人も大歓迎! 研究室はアットホームな雰囲気です。