高知大学農林海洋科学部・大学院総合人間自然科学研究科農林海洋科学専攻

研究紹介
持続可能な未来に向けて、農林海洋科学分野の研究が果たす役割は多岐に渡ります。
高知大学では多くの個性的な教員が、地の利を活かし世界に貢献できる様々な研究活動を行っています。

特集記事−Feature Article

高知だからできる陸と海の微生物研究最前線

海の微生物最前線
JAMSTECとも連携
遺伝資源探索の第一線に立つ

若松泰介

[専門領域] 生化学、蛋白質科学
[研究テーマ]
●新規有用蛋白質の探索、機能解析・構造解析、そして応用
(1)海底下微生物由来機能未知遺伝子の機能解析
(2)DNA修復、複製、組換えに関わる機能未知遺伝子の機能解析

生命の真の理解を目指して

ゲノム情報とは、アデニン(A)、グアニン(G) 、チミン(T)、シトシン(C)の塩基配列の持つ情報のことです。生物として初めて全ゲノム情報が解読されたのは1995年のインフルエンザ菌で、以降、様々な生物種のゲノム解析が進展し、現在は10万生物種のゲノム情報がデータベース上にあるとも言われています。
ただ、AGTCの塩基配列の解読が進む一方で、遺伝子の機能に目を向けると、実はその約30%が未だ特定されていません。ゲノムの配列がわかっても機能がわかっていない状態で、我々は生命や生物を本当に理解できていると言えるのか? ――そこで生命の真の理解と、それによる生物資源や遺伝資源のよりよい利用を目指し、機能未知遺伝子の解明に取り組んでいます。

海底下微生物のメタゲノムから機能性遺伝子を探索する

遺伝資源の"宝の山" 海底下微生物のゲノム情報を網羅的に解析

研究には2本の大きな柱があります。1つ目は、海底下微生物のゲノム情報の探索です。
海底下の土壌にいる微生物は、地球表層や海水中にいる微生物と進化系統が全く異なります。先ほどゲノム情報の約30%が機能未知遺伝子だと言いましたが、海底下に限るとその85%以上が全く人類が見たこともない配列であり、機能も一切わかっていません。

ちなみに皆さんは、地球表層に微生物がどれくらい生息しているか知っていますか? 答えは、10の30乗。これはなんと、宇宙にある恒星の数よりも多い数です。そして海底下にも、実は10の29乗もの微生物が生息することが現在わかっています。つまり地球の深部である海底下は、地球表層に匹敵する巨大な生命圏であり、はかり知れない可能性を秘めたフロンティアだと言えます。

JAMSTECと連携し、実現した先端研究

実は海底下微生物に関する研究は、地球深部を掘削する技術や微生物を分離・培養・解析する技術の発展に伴い、近年急速に発展した分野です。特に世界的注目を集めたのが2015年、海底下2,466mまで微生物が生育していることを証明したJAMSTEC(海洋研究開発機構)の発見でした。このJAMSTECと高知大学が共同運用する「海洋コア国際研究所(旧高知コアセンター)」こそが、私たちの研究を支える拠点です。
海洋コア国際研究所(旧高知コアセンター)は地球掘削科学における世界三大拠点の一つで、IODP(統合国際深海掘削計画)で掘削された世界中の深海底の堆積物「コア試料」が保管されており、そのコア試料を研究するために欠かせない高精度な機器や設備も備わっています。ここと連携することで、貴重なコア試料を用いた、高知でしかできない先端研究に携わることが可能となっています。

 

地球深部探査船「ちきゅう」などで掘削されたコア試料  (海洋コア国際研究所(旧高知コアセンター))

海底下微生物の研究には欠かせない「スーパークリーンルーム」  (海洋コア国際研究所(旧高知コアセンター))

大阪医科大学と共同でDNA修復に関わる遺伝子を追う

もう一つの柱は、DNAの修復や複製、組換えに関わる機能未知遺伝子の機能解析で、特に修復に関わる遺伝子の解析に力を入れています。生命の遺伝情報はDNAに書き込まれており、これが複製エラーや紫外線などの外的要因で損傷し書き換えられることは、進化の原動力となる一方で、細胞死や老化、がん化にもつながります。そのため、生物はこれらの損傷を修復するための様々なDNA修復機構を備えています。

こちらも、人間なら到底生きていけないような極限環境に生きる微生物――例えば火山の火口や温泉などに成育する好熱菌や塩湖や塩田で生育する好塩菌などを対象に、遺伝子の配列から機能をある程度予測し、どういうタンパク質機能や酵素活性があるかを実際に調べています。この研究は現在、大阪医科大学と共同で進めています。

温泉で生育する好熱菌
写真出典:高度好熱菌まるごと一匹プロジェクトHPより

宇宙規模での生命の謎に迫る可能性も!

私たちが探索を続ける海底下微生物や極限環境微生物は、地表や水中の生物とは全く異なる環境下で、全く異なる生存戦略を持って生きています。例えば高圧、低温、酸素欠乏、貧栄養といった条件下にある深海底微生物は、エネルギー消費を極力抑えてゆっくりと生き続けており、その細胞分裂は千年か一万年に一回とも考えられています。

生命圏の限界域に生きる微生物の遺伝資源の解明。それは、医療、食品、環境、エネルギーなど多様な分野において次世代技術の創造につながるだけでなく、生物の真の理解、さらには宇宙規模での生命の謎にも迫る新たな真理の発見という大きな可能性を秘めています。科学の最前線は、ロマンに満ちあふれている――皆さんも、そう思いませんか?