2001年の今月の魚 ホームページを試験的に立ち上げた6月から始まりました.
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2001年12月:テンジクハナダイ Grammatonotus surugaensis Katayama, Yamakawa et Suzuki(スズキ目シキシマハナダイ科)

 シキシマハナダイ科には,シキシマハナダイ属(Callanthias) の8種とテンジクハナダイ属(Grammatonotus)の3種が含まれます.そのうち,日本にはシキシマハナダイ(C. japonicus,オオメハナダイ(G. macrophthalmus),そしてテンジクハナダイの3種が分布します.本種は,標準体長が8cmあまりの小型種で,沼津沖の駿河湾の水深120mで採集された2個体(ホロタイプを含む)と鹿児島県の大隅海峡で採集された1個体(水深不明)の標本に基づいて記載され,種小名は基産地の駿河湾に因んで名付けられました.その後,伊豆大島沿岸の水深65-70mや伊豆海洋公園付近(相模湾)で,ダイバーにより確認されています(瀬能・今井,1994).土佐湾では,昨年10月(4個体)と今年1月(2個体)に高知市内の御畳瀬魚市場(大手繰り:沖合いの底引き網)で,本研究室の学生が相次いで標本を採集しました.この記録は,今年3月末に出版された土佐湾深海域の魚類リスト(Shinohara et al., 2001) の中で報告しています.これは本種の原記載(新種として記載された論文の意)以来の採集記録で,これまでの分布の空白域を埋めるものとなりました.

Katayama, M., T. Yamakawa and K. Suzuki. 1980. Grammatonotus surugaensis, a new serranid fish from Suruga Bay and the Straits of Osumi, Japan. Biogeogr. Soc. Japan, 35 (4): 45-48.
Katayama, M., E. Yamamoto and T. Yamakawa. 1982. A review of the serranid fish genus Grammatonotus, with description of a new species. Japan. J. Ichthyol., 28 (4): 368-374.
瀬能宏・今井圭介.1994.テンジクハナダイ.伊豆海洋公園通信,5 (6): 1.
Shinohara, G., H. Endo, K. Matsuura, Y. Machida and H. Honda. 2001. Annotated checklist of the deepwater fishes from Tosa Bay, Japan. In Fujita, T., H. Saito and M. Takeda (eds.), Deep-sea fauna and pollutants in Tosa Bay. Natn. Sci. Mus. Monogr., Tokyo, 20: 283-343.

*上記写真個体のデータ:BSKU 53313, 2001年1月21日, 高知県高知市御畳瀬魚市場で採集.

(遠藤広光)


2001年11月:アサヒギンポ Springeratus xanthosoma (Bleeker)(スズキ目アサヒギンポ科)

 アサヒギンポ科魚類は世界で3族約20属73種が知られ,そのうち日本にはアサヒギンポ族のアサヒギンポ Springeratus xanthosoma (Bleeker)とベニアサヒギンポ Heteroclinus roseus (Gunther) の2属2種のみが分布するとされてきました.アサヒギンポは,これまでに和歌山県南部,種子島,奄美大島および沖縄島から(藍澤,2000),ベニアサヒギンポは高知県土佐清水市沿岸のタイドプールから1個体が採集された記録があります(蒲原,1958, 1960).ベニアサヒギンポについては,同定の証拠となる標本の形態的な特徴や標本の登録番号が記載されず,高知県産魚類リストに学名が加えられ,和名が与えられたのみでした.しかしながら,その後の図鑑類では,この記録が引用され続けています.今回,われわれの研究室に所蔵される蒲原博士の観察した標本を詳しく調べたところ(BSKU 7703,62 mm TL,1957年12月末に土佐清水市で採集) ,その特徴はアサヒギンポのものとよく一致しました.つまり,ベニアサヒギンポ H. roseus の記録は幻であり,日本には分布しないことが明らかとなったわけです(分布域はオーストラリア周辺と東インド諸島,ポリネシア).このように分布の記録となった証拠の標本が確実に保管されていれば,後の研究者がその標本を見直すことが出来ます.

 アサヒギンポはインド-西部太平洋の熱帯域に広く分布しています.日本での記録が少ない理由は,日本が種の分布の縁辺にあるためでしょう.この仲間は,内湾や沿岸の藻場に生息しており,写真の標本もタイドプール内の海藻の繁みの中から採集されました.このような環境に生息するためか,体の色や斑紋の変異は大きいようです.

藍澤正宏.2000.アサヒギンポ科.中坊徹次(編),pp. 1087, 1601,日本産魚類検索:全種の同定(第2版).東海大学出版会,東京.
Kamohara, T. 1958. A catalogue of fishes of Kochi prefecture (Province Tosa), Japan. Rep. Usa Mar. Biol. Sta., 5(1): 1-76.
蒲原稔治.1960.高知県沖ノ島及びその付近の沿岸魚類.高知大学学術研究報告,9(自然科学I)(): 1-16.
Shen, S. C. 1971. A new genus of clinid fishes from the Indo-Pacific, with a redescription of Clinus nematopterus. Copeia, 1971(4): 697-707.

*11月2日に横浪半島白の鼻のタイドプールで,さらに1個体のアサヒギンポが採集されました.

**上記写真個体のデータ:BSKU 55169, 67 mm TL,♀,2001年7月24日,高知県土佐市横浪半島白の鼻タイドプールで採集.

(遠藤広光)


2001年10月:ヨロイウオ Centriscus scutatus Linnaeus(トゲウオ目ヘコアユ科)

 
ヘコアユ科は2属4種を含み,日本にはヨロイウオのほかヘコアユ Aeoliscus strigatus (Gunther) が分布しています.本種はインド-太平洋の熱帯域を中心に広く分布し,日本では和歌山県串本以南から知られています.高知県沿岸からの記録は稀で,写真個体は入野漁港の底曳き網の漁獲物の中から採集されました.
 この仲間は,通常頭を下にした"逆立ち"状態で定位し,枝サンゴ類やヤギ類のそばで群れをなしています.その姿勢に適したように背鰭,尾鰭,臀鰭がすべて腹側へ移動していること,また体が著しく扁平で透明な骨板で覆われていることが大きな特徴です.背鰭,尾鰭,臀鰭は,成長にともなって徐々に腹側へ移動するので,幼魚期には体の後端で普通の位置にあります(近縁の
サギフエ科のような位置関係).ヨロイウオは体の後端にある大きな背鰭棘の途中に可動部がないことで,ヘコアユと区別できます.属名の Centriscus は,強大な背鰭棘に因み,また種小名の scutatus は盾で防御したという意味です.英名の"shrimpfish" は,この鋭く尖った背鰭棘がエビ類の額角(がっかく rostrum)に似ていることに由来します.そう思ってみると,体の後部は何となくエビの頭に似ていますね.

(遠藤広光)


2001年9月:ウスバノドグロベラ Macropharyngodon moyeri Shepard et Meyer(スズキ目ベラ科)


 ベラ科ノドグロベラ属は10種を含み,インド-太平洋の熱帯のサンゴ礁を主な生活空間としています.ベラ科の中では体が小さなグループで,親の標準体長はせいぜい13ないし15cmしかありません.日本からは本種の他に,ノドグロベラ(M. meleagris)とセジロノドグロベラ(M. negrosensis)の2種が知られています.
 本種は1978年に三宅島産の標本をもとに新種として記載されました.その後,伊豆半島,沖縄,台湾で記録されましたが,これら以外での生息は報告されていません.沖の島はこれらのほぼ中間に位置することから,本種が南日本の太平洋岸に広く分布している可能性が考えられます.
 平田他(本ホームページ「土佐の魚」を参照)は,今回の採集地である沖の島に隣接した柏島で精力的な調査を行い,多くの温・熱帯性の魚類を高知県初記録として報告しました.しかし,本種はこの報告に含まれていません.今後,正式な報告を行う予定です.
 属名のMacropharyngodon は,ギリシャ語のmakros (大きな),pharynx (のど,咽頭),odon (歯)の合成語で,本属の特徴の一つである臼歯状の咽頭歯にちなんでいます.本種の種小名の moyeri は,命名者が三宅島で協力を受けたジャック・モイヤー博士(Dr. Jack T. Moyer)に献名したものです.献名する場合,男性一人であれば名前の最後にiを付ける決まりです.女性一人なら,aeを付けることになっていますが,aで終わる名前の場合はeしか付けません.和名のウスバノドグロベラの「ウスバ」は,両顎の前方の歯が扁平なことにちなんでいます.本属では,M. moyeriM. kuiteri を除き,両顎の歯はすべて円錐歯です.

Randall, J. E. 1978. A revision of the Indo-Pacific labrid fish genus Macropharyngodon, with descriptions of five new species. Bull. Mar. Sci., 28(4): 742-770.
Shepard, J. W. and K. A. Meyer. 1978. A new species of the labrid fish genus Macropharyngodon from southern Japan. Japan. J. Ichthyol., 25(3): 159-164.
島田和彦.2000.ベラ科.中坊徹次(編),pp. 969-1013, 1582-1587,日本産魚類検索:全種の同定(第2版).東海大学出版会,東京.

(遠藤広光・町田吉彦)


2001年8月:スミツキイタチウオ Neobythites unimaculatus Smith et Radcliffe(アシロ目アシロ科)


 本種はホロタイプのみに基づき,1913 年に Smith and Radcliffe により新種として記載されました.ホロタイプは北緯4度10 分,東経118 度39 分,水深およそ 560 mで採集されています.ホロタイプは現在,アメリカ合衆国スミソニアン研究所の国立自然史博物館に保管されています.本種はこれまでに,日本,フィリピン,ニューカレドニアから知られているにすぎません.
 アシロ類は鰭に棘がない,背びれ・尾びれ・臀びれが連続する,腹びれが体の前方にあることなどを特徴とします.アシロ類は一般に深海性で,底生生活をおくります.本種が属するシオイタチウオ属はアシロ科で最も大きな属*であり,世界の海から27種が報告されていますが,まだ未知の種がいるようです.
 本種は,1個の白い縁取りのある楕円形の黒くて大きな斑紋が背びれにあることで同属の他種と区別できます.高知市の御畳瀬魚市場では,本属のシオイタチウオとシマイタチウオは底曳き網の漁獲物として普通に採集できますが,スミツキイタチウオは数年に1個体採集できるかどうかの稀な種です.シオイタチウオは比較的浅い海底に棲み,シマイタチウオはこれより深所に生息しますが,スミツキイタチウオがさらに深い海底に生息しているのかどうかは今のところ明らかではありません.
 Kamohara は1938 年に,御畳瀬産の本種を新種 Neobythites nigromaculatus として発表しました.同時に新和名スミツキイタチウオを与えています.1997 年にデンマーク,コペンハーゲン大学のニールセン博士は,これまでに得られた日本,フィリピン,ニューカレドニアの標本のすべてを比較し,N. nigromaculatus N. unimaculatus が同一種であることを明らかにしました.したがって,本種の有効な学名は,先取権のある N. unimaculatus となります.
 1938 年当時は,諸外国の博物館の標本を借用し,比較検討することが困難な時代でした.航空機が発達した現在では,ほとんどの場合,自分が研究したい魚の標本を外国から借用することが可能です.このように,分類学の研究は世界的な規模で行われています.そこで,保管している標本のリストを公開することが研究機関の重要な仕事となります.また,この例でも分るように,90年も前に採集された標本が分類学の世界ではしっかりと“生きて”おり,90歳はまだまだ“若い”標本なのです.

*大きな属と小さな属:体が大きい,小さいという意味ではなく,含まれている種の数が多い,少ないという意味で使います.

Kamohara, T. 1938. On the offshore bottom-fishes of Prov. Tosa, Shikoku, Japan. Maruzen, Tokyo, 86 pp.

Nielsen, J. G. 1997. Deepwater ophidiiform fishes from off New Caledonia with six new species. In B. Seret (ed.), Resultats des Campagnes MUSORSTOM, 16. Mem. natn. Hist. nat., 170: 1-33.

Radcliffe, L. 1913. Description of seven new genera and thirty-one new species of fishes of the families Brotulidae and Carapidae from the Philippines and the Dutch East Indies. Proc. U.S. Natl. Mus., 44: 135-176.

(町田吉彦)



2001年7月:オニキホウボウ Gargariscus prionocephalus (Dumeril) (カサゴ目キホウボウ科)

 2000年4月7日に高知市御畳瀬(みませ)魚市場の大手繰り(沖合いの底曳き網,およそ水深200〜300m)でオニキホウボウ1個体が採集されました.
 本種はキホウボウ科の稀種で,南日本,東シナ海,南シナ海,アラフラ海の大陸棚から斜面上部にかけて分布しています.キホウボウ科の中でも,とくに頭部前方から側方にかけての骨質隆起がよく発達し,波上に張り出すことが大きな特徴です(
側面腹面の写真).種名のうち,種小名の prionocephalus はギリシャ語のノコギリ (prion)と頭(kephale)の複合語をラテン語化したもので,頭部の骨質隆起の特徴を表しています.1936年に蒲原稔治博士が,御畳瀬魚市場で採集した2個体の標本に基づき,Peristedion undulatum Weber, 1913 の名前(本種のシノニム,後述)で,日本初記録種として報告しました*.これらの標本は残念ながら戦災で焼失したので,この写真個体は海洋生物学研究室に所蔵される土佐湾産の標本としては唯一のものです.
 シノニム(synonym) とは,同一の分類群(種や属など)に対して,いくつか存在する名称のことです.本種は,Dumeril (1869) により Peristethidion prionocephalus として初めて記載されました.その後,Weber (1913) もPeristedion undulatum として本種を記載しましたが,後の研究で両種が同一種であることがわかりました.この場合には,最初に有効な学名として発表されたものが使われます.また,本種は Smith (1917) により Peristhidion から Gargariscus へと属が変更されています.このような変更は,近縁種との形態的な差異の程度や系統類縁関係についての研究をもとに,分類研究者が対象として扱った種をこれまでとは別の属へ移したり,属を新たに設けることが妥当だと判断したためです.この場合には,その種の命名者をカッコ付きで表示する決まりです.

*Kamohara, T. 1936. A review of the peristedidioid fishes found in the waters of Japan. Annot. Zool. Japan., 15 (4): 436-445.

(遠藤広光)


2001年6月:アオマトウダイ Cyttomimus affinis Weber (マトウダイ目マトウダイ科)


 2000年10月28日に高知市の御畳瀬(みませ)魚市場でマトウダイ科の稀種アオマトウダイが1個体採集され,町田・宮崎により報告されました(*).
 本種は,東南アジアのバンダ海の水深304mで得られた1個体に基づき,Weber により1913年に新種として記載されました.その後,蒲原が御畳瀬魚市場で採集した2個体を1936年に報告しました.この報告がアオマトウダイの世界で2番目の記録です.この2個体はKamohara の1938年の論文に再び登場しています. しかし残念なことに,この2個体は第二次大戦末期の戦災により焼失してしまいました.1939年以降,アオマトウダイの採集記録はまったくありません.そこで,今回のアオマトウダイの採集記録は世界で3番目かつ日本で2番目,標本は世界の魚類研究機関が保有している二つのうちの一つということになります.今回の発見で,過去に御畳瀬魚市場で採集されて以来,ほぼ65年ぶりに本種の生息が確認されたことになります.
 今回の標本は底生性の肉食魚であるミシマオコゼ科のアオミシマの口の中から発見されました.標準体長は39.6mmで,性別は不明です.これまでの記録では標準体長73mmが最大なことから,アオマトウダイは小型種と考えられます.

*町田吉彦・宮崎栄子.2000.マトウダイ科の稀種アオマトウダイの本邦2番目の記録.Bull. Mar. Sci. Fish., Kochi Univ., 20: 25-28.

(町田吉彦)


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