高知大学総合科学系生命環境医学部門

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生物多様性、昆虫、ハダニ、植物、花、遺伝子、環境保全型農業、進化

高知を代表する昆虫「トサヒラズゲンセイ」。
クマバチに寄生する

旅をする蝶、アサギマダラ。秋になると、高知にはたくさんの個体が飛来する

土佐市のネザサの葉に作られたハダニの巣網。
1つ1つの小さな巣の中で親子が一緒に暮らしている

伊藤 桂 いとうかつら (写真左)

[専門領域]ハダニ類の基礎生態学および
応用生態学
[研究テーマ] 
●植物ダニ類の休眠に関する生態学
●植物ダニ類のホストレース形成
●植物ダニ類の分子系統
[研究のモットー] 
「当たり前」を疑おう

鈴木 紀之 すずきのりゆき (写真右)

[専門領域]生態学、進化生物学、昆虫学
[研究テーマ] 
●昆虫のすみわけ(ニッチ分割)
●遺伝的な多様性の役割
●害虫防除のための捕食性昆虫の応用
[研究のモットー] 
初心忘るべからず

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高知県の野外でライトトラップを行うと、多種多様な昆虫が集まってくる。この中にはこれからの農学に役立つ有用昆虫が隠されているかもしれない

自然界は様々な生物の複雑な相互関係のもとに成り立っています。環境調和や生態系保全を考える時、個々の生物の進化や生態の解明はもちろんのこと、それらの間にある相互作用の謎を解き明かすことがしばしば問題を解決する重要な鍵となります。そこで、我々の研究チームでは「昆虫」「ダニ・クモ」「植物の進化」の専門家が集まり、必要に応じて協力し合いながら幅広いテーマに取り組んでいます。
その代表的事例が、他県に先駆けて取り組んだ「天敵農業」の研究。
これは外国産ではなく土着の天敵昆虫を生物農薬として活用しようとい
う新しい試みで、自然界にもともとあった食物連鎖や生物間相互作用を活用することで環境にやさしい次世代農業を目指すものです。
このように分野横断的・俯瞰的に課題に取り組むことで、より大きな成果や可能性を引き出したいと考えています。


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≫ 研究成果1

土着の天敵昆虫で害虫を防除!「天敵農業」

写真1:生物農薬として期待されているクロヒョウタンカスミカメ

昆虫の多様な生態や生育環境における相互関係を解明し、農作物の害虫防除に応用したのが「天敵農業」です。特に私たちは天敵も地産地消の立場で、高知産の天敵昆虫で害虫を防除しています。
研究は2005年、農学部構内にてクロヒョウタンカスミカメ(写真1)が、ナスやピーマンの害虫であるタバココナジラミの幼虫を活発に捕食していることを学生が発見したことをきっかけにスタートしました。2007年7月には施設園芸の盛んな安芸郡芸西村に研究拠点を設立。地域に密着した研究実施体制を整えました。
その後、2008年6月に増殖した土着天敵を農家が農薬登録なしで防除に利用できるよう、内閣官房の構造改革特別区推進本部に提案。それを受けて2009年3月、農水省・環境省より、『増殖した土着天敵は採取した同一都道府県に限って登録なしで利用を認める』という通達が発出され、法的な壁を乗り越えたことによって実用化への道が拓かれました。
現在、高知県はこの土着昆虫を活用した天敵農業における世界のフロントランナーです。安心・安全で環境への付加も軽減できる持続可能型農業として、今後のさらなる展開が注目されています。


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≫ 研究成果2

ダニの社会を通じて世界を見る!

植物の葉の汁を吸って発育するハダニは農作物の害虫として悪名高いのですが、野外には害虫種以外にも様々な種類がいます。(写真2)はササやタケに巣網を張りその中で生活するハダニです。増殖力は低いのですが、非常に濃い巣網を張って捕食者のカブリダニ(写真3)の侵入を妨げたり、巣網に入ってきた捕食者を反撃して追い払ったり、時には殺してしまうことが知られています。また、巣の中でもさまざまな争いがあり、1匹のメスをめぐって多くのオスが争うことが知られています。なんとも人間と似ているではありませんか。当研究室では、このような種内の闘争行動や捕食者に対する反撃行動がどのような要因によって決まるのかについて、様々な種を実験材料に用いて研究しています。
ところで、[ 研究成果1 ]にもある通り、近年は土着天敵の利用が広く求められています。ハダニを退治する製剤として捕食性のカブリダニが市販されており、高知県の農家の方々に広く利用されています。しかし、このようなカブリダニの多くは外来種であり、土着種の生態系や遺伝的組成に与えるインパクトは明らかになっていません。それらの影響を知るためには、土着種のダニ類のDNA情報や、外来種の導入によって土着種の捕食行動や繁殖行動にどのような影響が出るかという知見を地道に積み重ねるしかありません。
我々の研究により、日本国内に生息するハダニにさまざまな遺伝的な分化が起きていることがわかりました。また、距離が遠い個体群ほど遺伝的に異なるわけではなく、まったく異なる系統が狭い車道を挟んだ両側にいることも多いことがわかりました。これらの系統がなぜ交雑せずに別の集団として維持されているのかは依然謎のままです。現在、これらの異なる系統が同じ場所にいるときに繁殖行動がどう変化するのかという問題について、学生とともに調べています。また、導入したカブリダニが土着のハダニの行動や生活史、ひいては生物群集にどのような影響を与えるのかという問題は今後調べたいテーマの1つです。

写真2:ササ・タケに生息するスゴモリハダニ属 写真3:ケナガカブリダニの側面図。写真上が頭。丸く見えるのは卵
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≫ 研究成果3

多様性が維持される仕組みとその価値を探る!

写真4:クリサキテントウ
写真5:マツオオアブラムシ

昆虫をはじめとした生物の魅力は何といってもその多様性です。地球上にはたくさんの種類の生物が暮らしており、また、それぞれの種類によって分布や生活の仕方が異なっています。それでは、なぜ種が違うと生息している環境や食べている餌が異なるのでしょうか。このシンプルな謎を解明することが、生物多様性が維持されているメカニズムを理解する上での鍵になっています。 私たちはアブラムシを食べるテントウムシを対象に、すみわけ(専門的には「ニッチ分割」と呼ばれます)のメカニズムを調べてきました。ナミテントウはさまざまなアブラムシを食べるジェネラリストの昆虫で、害虫防除にも利用されています。その一方、形のよく似たクリサキテントウ(写真4)は松の木にしか生息しておらず、そこでマツオオアブラムシ(写真5)を食べて暮らしています。
私たちの研究では繁殖干渉と呼ばれる現象に着目し、すみわけのメカニズムを解明してきました。繁殖干渉とは、よく似た種類どうしで交尾行動が起きてしまったときのデメリットを指します。ナミテントウとクリサキテントウは明らかな別種ですが、それでも互いに間違えて交尾が起きてしまいます。繁殖干渉が生じてしまうとその2種類は正常に子孫を残すことができず、同じ環境に安定的に生息することができません。そのため、ナミテントウとクリサキテントウは異なる生息環境で異なる餌を食べて生活していると考えられます。
このように、すみわけをすることで、地域全体としてさまざまな種類が共存できる、すなわち多様性が維持されていることになります。それでは、その多様性は生物の集団や生態系全体にとってどのような役割や価値があるでしょうか。これがこれからの研究課題になっています。


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生物多様性を守る!

昆虫相を調査することで環境が見えてくる

昆虫の種類数は、地球上の全動物種の6割とも7割ともいわれています。この世界で最も多様な生き物・昆虫の進化は、植物の進化と非常に密接に関わっています。生態系の中で時にはライバルとして時にはパートナーとして、互いに競い合うように繁栄してきた昆虫と植物。しかし今、その多様性は危機に晒されています。
私たちの研究チームでは、研究の傍ら頻繁に高知県内各地のフィールドに出かけ、昆虫やダニ類、植物などの調査を行なってきました。そこから見えてきたのは、多照多雨とよばれる高知県の特徴的な気象環境によって作り上げられている自然環境が、実は荒廃する人工林の問題や外来昆虫・動植物の侵入などにより生態系のバランスを失いつつあるという実態です。
この状況を少しでも改善するために、私たちは高知の昆虫や植物の多様性の理解とともにそれらの保全と管理に関する研究にも積極的に取り組んでいます。豊かな自然と生物多様性を守り、次世代に伝えるために、様々な角度から調査研究を続けているのです。


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