高知大学農林海洋科学部・大学院総合人間自然科学研究科農林海洋科学専攻

研究紹介
持続可能な未来に向けて、農林海洋科学分野の研究が果たす役割は多岐に渡ります。
高知大学では多くの個性的な教員が、地の利を活かし世界に貢献できる様々な研究活動を行っています。

特集記事−Feature Article

Live with The Earth ― 地球との共生

持続可能な海底資源の活用を探る
― 今までになかった深海域で動作する観測機器を開発

岡村 慶

[専門領域] 分析・地球化学
[研究テーマ]
●海洋の現場観測機器の開発と海洋観測への適用

陸上資源が乏しい日本では、10年ほど前から熱水鉱床やメタンハイドレード、レアアースなどの海底資源の開発利用に注目が集まっています。これらの資源が存在するのは水深200m以深の深海域であり、海底資源がどこにどれくらいあるかを把握し、地球に負荷をかけないように採取する研究が進んでいます。  海底資源の埋蔵域には海底火山から湧出する熱水が深く関わっており、海底資源を活用するためには、海水や海底の泥に含まれる成分、海水温度、pH(水素イオン指数)などのデータ解析が必須です。 岡村研究室では、海中・海底という困難な環境条件下でも作動する測定機器を開発。それらの市場化を目指しています。
また、今後はこれらの機器を活用し、資源開発前後の環境の変化や回復の過程をモニタリングすることで、SDGs目標を達成するための環境負荷のない持続可能な開発が可能となります。
世界の海で広く利用される測定機器の開発を目指す、岡村慶教授にお話を伺いました。

「ないなら、つくる」未来の資源活用につながる海底火山探査機器の開発

私はもともと水の分析・解析を専門にしています。川や湖など水深の浅い所ではセンサーのついた計測器を沈めておけば連続でデータが取れますが、海の場合は水圧がかかるので、海底2000~3000mの深海域で利用できる測定機器はほとんどありませんでした。 海底には、熱水を噴き上げている海底火山がたくさんあり、そこには有効活用が期待されている資源が数多く眠っています。火山がない海底は一定の環境を保っていますが、火山があるとさまざまな変化があり、その変化を観測するための装置を「ないなら作ろう」と考えたのが始まりです。

水深3000mの深海にある海底火山では、水圧の影響で300~400℃の熱水が噴き出しています。熱水には海底地下深くの金属が溶け込んでおり、それが沈殿して海底熱水鉱床となります。
熱水には固まっていない鉄やマンガンが含まれており、海の中を煙のようにたなびいています。熱水中のマンガンは通常の海水の10万倍以上の濃度で、例え100㎞くらい離れていても濃度の違いがわかります。したがって、その濃度を計測し、辿っていけば、噴出する海底火山の場所を突き止めることができます。そこで必要になるのが、深海でマンガンを検出し、濃度を測定する機器です。
私が最初に手がけることになったのが、このマンガン測定機器でした。この機器を研究・開発することで、効率的に海底火山を探知できるようになりました。この測定機器を成分ごとに作って組み合わせることで、海底にどのような鉱物があるかを把握することができます。

その後、海底に沈む鉱物を回収するツール、深度別の海水を自動採取する機器、さらに火山周辺の地面の下がどうなっているかを調査する機器など、知りたい情報を収集するための計測機器を自ら開発することになったのです。
その後、海底に沈む鉱物を回収するツール、深度別の海水を自動採取する機器、さらに火山周辺の地面の下がどうなっているかを調査する機器など、知りたい情報を収集するための計測機器を自ら開発することになったのです。

水深1500mの海底で観測中のマンガン計

 

マンガン計を船上で整備しているところ

海底資料採取装置の先駆けを生み出した産官学連携の力

2015年に、海底下を調べるために開発したのが、地中に突き刺して海水と泥を採取する槍のような形状の「間隙水抽出装置」です。槍の部分に等間隔に採取口を設け、深度ごとの泥を取り、海水のpHや温度、水圧、含まれる成分などを測って地面の中の様子を分析する装置です。熱水活動域では海底下で流体移動が起こっており、この動きを調査・解析することで、海底熱水活動の規模を推定するのが目的です。
まず私は、アイデアを設計図に落とし込みました。その後、高知県内と千葉県の精密機器製造会社の力を借り、ステンレス製槍と採水用シリンジを駆動するモーター、制御用耐圧容器の3点から構成される1.5mサイズの実験機を作りました。
モーター部分はプラスチック容器に部品を詰めて油漬けにし、水圧がかかっても形を変えて圧力を逃がせるよう容器の一部をゴム貼りにしました。一方、油漬けにできない部品は、厚さ5~7㎜の耐圧性アルミ管に入れ、動作実験を行いました。

 

その後、この実験機から得られた知見をもとに、サイズを5m規模に大きくした「間隙水抽出装置Spear Head」を製作。観測航海にて無事、海底地下の海水を採取・分析することができ、その有用性を確認することができました。
現在、沖縄トラフでの観測航海で実際に使用した装置が、海洋コア研究センターの中庭に保管・展示されています。

 

間隙水抽出装置Spear Head」の観測航海の時の様子

沖縄の海洋で使用した装置は現在海洋コア研究センターに展示されている

持続可能な世界のこれからを海を知ることから考える

私たちが開発した機器は、海底を探索し鉱物を採るだけでなく、資源を採取することで環境にどのような影響を与えるか、モニタリングを行い環境評価を行うセンサーとしてアセスメントにも貢献しています。
海底観測機器以外にも、海に関するさまざまな機器を開発しており、社会に影響を及ぼしたり環境にダメージを与えたりする自然現象の予測にも役立てたいと考えています。
大学院修士2年の宮本洋好さんは、海水に含まれる硝酸塩の濃度を観測・監視する装置の開発に取り組んでいます。硝酸塩は、植物プランクトンを増殖させる栄養塩の一つとして知られており、急激な増大・減少が見られると植物プランクトンが何かの要因で増えた硝酸塩を食べて増殖しているサインです。硝酸塩の濃度を観測することにより、漁業に大きな被害を与える赤潮の発生を予測できるようになります。

既に赤潮予測装置は開発されていますが、大変高額で、漁師や小規模の養殖業者が購入できるものではありません。宮本さんは安価で実用的な低コストの機器の開発を目指しており、漁業者がリアルタイムで手軽に赤潮のリスクを確認できるようにしたいと考えています。
この研究の肝は、「海水の中からどのようにして硝酸塩を検出するか」ということでした。さまざまな方法を検討した結果、紫外線が海の栄養素によって吸収される性質に着想し、それを利用する方法に辿り着きました。宮本さんは、紫外線センサーを海水に浸けて紫外線吸光率を測定・分析し、結果を数値化して波形で視認できる装置を開発。硝酸塩を特定するために、人工海水を作って目的成分を添加してデータをとる根気のいる実験を繰り返し、ほぼ完成が見えてきました。リスクが高まった場合には、スマートフォンに通知を送ることも視野に入れています。

 

栄養塩分析に長らく使用している卓上型分析装置

近海から外洋まで様々なサンプルを分析している

 

 

この硝酸塩の発生事象は、海水温の関係もありますが、それ以上に人間の活動が大きく関与しています。―― 主には生活排水、陸上養殖の排水が原因になることが多いのですが、時折発生する土砂災害によって流れ込むものが原因となることもあり、環境問題を考える指標にもなります。

海洋から地球を考える時、実際に海で何が起こっているのかを知るためのツールが必要です。まさにそれが、私たちの研究室で開発しているさまざまな測定機器です。世界の海で幅広く活用され、データを蓄積し、それを読み解くことで生きてきます。長いスパンで、地球を見つめ向き合っていくための技術を開発しています。 環境にやさしい持続可能な資源開発を目指すため、まだまだ未知の謎にあふれている海の世界を一緒に学んでみませんか?