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研究紹介

研究のページへようこそ

私は、全ての医局員に、研究に携わって欲しいと思っています。
  • 医療者の仕事は、患者さんをよりよく治すことです。研究は自分が直接診療できない患者さんを治す行為です。
  • 医療者の前半の人生は、先人が行った研究で得られた知識が記載された教科書やマニュアルを見て診療します。後半の人生は教科書を作る側に回って欲しいと思います。
  • 研究は最高の道楽です。新しいことを知ることはとても楽しいことです。勉強することもとても楽しいことです。
  • 新しいことを発見したときの興奮を味わって欲しいと思っています。世界中で自分だけがこの重要な事実を知っている瞬間があるのです。
  • 世の中の役に立つ研究を成し遂げた人は、高い社会的称賛が得られます。誉れの気持ち、高い自己肯定感が得られます。研究は自分の価値を高める行為です。
高知大学精神科では、一人が主任研究者となり、皆が研究協力者となり、研究活動を行っています。現在、行っている研究をいくつかご紹介します。

認知症ちえのわnet研究(數井裕光)

認知症の人には、うつ、不安、興奮、幻覚、妄想などが出現しやすくなります。そしてこれらの症状に対しては、薬物治療の前に、認知症の人の立場に立って「適切な声かけや対応」で治療することになっています。しかし「適切」とされている声かけや対応法の有効性はほとんど未検証です。そこで認知症のケアをしている家族介護者やケアの専門家から、「ある症状に対して、ある対応を行った時に、その症状が軽減したか否か」という日常生活上のケア体験を、インターネットを用いて全国から投稿してもらい、このケア体験を整理して、様々な症状に対する様々な対応法の成功率を計算し、公開することを目的に、我々が2015年に開発したウエブシステムが認知症ちえのわnetです。世界初の斬新な研究として注目され、日本全国の多くの協力者とともに運営しています。2021年5月20日現在、閲覧数は102万を超え、米国、中国、独国などの海外からのアクセスも多くなっています。またケア体験は3480個公開しています。

様々な対応法の成功率の閲覧以外に、キーワードで検索することで知りたい対応法が見つかる可能性があります。また物盗られ妄想などに関する設問に対して、Yes/Noで回答していくと適切な対応法案へと導いてくれる「認知症対応方法発見チャート」も利用できます。さらに対応方法がわからない時には「対応方法を教えて!!」が活用できます。

現在、集積したケア体験情報を、人工知能を活用して分析して、成功率の高い対応法を円滑に、かつ正確に抽出する仕組みの構築追加を行っています。高知大学精神科の特色ある研究として今後も長期的に継続していきます。

認知症ちえのわnetのHPはこちら
認知症ちえのわnet

血液バイオマーカーと神経画像検査によるBPSDの生物学的基盤の解明、および認知症者の層別化に基づいたBPSDケア・介入手法の開発研究(數井裕光)

本研究は日本医療研究開発機構(AMED)の認知症研究の重点研究の一つに位置づけられた多施設協同研究です。認知症の人に出現しやすくなるうつ、不安、興奮、幻覚、妄想などの行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia: BPSD)の発現に関与しうる頭部MRI所見、脳血流SPECT所見、血液バイオマーカー(アミロイドβ、リン酸化タウ蛋白、総タウ蛋白、neurofilament light chainなど)所見を明らかにします。またBPSDに対する適切な対応法の成功率と上記の神経画像所見、血液バイオマーカー検査値との関係も明らかにします。そして本研究で得られた知見を活用して、認知症本人の様々な情報に神経画像検査結果と血液バイオマーカー検査値を加味することで、どんなBPSDが出現しやすいか、適切な治療法・対応法が何であるかを予測して治療法を選択するという近未来の認知症診療を実現することを目的としています(下図)。

以下の研究チームで、前向きに認知症の人のデータを登録し、解析していきます。

高知大学医学部神経精神科学講座 數井裕光、樫林哲雄、上村直人、藤戸良子、赤松正規、津田敦、森田啓史、河合亮、長澤隆暁、高木衣織、大原伸騎、永倉和希、田内佐妃、池田由美、茶谷佳宏、中山愛梨、是澤佑水、木村直広、田處清香
高知大学医学部附属病院次世代医療創造センター 黒岩朝
大阪大学大学院医学系研究科精神医学分野 池田学、鐘本英輝、吉山顕次、佐藤俊介、小泉冬木、川西由佳
阪和いずみ病院 末廣聖
水間病院 東眞吾
兵庫県立リハビリテーション西播磨病院 高橋竜一
東京慈恵会医科大学精神医学講座 品川俊一郎、互健二
長寿医療研究センター長寿医療研修センター 武田章敬
大阪大学キャンパスライフ健康支援センター 工藤喬、足立浩祥、金山大祐、阪上由香子、赤嶺祥真
近畿大学医学部放射線医学教室 石井一成
近畿大学病院高度先端総合医療センターPET分子イメージング部 山田誉大
近畿大学医学部精神神経科学教室 橋本衛
榎坂病院 佐久田静
認知症介護研究・研修東京センター 中村孝一
認知症介護研究・研修仙台センター 阿部哲也
認知症介護研究・研修大府センター 山口友佑
専修大学 ネットワーク情報学部 小杉尚子、井上佳子
筑波大学人間系障害科学域 山中克夫、羽部泉
東大阪大学短期大学部介護福祉学科 野口代
東京都健康長寿医療センター脳神経内科 岩田淳

認知症者等へのニーズ調査に基づいた「予防からはじまる原因疾患別のBPSD包括的・実践的治療指針」の作成と検証研究(數井裕光)

認知症の人は、2012年時点65歳以上の高齢者の約7人に1人、2025年には、5人に1人の割合になると推計されています。認知症の人には、うつ、不安、幻覚、妄想などの行動・心理症状(behavioral and psychological symptoms of dementia:BPSD)が出現しやすくなります。BPSDは、認知症本人の予後を悪くし、家族の介護負担の原因となるため、治療法の確立が待たれています。私たちは、我が国で広く使用できる実践的なBPSDに対する包括的・実践的な治療指針つくりをしています。

図:私たちが考えている包括的・実践的治療指針の全体図 図:私たちが考えている包括的・実践的治療指針の全体図

この治療指針の基本的な考え方は「BPSDは予防する」と「BPSDが出現した時に直ちに適切な対応法による治療を開始して悪化を防ぐ」の2点です。やむを得ない時に薬物治療を開始し、それでも治療困難な場合に限り、専門病院での短期入院治療を行います。適切な対応法を治療する際に、我々が運営している「認知症ちえのわnet」というウエブサイトを活用します。

この研究の全国の共同研究施設と研究者(敬称略)

高知大学・神経精神科学 數井裕光、上村直人、樫林哲雄、赤松正規、三宅健太郎、吉本康高、永倉和希、池田由美、大坪京子、田處清香
大阪大学大学院医学系研究科
  • 精神医学分野:池田学、吉山顕次、末廣聖、松本拓也、欠田恭輔、鈴木由希子、鐘本英輝、梅田寿美代、仲谷佳孝
  • 統合保健看護科学:山川みやえ
  • キャンパスライフ健康支援センター:工藤喬
大阪大学大学院連合小児発達学研究科 橋本衛
東京医療保健大学・医療情報学科 小杉尚子
東京慈恵会医科大学・精神医学 品川俊一郎、互健二
浅香山病院 釜江和恵、川西由佳
筑波大学大学院・障害福祉学 山中克夫、野口代
認知症介護研究・研修東京センター 山口晴保
愛媛大学大学院医学系研究科 谷向知
大阪急性期・総合医療センター・精神科 佐藤俊介
水間病院 東眞吾

治る認知症、特発性正常圧水頭症(iNPH)を自立できるまでに治すための診療方法の確立研究(數井裕光)

私たちは、iNPHの中でも、脳室系、シルビウス裂は拡大しているが、大脳縦裂や高位円蓋部は狭小化する「不均衡にクモ膜下腔が拡大している iNPH(Disproportionately Enlarged Subarachnoid space Hydrocephalus:DESH)」を対象に研究しています。DESHは地域在住の高齢者の1.1%に存在する高頻度の病態で、頭部MRIで発見しやすく、シャント術による治療成績が良いためです。早期発見と併存疾患の診断が予後を良くする鍵だと思っています。

DESH写真の白実線:脳梁角の鋭角化、細点線:高位円蓋部の狭小化粗点線:大脳縦裂の狭小化

認知症と自動車運転 ―DLBの神経基盤に注目した運転能力評価方法の確立― (上村直人)

これまで高知大学精神科では、認知症と自動車運転の関連性を検討してきました。H15年からは厚生労働省の研究班にも参加し、認知症の背景疾患別の運転行動や交通事故発生率の違いを検討してきました。現在はレビー小体型認知症の神経基盤に着目した運転行動の特徴の分析や、運転能力の評価方法の確立に向けて、写真のような運転シミュレーターを用いて研究しています。また高知工科大学との共同研究として、運転能力評価機器の開発にも取り組んでいます。現在認知症と運転行動の関連性や運転能力の評価方法にゴールドスタンダードはありません。この問題は社会的にも非常に重要な課題であり、私たちはこれからも仲間を増やしながらこの課題を解決していきたいと考えています。また、認知症以外でも、発達障害の方や高次脳機能障害の方の運転も重要な課題です。興味のある方はぜひご連絡ください。

表1:認知症の背景疾患の違いによる運転行動・危険性の差異

認知症の背景疾患別運転行動、危険性、事故リスク
  交通事故率(名) 事故危険運転特徴
FTD(N=22) 63.6%(14) 信号無視、わき見運転、追突事故
AD(n=41) 39.0%(16) 迷子運転、枠入れで接触事故
VaD(n=20) 20%(4) 操作ミス、速度維持困難
全体(N=83) 40.9%(34) 認知症の原因で危険性の差異がある
厚生労働科学研究費補助金 長寿科学総合研究事業「痴呆性高齢者の自動車運転と権利擁護に関する研究」(主任研究者池田学)平成15-17年度総合研究報告書.2006


写真1:高知大学運転シミュレーターの様子

写真2:高知工科大学との共同研究による運転能力評価機器開発

自閉症スペクトラム障害コミュニケーションプログラムの他の精神疾患への応用(泊り由希子)

コミュニケーションは社会生活を営む上で基盤となる活動です。統合失調症や転換性障害などの精神障害をもつ対象者はその障害特性からコミュニケーション上の深刻な悩みをもつ人が少なくないといわれています。何か効果のある支援は出来ないだろうかと模索している際に出会ったのがパッケージ化された大人の自閉症スペクトラム障害のためのコミュニケーションプログラムです。内容は実臨床で感じる対象者のコミュニケーション特性や悩みに合致している点が多く、自閉症スペクトラム障害以外の精神障害をもつ対象者に対しても有益ではないかと考えました。そこで本プログラムの他の精神疾患に対する有効性を検証する研究を行っています。

軽度認知障害、初期認知症における嗅覚検知と嗅覚認知の神経基盤解明に関する研究(樫林哲雄)

アルツハイマー病(AD)では早期からの治療と診断が重要です。本研究では、ADの早期診断の指標として、簡易で非侵襲的な検査が可能な嗅覚認知障害に注目して、認知症前段階の軽度認知障害(MCI)に対する嗅覚検査をベースラインとして、以下を検討します。

  1. ① ADによるMCIの嗅覚障害の特徴:MCIの嗅覚障害を解析します。
  2. ② 嗅覚検査と神経基板との相関の解明:頭部MRI・脳血流シンチグラフィを計測解析します。
  3. ③ MCIからADへのコンバート率:嗅覚障害の有無との関係を解析します。

本研究により、MCI段階のADの嗅覚障害の神経基盤とともに、AD早期診断に関する嗅覚検査の有用性を明らかにできると考えています。

Fig1:軽度認知障害と初期アルツハイマー型認知症における嗅覚検査と脳容積の相関

「前頭葉機能に注目した自動車運転能力評価法の確立と事故予測への適用」を目指す研究(藤戸良子)

超高齢社会を迎えた日本では、交通事故における被害者・加害者としての高齢者の割合が増加しており、高齢ドライバーの運転は大きな社会問題となっています。近年では、事故予防に有効な安全装置や、先進安全自動車が広まりを見せていますが、ドライバーが正しい運転操作・判断のもとで部分的に作動する高度運転支援技術にとどまります。道路交通法では4大認知症(アルツハイマー型認知症: AD、レビー小体型認知症: DLB、血管性認知症: VaD、前頭側頭葉変性症: FTLD)と診断されると、運転免許は取消しとなります。私たちが行った先行研究で、ADとFTLDの運転行動と交通事故を比較したところ、FTLDはADよりも早期に自動車事故を起こしやすく、かつADと比べて自動車事故のリスクが10.4倍であること、また疾患に関係なく、わき見運転や車間距離の維持に問題があるドライバーが事故を起こしていたことが分かりました。これらの結果は、前頭葉機能障害によって引き起こされる心理・行動症状が運転行動変化・事故リスクと関連しているのではないかと考えました。そこで、疾患名にかかわらず前頭葉機能に注目し、関連する神経心理検査、注意機能テスト、運転シミュレーター検査を行い、認知症および認知機能低下を示すドライバーの中から交通事故リスクのある人を高い感度・特異度で検出できる検査バッテリーの確立を目的として、研究を行っています。
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