高知大学農林海洋科学部・大学院総合人間自然科学研究科農林海洋科学専攻

研究紹介
持続可能な未来に向けて、農林海洋科学分野の研究が果たす役割は多岐に渡ります。
高知大学では多くの個性的な教員が、地の利を活かし世界に貢献できる様々な研究活動を行っています。

特集記事−Feature Article

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紙おむつから紙おむつを作る
― 使用済み紙おむつから上質パルプを再生

市浦英明

[専門領域] 紙・パルプ(機能紙)
[研究テーマ]
●インテリジェント機能紙創製
●低環境負荷を特徴とする紙おむつリサイクル技術

生齢化により、紙おむつの需要が増大する日本。紙おむつの生産には大量のパルプが必要です。しかしパルプ生産は、原料である森林を伐採する上、製造過程で大量の水を使い、CO2も排出することから、環境への負荷が高いことが問題視されています。そして、使用済み紙おむつの焼却処理もまた、環境に大きな負荷をかけています。
一方海外では、経済の発展に伴い子ども用紙おむつの利用が急増しています。アジア圏の使用済み紙おむつの処分方法はほとんどが埋立であるのが現状で、使用済み紙おむつに含まれる菌による土壌や水質の汚染が懸念されています。このような時代背景の中、SDGsの取組の中で、企業は「つくる責任つかう責任」を問われており、紙おむつメーカーは使用済み紙おむつのリサイクルシステムを開発し、普及させることが求められています。
今回は、衛生用品の大手メーカーであるユニ・チャーム社とともに、使用済み紙おむつから無菌の上質パルプを取り出す技術を開発した市浦英明先生にお話を伺いました。

使用済み紙おむつ処理が世界的課題に

紙おむつメーカーにとって、使用済み紙おむつの処理は大きな課題です。日本では焼却処理が一般的ですが、水分を多く含んだ使用済み紙おむつを燃やすには助燃料が必要で、なおかつ水分がなくなった時点から一気に高熱になるため焼却炉の劣化が速くなり、修繕費がかかる上、耐用年数も短くなってしまいます。

一方、海外でも紙おむつの手軽さが受けて需要が伸びており、私が古くからお付き合いのあるユニ・チャーム社も、アジアを中心に拠点を置いて製造・販売を行うようになりました。しかし、発展途上国ではゴミの回収システムや焼却炉などのインフラが整っておらず、使用済み紙おむつは路上にポイ捨てされ、最終的にはすべて埋め立てられています。そのため、使用済み紙おむつ内のし尿に含まれる菌の繁殖が土壌や水質汚染につながることから、それらを安全に処理し、パルプを再利用するためのリサイクルシステムの開発が急務となりました。

紙おむつの構造は、肌にあたる部分に不織布の表面材があり、その下の吸水紙が水分を内部に送り込みます。さらにその下に水分を吸収して閉じ込める吸収材があり、それをプラスチック素材の防水材が包み込んでいます。吸収材は、綿状パルプで高分子吸収材を包み圧縮成形したもので、高分子吸収材が水分を吸収して凝固し始めるまでの間、パルプが水分を吸収して時間稼ぎをするしくみになっています。

廃棄されたおむつの埋立処理

 

オゾンを活用して上質パルプの再生に成功

我々の目的は、ユニ・チャーム社の技術によって使用済み紙おむつから分離した低質パルプを化学的に分解し、パルプのみを取り出し衛生材として再利用可能な状態にするための技術を開発することでした。
まずは、低質パルプの殺菌方法の技術開発に取り組みました。さまざまなアイデアを出し合う中で、殺菌剤の使用も検討しましたが、パルプの中に薬品の成分が残ってしまうので紙おむつに再生するには不適です。議論を重ねた結果、我々はオゾンに有効性があるのではないかと考えました。オゾンには高い殺菌力があることが明白であり、水の中の不純物を分解する作用があることも確認されています。高分子吸収材の分解も可能ではないかと考えたのです。
しかし、オゾン(O3)がどの程度高分子吸収剤の分解に寄与するのか、パルプがどのように影響するのかが全く分かりませんでした。そこで、まずオゾンによる処理条件を検討することにしました。

 

実験では、無声放電(※)により発生させたオゾンガスを水に溶かしてオゾン水溶液を作り、その中に人工尿や生理食塩水を吸収させた高分子吸収材を入れてみました。すると、高分子吸収材が分解され、保水機能が消失する結果が得られました。実際に使用済み紙おむつから分離した低質パルプを処理した結果、高分子吸収材はごく小さな分子となってオゾン水溶液に溶け、それをろ過することでパルプだけを取り出すことができました。

しかもオゾンの効果はそれだけでなく、殺菌・漂白・脱臭効果もあり、もともと材料として使用しているパルプよりも白くなり、においも消えることがわかりました。加えて、オゾンはすぐに酸素(O2)に戻ろうとする性質があるため、パルプ中に残存物質が残らないこともわかりました。また、オゾン水処理後のパルプ1gが10gの水分を吸水するという衛生材としての基準値も無事クリアし、紙おむつに使用可能な上質パルプの再生に成功したのです。

※無声放電:ガラス、あるいは樹脂などの誘電体を電極とし、常圧気体に高電圧をかけると起こる静かな放電

 

高分子吸収剤(SAP)がオゾン処理により、フィルム状に変化している。
これは、SAPが分解されて低分子化されていることを示している。

オゾンガスを容器内に送り、オゾン水を調製している実験の写真

社会課題解決に向け、紙おむつの再生実証実験がスタート

この結果を踏まえ、我々は特許を申請し、2016年から鹿児島県志布志市で実証実験が始まりました。志布志市は、ユニ・チャーム社が行った実証実験のパートナーに名乗り出た唯一の自治体です。

志布志市はゴミの焼却施設を持っていないため、以前はすべてのゴミを埋め立てて処分していました。しかし1990年に完成した埋立処分場は、2004年で満杯になるとの試算でしたのでゴミの軽量化が必須となり、ゴミのリサイクルに積極的に取り組むようになりました。住民の意識も高く、ゴミの分別も徹底していましたが、ゴミの2割を占める紙おむつは埋め立てるしか処理方法がなく、課題となっていました。紙おむつの再資源化を模索し、真摯に取り組むパートナーと出合えたことは、私たちにとっても大変意義のあることで、社会実装に向けての大きな一歩となりました。

その後ユニ・チャーム社は、環境省の支援を受け、使用済み紙おむつ再生プラントを建設。志布志市は使用済み紙おむつ専用の回収ボックスを設置し、使用済み紙おむつの再資源化に取り組んでいます。

我々の実験では、パルプ回収率はほぼ100%に近い数字が出ていたのですが、大きなプラントになると若干パルプが流出していることがわかり、現在のパルプ回収率は約70%にとどまっています。現在、それを改善する機械的な調整をしているところで、将来的には100%に近づけられると考えています。

2020年3月には、ついに環境省が「使用済紙おむつの再生利用等に関するガイドラインについて」を公表しました。今後、使用済み紙おむつの焼却・埋立処理ではなく、リサイクルが推奨される時代がやってきます。既に、東京や横浜、川崎など人口の多い都市が再資源化の検討を始めています。固形燃料や建材へ再生する技術の進歩や細かく破砕して下水に流すことも検討されていますが、紙おむつの需要拡大に対応するためには、再度紙おむつへ再生させる"水平リサイクル"が最も重要となるでしょう。

鹿児島県志布志市の埋立処分場。1990年に完成したが、2004年には満杯になると試算された

 

使用済み紙おむつ再生プラント

院生活躍! 持続可能な世界を目指して、さらに一歩進んだ技術を開発中!

使用済み紙おむつのパルプをオゾン処理によって再生する技術は、2015年度修了の大学院生、中岡広子さんの研究から生み出されたものです。2016年から実証実験がスタートしていますから、とてもスムーズに世の中に送り出せたと思います。
ユニ・チャーム社は1990年代後半から積極的な海外展開を行っており、製造・販売と同時に再資源化を行うしくみづくりも自社の責務と考えておられます。海外でのリサイクルにもこの技術を用いたいところですが、元々オゾンはデリケートに扱わねばならず、高濃度のオゾンは有害なものですから、厳重に管理しなくてはいけません。そのためにどうしてもプラントが大掛かりになってしまうため、海外ではよりコストを抑えて再資源化できる技術が必要となります。その課題については、現在修士1年生の吉田周生さんが取り組んでいます。吉田さんは今、一つ先の技術開発に力を入れており、その着地点が見えてきました。

使用済み紙おむつ再生プラント

 

 

使使用済み紙おむつの処理問題は、パパ・ママ世代のみならず、全世代の人々、ひいては全世界の国々にとっても身近であり、重要なSDGs課題といえます。
当研究室では、若いみなさんと一緒に、さまざまな未来の課題に取り組んでいきたいと思っています。