高知大学農林海洋科学部・大学院総合人間自然科学研究科農林海洋科学専攻

研究紹介
持続可能な未来に向けて、農林海洋科学分野の研究が果たす役割は多岐に渡ります。
高知大学では多くの個性的な教員が、地の利を活かし世界に貢献できる様々な研究活動を行っています。

特集記事−Feature Article

デジタル化が拓く新時代の農学研究 ー「変革の担い手」となるZ世代の活躍

スーパーコンピュータを駆使し、新たな医薬品合成反応の開発に挑む

金野大助

[専門領域] 有機反応化学、有機計算化学、天然物化学
[研究テーマ]
●実験とコンピュータシミュレーションによる有機反応メカニズムの解析
●天然有機化合物の分子構造解析

化学反応とは、ナノサイズの原子が移動して、分子が分解・再構築をすることです。
金野研究室ではスーパーコンピュータを活用し、その目には見えない小さくて速い原子の動きを量子化学計算によりシミュレーションしています。
有機化学実験と量子化学計算を用いての有機化学反応メカニズム解析や生体分子の構造解析、生体内分子反応の反応機構解析についての研究を医薬品合成反応の開発に応用している金野大助先生にお話を伺いました。

物質が変化する有機化学反応とは? その実態に迫る

有機化学とは、生物に関する化学物質である有機物に異なる物質を化学反応させて新たな物質を合成すること。その有機化学反応のメカニズムは目には見えないもので、実験上わかるのは、実のところ、スタートとゴールだけです。
私の研究室では、「どうして」または「どのようにして」有機化学反応が発生するのか、コンピュータシミュレーションによる解析と実験による検証を行い、その過程を研究しています。 シミュレーションは高度な量子化学計算を行う必要があります。そうなると私の研究室のパソコンだと1〜2カ月かかるため、実際の計算は、愛知県岡崎市にある自然科学研究機構 計算科学研究センターのスーパーパソコンにつないで行っています。

ここで、有機化学反応の一例を挙げてみましょう。
例えば、人がお酒を飲むシーン。このよくあるシーンの中にも、有機化学反応が起こっています。
人がアルコールを摂取すると、最終的にアルコールは水と二酸化炭素に分かれます。つまりそれは、体内でエタノールの分子が一度壊されて、炭素と水素と水が組み合わさった分子に構造が変化するということです。つまりそれが、「アルコール分解」という立派な有機化学反応というわけです。

しかし残念ながら、なぜ分子が一旦離れ、また新たにくっつくのか、その原子レベルの反応を私たちは実際に目にすることはできません。
このように、昔から化学反応は、結論から導き出された理論として説明されてきました。
しかし20〜30年前から、それをコンピュータ上で解析し、シミュレーションすることができるようになりました。
今ではコンピュータの性能が飛躍的に上がり、解析プログラムの開発も進んでいます。現在は、化学反応のスタートとゴールを入力すれば、その過程で何が起こっているかを誰でも知ることができる時代となりました。

しかし現状、実際の実験結果とコンピュータのシミュレーション結果が一致しないことが、かなりの頻度で起こります。
その原因は、コンピュータプログラムの不具合もあれば、シミュレーションする際の条件設定が不十分であったり、実験自体がうまくいっていない可能性も否めません。
私の研究は、その結果の不一致が、実験のせいなのか、プログラムや条件設定に何かが足りないのか、その両方を追求していくものです。

先ほどのアルコール分解の例でいえば、体の中にあるのはアルコールだけではありません。
例えば、水。人間の体に最も多いのは水です。
したがって、水の中でアルコール分解がどのように起こるのか、その環境をコンピュータに与えてあげないと正しい結果を導き出すことはできません。
このように、正確な環境にあてはめたシミュレーションを行えるよう、精度を上げていくことが実用化への一歩です。
実験結果とシミュレーション結果の誤差がなくなって行けば、コンピュータ上で新しい物質を作り出すこともでき、医薬品開発のスピードも飛躍的に速くなると期待されています。

研究室内のパソコンからスーパーコンピュータにアクセスし、有機化学反応をシュミレートする

 

研究室では、実際の有機化学実験も盛んに行われている。仮定(シミュレーション)と実際の現象を比較し、精度を上げていくことも大切

世界に役立つ有機化合物の合成をデジタルサイエンスの力で効率化

研究室では実際に、実験とシミュレーションを併用し、有機化合物の合成・逆合成を行っています。

その中の一つは、天然物を原料とした天然香料の合成です。
サフランの花の香り成分である「サフラナール」は、とてもいい香りで、抗腫瘍性があり、抗うつ病の薬としても効果があることがわかっています。しかしサフランはとても希少なため、薬品としての使用に至っていません。
私はこれをゼラニウムから抽出した「ゲラニオール」という物質を使って、人工的に効率よく作る方法を模索しています。
ゲラニオールは、ほぼどんな種類の植物にも含まれており、安価に調達することができます。ここから化学反応によってサフラナールを生成できるようになれば、薬剤として大いに活用できるようになります。
私は現在、この化学合成を効率的に行うことが可能であるとの仮説を立て、研究を進めているところです。

もう一つは、カルベンの溶媒分子への挿入反応です。
特殊な分子であるカルベンは中心部分に2個の活性な電子を持つ中性分子で,反応性が高く他の様々な分子の結合間に入り込むような挿入反応とよばれる反応を起こします。このカルベンをメタノール溶液中で発生させると、すぐさまメタノールの水素-酸素結合間に挿入反応するのですが、その詳細なメカニズムはわかっていませんでした。この反応について私たちはオーストリアのウィーン大学と共同研究を行い、ウィーン大学が実験を、私がコンピューターシミュレーションを行うことで、この反応は水素が転位した後に酸素が結合するという、これまで考えられていなかった新しい反応メカニズムの解明を行いました。

コンピュータがない時代は、「これとこれでできるはず」と目星をつけ、とにかくやってみるしかありませんでした。
しかし今は、コンピュータで一度試すことができるようになり、かなり効率化を図ることができています。デジタルサイエンスの成果です。

 

“見えない世界”を“見える世界”へ

シミュレーションでは、分子モデルの動きを確認することも可能です。
ここで紹介している動画は、ジメチルエーテルという有機溶媒の中にLiAlH4(水素化アルミニウムリチウム)を入れた時の動きをシミュレーションしたものです。化学反応を起こしているのはLiAlH4だけですが、まわりにはたくさんエーテル(動画中の水色と赤色の分子)がある状態です。
実際に液体の中でどんな動きをしているのかをシミュレーションしてみると、Al(動画中の緑色の分子)とLi(動画中のピンク色の分子)は離れてバラバラになると思われていたのですが、まったく離れず近くにいながら動くということがわかりました。設定条件を変更すれば、時間の経過とともに分子がどのように動くかを何度でも確認することができます。

このように、シミュレーションによって見えない世界のもの可視化し、検証していくことで、化学反応のしくみの解明につなげていくことが可能です。科学の醍醐味は、今までわかっていなかった新たな発見を自分の力で生み出していくことですが、データサイエンスの力を駆使すれば、より効率的で画期的な研究の実現も夢ではありません。
私は、新たな医薬品の研究・開発や、ひいてはそれに携わる人材の育成を通じ、社会に貢献していきたいと思っています。