高知大学農林海洋科学部・大学院総合人間自然科学研究科農林海洋科学専攻

研究紹介
持続可能な未来に向けて、農林海洋科学分野の研究が果たす役割は多岐に渡ります。
高知大学では多くの個性的な教員が、地の利を活かし世界に貢献できる様々な研究活動を行っています。

特集記事−Feature Article

Live with The Earth ― 地球との共生

納豆のネバネバがプラスチックに革命を起こす
― 高機能を持つPGAICが社会に貢献

芦内 誠

[専門領域] 生物材料科学、生体高分子化学
[研究テーマ]
●バイオプラスチック新素材(特にポリ-γ-グルタミン酸)の微生物合成
●バイオプラスチック新素材(特にポリ-γ-グルタミン酸)の機能材料化
●難培養性/極限環境微生物群の分子育種:新機能開発と応用

人類が作り出し、社会の発展を支えてきたプラスチック。その多くが石油成分を原料としています。可塑性、強靭性、耐久性に優れ、製造コストも安価なプラスチックは、私たちの身の回りに製品として無数に存在し、もはや不可欠な素材ですが、石油資源の枯渇はもとより、それらは自然環境で分解されることはないため、海洋汚染などの環境問題が深刻化しています。そのため、最終的に自然界の中で分解される「生分解性プラスチック」への転換が求められています。
芦内研究室では、生分解性プラスチックの素材として、納豆のネバネバ成分である「ポリ-γ-グルタミン酸」(PGA)に着目。水に溶けやすい性質を克服し、新素材「ポリ-γ-グルタミン酸イオンコンプレックス」(PGAIC)の開発に成功しました。
さらにその多機能性を活かして、公衆衛生に役立つ薬理効果があり、海に出た時点で生分解性質に変化する特殊な機能を持つ、公益性の高いプラスチック素材を開発しました。
微生物の力を活用し、共に生きる社会。「モノを創り出すだけでなく、壊すタイミングをしっかり作ることが生物に倣うSDGsだ」とおっしゃる芦内先生にお話を伺いました。

試行錯誤の末にたどり着いた新素材「PGAIC」

納豆のネバネバ成分の主であるポリ-γ-グルタミン酸(PGA)は、分子構造がナイロンによく似ている天然の生体高分子(バイオポリマー)です。この安全性に優れたPGAを活用して、ナイロンよりも安価に同様の材料が作れないかと、古くから科学者たちが挑んできました。しかし、PGAは水に弱く、ドロドロに溶けてしまうことから、実現に至っていませんでした。
私も2009年から、PGAの繊維化・バイオプラスチック化を目指して研究を行ってきました。しかし試行錯誤を重ねてもなかなか思うようにいかず、暗礁に乗り上げていたところ、妻の実家で義父が使っていた歯磨き粉を見て、「これだ!」と閃きました。なんとその歯磨き粉の分子構造はPGAと同じ"六角形に尻尾が生えている形"だったのです。これが最後の手段と思い、PGAに歯磨き粉の成分を混ぜて沈殿させたところ、耐水性のある立体規則性PGAの新素材「ポリ-γ-グルタミン酸イオンコンプレックス」(PGAIC)を生み出すことに成功しました。そして、そのポリ-γ-グルタミン酸イオンコンプレックス(PGAIC)から、バイオプラスチックやナノファイバー不織布の製造へと繋げていきました。

柔軟な着想力で、持続可能な未来を導き出す

納豆のネバネバ成分であるPGAは、高分子吸収材、生分解性材料、医療用材料、食品や化粧品の材料としても注目されている物質です。しかし従来、ドロドロの納豆の培養液からPGAを取り出すプロセスには、高額なコストがかかっていました。そこで我々は、一旦耐水性のあるPGAICの形にした上で、廉価にPGAを回収・量産する技術の開発に着手。無事に成功させることができました(図1)。これまでいろいろな研究者がこの課題に挑んできましたが、ここまで簡単で低コストな方法は見い出せておらず、我々はその技術で特許を取得しています。
このように、PGAのイオンコンプレックス化に成功したことが、我々の研究、そして技術を次のステージへと押し上げました。

一方で、PGAICにはエンベローブ型ウイルスを99.9%阻止する抗菌・抗ウイルス効果があることもわかりました。ちょうどその年に豚インフルエンザが流行したこともあり、我々は接触感染を防止する公衆衛生の現場にPGAICを活用する研究をスタートさせました。  PGAICを「微生物の力によって自然分解する生分解性プラスチックである」と言いながら、他方では「微生物の働きを抑制する抗菌性がある」と言う私の主張に、他の研究者たちからは「一体どっちなんだ?」という声が上がりました。けれど私は、どちらも微生物を集めてくっつける納豆のネバネバ成分の特性 ――「微生物親和性」を利用した表裏一体の性質だと思っています。  私は、この一見相反するように見える2つの性質をうまく活用し、"抗菌・抗ウイルス製品が求められる社会"と"環境に配慮した生分解性プラスチックが求められる社会"を両立させることこそが、持続可能な世界につながるという確固たる思いで、日夜研究に取り組んでいます。

図1

 

 

PGAICの結合を壊してPGAに戻す"スイッチング"を実現

PGAICは、調べれば調べるほど実に優れた素材です。PGAの尻尾の部分であるIC(イオンコンプレックス)の構造を変化させることで、さまざまな性質を持たせることができ、応用の範囲も多様です。
私たちはPGAICの生分解性について研究し、突き詰めていく中で、海の環境をトリガー(=きっかけ)として、PGAICからPGAに復帰する機能を認めました。

実験では、PGAICのシートを、大腸菌を培養した試験管にそのまま入れると菌が死滅し、他方PGAICシートを一度海水に浸してから同条件の試験管に入れると菌は死滅しないという結果が得られました。つまり、淡水と海水の塩分濃度の差によってPGAICのイオン結合は解除され、IC部分も崩壊してPGAとなり、環境生物が好んで食べる物質となったのです。この実験結果から、PGAICは陸上では抗菌性の強いプラスチックとして利用でき、海に出た途端に生分解が始まる画期的な素材だという理論が成立し、我々の狙いどおり、菌を"殺す"と"生かす"の相反する2つの用途の両立が可能となったのです。

我々はさらに研究を進め、このPGAICの海水による「スイッチング機能」を活用した、新しい環境配慮型プラスチック素材を開発しました。その素材を石油系プラスチックにスプレーしたり、マスターバッチ(練り込む)ことでこの塩濃度応答の機能を備えさせることができるという画期的なものです(図2)。現在、実用化に向けて動き出している最中で、残念ながらここで詳細をお伝えすることはできませんが、来る感染症時代に立ち向かうため、そして身の回りのプラスチック製品と完全に決別するという不可能を回避するためにも、この素材は必要不可欠だと言えるでしょう。今まさに、この技術を世に送り出そうとしているところです。

 

図2

メディシナルプラスチックで、現代社会の衛生問題を解決に導く

PGAICは優れた抗菌性に加え、耐水性があることは既にお話しました。実はその他にも、耐候性や多くの素材に対応した親和性を示し、さらに安全性も担保されていることから、先端材料としてさまざまな業界で注目を集めています。
我々が開発した、この素晴らしい素材「PGAIC」を一歩進化させた新しいプラスチックは、現在我々が使用している石油由来のプラスチックと共存可能なものです。今後"メディシナルプラスチック"として世界中で需要が高まるでしょう。

抗菌剤・殺菌剤などの薬品は、強力であればあるほど人体や環境を脅かします。しかし、メディシナルプラスチックは微生物親和性を利用した、菌を「集めて殺す」構造であり、しかも海に出れば微生物を「集めて分解させる」安全なものです。
世界中が新型コロナウイルスに翻弄され、社会活動がストップしてしまった経験を鑑み、今後はメディシナルプラスチックの抗ウイルス性を証明し、社会実装へと導いていきます。
身の回りの問題から地球規模の問題まで、化学の力で解決したい……。そんな志の元、芦内研究室は頑張っています!