高知大学総合科学系生命環境医学部門

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微生物 高分子 遺伝子 酵素 プラスチック 公益材料化 環境適性

 

芦内 誠 あしうち まこと (写真左)

[専門領域]生物材料化学 生体高分子化学
[研究テーマ]
●バイオプラスチック新素材(特にポリ-γ-グルタミン酸)の微生物合成
●バイオプラスチック新素材(特にポリ-γ-グルタミン酸)の機能材料化
●難培養性/極限環境微生物群の分子育種:新機能開発と応用(挑戦中)
[研究のモットー]Stay hungry! Stay foolish!

若松 泰介 わかまつたいすけ (写真右)

[専門領域]生化学 蛋白質科学
[研究テーマ] 
●新規有用蛋白質の探索、機能解析・構造解析、そして応用
●難培養性/極限環境微生物群の分子育種:新機能開発と応用(挑戦中)
[研究のモットー] 継続は力なり

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ごみという概念のない世界・社会を夢みて

現代生活に欠かせない衣料用品やプラスチック製品等の材料は、現在、その多くが石油成分を原料に作られる化成高分子を基本としています。化成高分子は強靱性、耐久性に優れ、製造コストも安価なため飛躍的に広まりましたが、石油資源の枯渇や環境問題の深刻化によって今、大きな方向性の転換を迫られています。
そこで、脱石油や温室効果ガス排出量削減を実現する新素材として近年脚光を浴びているのが、生体高分子(バイオポリマー)です。生体高分子とは、脂質や糖質、蛋白質(酵素)、核酸(DNA,RNA)等、生物が合成する巨大分子(長い分子)のこと。生物の許容範囲内で反応が行われるため、安全性や環境適合性等の面で優れています。なかでも注目を集めているのが「ポリ-γ-グルタミン酸(PGA)」。納豆ネバの主成分として有名です。医療健康産業や化粧品分野等では、PGAの利用が本格化しているとのこと。そればかりか、(なんと!)バイオプラスチックやナノファイバー不織布といった先端材料への加工も可能な機能高分子であることが最新の研究から分ってきました。
私達は、ごみという概念のない世界・社会を夢みて、「材料開発」の新基軸に挑み続けます。目指すは「価値再生」技術の創出!生物の永い歴史・記憶を遺伝子等の高分子情報から読み解き、現代に活かす知恵が必要です。以下に、当研究室の活動の中で見えてきた新事実、またその意外な展開の数々をご紹介しましょう!

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≫ 研究事例1 微生物の新機能開発

環境適応因子:納豆ネバの秘密は極限的な環境にあり?!

まず、納豆のネバネバ等から簡単にPGAを検出する方法についてです。図1の①をご覧ください。

PGAはタンパク質ではないので汎用染色剤に染まりませんが安心ください。メチレン青と呼ばれる特殊な染色剤の登場です。PGAが存在すると、鮮やかな青色の帯が出現します。一方、PGAが無ければ、なにも見えません。PGAの簡易視覚化法として現在広く使われています。PGAを構成するのは「グルタミン酸」と呼ばれるアミノ酸。ほぼ全てのタンパク質が含んでいるアミノ酸です。このことから、PGAはタンパク質の仲間だと間違われることが多く、同等に扱われることも少なくないようです。
では、タンパク質とPGAの違いとは? ずばり、「分子構造」の違い。図中②がその正体です。
PGAの構造、実は衣料やプラスチックの原料になる「ナイロン」とおしめに吸水材料として使われる「ポリアクリル酸」が融合したような形の、いわゆる「ハイブリッド材料」です。ナイロンもポリアクリル酸も石油から作られる化成高分子の代表格。好んで食べたいとは思いませんが、その形が微生物の力で合体すればネバの素(納豆好きにはたまりません)。
PGAに関する意外な情報をもう一つ。健康を保つ上で重要な食品成分に(水溶性の)ビタミンがありますが、そのままでは役に立たないのをご存知ですか?実は、細胞の中に取り込まれて活性な形にならないといけません。これを「補酵素」化と呼びます。
野菜や発酵食品にも多い「葉酸」と呼ばれるビタミンですが、補酵素になるとシッポのような構造が加わります。このシッポの部分、PGAと同じ基本構造であるというのですから驚きです。大腸菌からヒトまであらゆる生物で保存されている酵素によるとのこと。『PGAは生命の根源的な材料のひとつか?』との妄想も膨らみます。当研究室では、生物の進化において、その初期から存在したとされる極限環境微生物(アーキア)に 目を付けました。

最近、塩湖棲息の超好塩アーキアが「立体規則性PGA」を作ること、既存PGAよりも優れた物性を備えること等が判明しました。アーキアのPGAには「環境適応因子」としての姿が見え隠れします。現在、遺伝子工学と発酵工学に基づいた新たな生産プロセス(図2)を応用し、機能物性の面で優秀な立体規則性 PGAの「量産化」に向けた実証研究に挑んでいます。

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≫ 研究事例2 PGAの先端機能材料化

ヒトを守るPGAファイバー、環境を守るPGAプラスチックス

PGAは「納豆の糸」とも称される(産業材料としてのポテンシャルに富む)繊維高分子です。このことは古くから専門家も知るところです。但し、『PGAは役に立たないはずだ。』というのがこれまでの見解の大半でした。 実は、PGAには水に溶けやすいという性質があります。例えば、このような性質の繊維で作られた布製品を傘に使おうものなら、雨の日はびしょ濡れになること、火を見るよりも明らかです。PGA材料化研究の一丁目一番地は「耐水性の付与/強化」にほかなりません。残念ながら、これまでの方法論では水を吸って膨潤する「ゲル」化までがやっとでした。さらなる耐水性が求められる「繊維」化・「プラスチック」化には到底及びません。普通ならここで逃げだしたいはずですが、諦めの悪いヒトたちが当研究室のウリ!驚くほど簡便な方法で「PGAの 耐水化」に成功しました(図3;文献1)

おまけに、従来は困難とされてきたPGAをポリマーベースとする「ナノファイバー」の製造まで実証して見せました。この新素材、「ポリ-γ-グルタミン酸イオンコンプレックス(PGAIC)」の名前で知られるようになってきました。このような挑戦に思わぬ援軍が味方します(図4;文献2)。

この材料には院内感染菌や感染性真菌、エンベロープ型ウイルス[注]の代表格とされるインフルエンザウイルス(A型・B型)にも特段の有効性(99.9の後に9の数字が5個ほど連なる阻止率(%);事実上の完全阻止)について(外部委託評価でも)確認されています(文献2)。特殊な抗菌(殺菌)作用機作については謎の部分も残りますが、新たな仮説として「捕捉殺菌(Capture-Killing)」機構(図5;文献3)が提案されています。PGAICは繊維化やプラスチック化可能で、接触感染防止の目的に副うインフラ対策にも繋がうるものと期待されています。

PGAICの抗菌性は基本的にうがい薬や手洗ソープ等の機能を強化し低用量化に成功するとともに、持続性を高めることによって実現に至りました。PGAICの抗菌メカニズムの全容解明と新用途開発をセットで進めることが、我々の目指す「(ヒトを守る)高度公益材料」の創成に繋がると信じ、PGAファイバー開発の研究に取り組んでいます。

文献1) M. Ashiuchi, K. Fukushima, H. Oya, T. Hiraoki, S. Shibatani, N. Oka, H. Nishimura, H. Hakuba, M. Nakamori, M. Kitagawa: Development of antimicrobial thermoplastic material from archaeal poly-γ-L-glutamate and its nanofabrication. ACS Appl. Mater. Interfaces 5, 1619–1624 (2013).
文献2) M. Ashiuchi, Y. Hakumai, S. Shibatani, H. Hakuba, N. Oka, H. Kobayashi, K. Yoneda: Poly-γ-glutamate-based materials for multiple infection prophylaxis possessing versatile coating performance. Int. J. Mol. Sci. 16, 24588–24599 (2015).
文献3) M. Ashiuchi, Y. Hakumai, S. Nakayama, H. Higashiuchi, K. Shimada: Engineering antimicrobial coating of archaeal poly-γ-glutamate-based materials using non-covalent crosslinkages. Sci. Rep. 8, 4645 (2018) [Nature Publishing Group].
[注] ウイルスにはエンベロープ構造を有するものと持たないものが存在する。例えば、インフルエンザウイルスやヒト免疫不全ウイルス、コロナウイルス等は前者の「エンベロープ型ウイルス」に含まれる。エンベロープは主に脂質でなるため、界面活性剤やエタノール等での不活性化(消毒)が有効とされる。

廃棄プラスチックの流失、なかでも「マイクロプラスチック」問題は日を追うごとに深刻さを増しています。
国連サミットで採択された成果文書「持続可能な開発目標(SDGs)」(2015)には『2025年までに、海洋ごみや富栄養化を含む、特に陸上活動による汚染等、あらゆる種類の海洋汚染を防止し、大幅に削減する』という目標が掲げられています。
我が国では「第4次循環型社会形成推進基本計画」(2018)が閣議決定され、『バイオプラスチックの実用性向上と化石燃料由来(化学合成)プラスチックとの代替促進』等の行動目標が示されました。また、「バイオ戦略2019」では『2030年に世界最先端のバイオエコノミー社会(バイオファースト)を実現する』との目標が掲げられ、4つの「社会像」と9つの「重点領域」が示されました。
なかでも、①高機能バイオ素材(軽量性、耐久性、安全性等/バイオ素材市場の拡大)と②バイオプラスチック(汎用プラスチック代替等/廃棄プラ等による海洋汚染抑止)の実用化は世界的な課題でもあることから、環境適性プラスチックの開発と機能強化に資する革新技術の創造と、より実践的な取り組み(深化した産学連携研究等)が強く求められるようになりました。
さて、PGAICから生み出されるバイオプラスチックスには『環境(特に海洋)を守る』ための新戦略が講じられています。PGAICを海水モデルに曝すと、その構造維持に関わる「イオン結合」は急速に解除され(IC部位も崩壊し)、環境微生物が好んで異化する「PGA」に復帰することを狙ったしくみ(図6)が機能することを認めました。
このような しくみは陸域(土壌)分解利用にも増して海洋分解性を保障するための方法論として関心が高まるものと予想します。というのは、最近の研究で地球上の微生物の99%は培養困難な「難培養性微生物」であり、特に「海洋」の微生物にはその傾向が強いこと等が示されました。つまり、プラスチックを食べる微生物が選択的に集積・増殖し、これらの能力で廃プラの積極分解を目指すといったこれまでの考え方、「海洋」では通用しないかもしれません。生活必需品として便利なプラスチックスもヒトや社会から離れた場合、時をかけず、自然界に普遍に存在する生分解可能高分子に戻るのなら、真に理想的と考えます。当研究室では、PGAICが既存高分子のなかでもその理想に最も近づいた新素材であると定め、現在は産学連携のもと、環境適性分析とともに、PGAプラスチックスの性能強化と新用途展開に関する応用研究に邁進しています。

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≫ 研究事例3 酵素の立体構造と機能の解明

未知なる宝の山、酵素を解析する!

続いて、若松講師の研究内容の紹介です。

蛋白質の種類の一つである酵素は、生物の生命維持のために重要な役割を担うとともに、洗剤などの日用品、食品、医療、製薬、農業に利用され、近年では酵素電池によるエネルギー生産も行われる等、私たちの日常生活にも欠かせない生体触媒分子です。しかし、詳細な機能が解っていないものがあることに加え、多くの生物のゲノム解析が終了した現在でも、その遺伝子産物の4割を超えるものについて、機能が全く明らかになっておらず、これらの酵素の機能解析は、生命現象の理解や有用酵素の開発のために欠かすことができません。
そこで、in vitro(試験管内で)とin vivo(生体内で)の機能解析を共に行うことで、酵素の機能を深く理解することを目指しています。X線結晶構造解析をはじめとする立体構造解析も行うことで、酵素の働きが原子レベルで理解できるようになります。

【DNA修復タンパク質が一本鎖DNA特異的に結合する機構を発見!】

図7

細菌のDNA修復機構やDNA組換え機構で一本鎖DNAを分解する酵素「RecJ」の立体構造を明らかにし、この構造が一本鎖DNAを特異的に結合する(高い親和性)要因をX線結晶構造解析により原子レベルで解明しました。RecJは、一本鎖DNAを包み込むようなO型構造をしており、典型的な核酸結合能を持つ構造を含んでいました。これらの結果から、RecJの一本鎖DNAとの結合モデルを構築したところ、これまでの一本鎖DNA分解タンパク質では報告のない、ユニークな構造が予測できました(図7)。DNAの修復機能は細菌でもヒトでも基本的には同じと考えられており、DNA 修復機構の解明はがんやDNA損傷を原因とする疾病の解明、治療につながることが期待されます。


【極限環境微生物の持つ有用酵素の解析・開発】

温泉、塩湖、氷山、深海底堆積物等に棲息する極限環境微生物は、過酷な生存環境に適応した高い安定性、特殊な反応特性、基質特異性等、面白い機能を有する新規な有用酵素をつくり出すと考えられています。私たちの周辺環境からは得難い生体触媒を探す場所として「極限」環境は特に有望視されています。このような特殊性を秘めた新酵素の機能解析、構造解析を進めながら、生体触媒の新たな産業展開を目指します。

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ダーウィンの「進化論」に学ぶ、「未来材料」の新たな姿!多彩で豊かな「人と人のつながり」は成熟した社会の実!

進化論のあまりにも有名な一節です(変化に柔軟に対応(適応)できるとした方が正確)。「材料」は「非生物」の代物ではありますが、ものづくりに携わる者にとっては学ぶべきところも多いと感じています。ここでいう「最も強いもの」を材料でイメージすると?
例えば、優れた耐久性・強靭性を備え、微生物にも分解されない(つまりは腐敗することのない)最強の石油合成プラスチックス。これを無計画に投棄し続けてきた結果、人類は今、海洋プラの汚染問題に向き合わざるを得ない状況に追い込まれています。
では、最も賢いもの?
例えば、特定の微生物やウイルスを標的化し退治するワクチンや抗生物質。
でも、仮に未知の感染源や病気が発生したら?
特効薬ができる日まで、ヒトは不安に苛まれ、経済活動も停滞するという負の連鎖に歯止めがかかりません。 「一点集中・一芸路線」型のものづくりに限界を感じざるを得ません。また、ある種の警鐘では?と受け取る心の動きも一概には否定できません。

抑々、高分子材料を作ろうとすれば、分子量の小さい物質(低分子化合物)をつなぐ工程が必要です。この際、誰もが『つながり方が安定しないのは問題』と思うでしょう。このリスクを避けるため、現代の高分子合成では「共有結合」の方法論が(十中八九)選択されます。この場合、極端な安定性を得る代償として「元に戻ること(低分子への復帰等)」も「異なる物性の獲得/異なる材料への変換」も出来なくなってしまいます。穿った見方をすれば、現行3R政策の本質は「劣化したワンウェイ(一芸)プラの賞味期限の延長」を図るもので、利用価値の低下は止められません(材料のリサイクルが産業化しにくい要因)。現状では、材料価値の再生には程遠いといわざるを得ません。生分解性を特徴とするバイオポリマーが注目を集めていますが、実はそのままでの材料化は困難な場合が多く、必要に応じて共有結合を導入して「材質改良(改質)」を試みます。この「強固な鎖」でつながれた構造は、バイオポリマーにプラスチック性を与える一方、生分解性を奪います。本末転倒といわざるを得ない。この漂う閉塞感を異分野研究者ならではの「コロンブスの卵」のような発想が打ち破ることになります。
芦内らは鎖(共有結合力)ではなく、それよりもはるかに脆弱な手(イオン結合力)に着目しました。力の源は結合の数<団結は個に勝る>。生物のからだはこのイオン結合を利用して組み立てられた「超分子構造体」の一例であるともいえます。何より、ヒトは両手でモノをつかみ、偉大なことを成し遂げてきました。興味深いことに、PGAでは、各々1分子に1万もの「手を与える構造(カルボキシ側鎖)」が存在します。「手」は「鎖」ではありません。握ることも離すこともできます。その原理をよく理解し応用につなげることが大切です。その先には、現代人の想像を超える「ものづくり」の未来が待っているように思えてなりません。

さて、PGAの材料研究に取り組む中で気づいた点を紹介します。PGAICは原料さえあれば誰でも合成できるほど、安全・便利な材料であることを明らかにしてきました。ただし、IC化原料(パートナー分子)は目的に応じて選ぶ必要があります。というのは、PGAには、繊維・プラスチックからゲルに至るまで、如何様にでも「変化しうる」能力が 基本的に備わっていることが分ってきたからです。材料価値の「再生」を可能にする新プロセス構想(図8)の提案にもつながります。

例えば、ワンウェイ(一芸)の概念では「ごみ」とされてきた廃棄物。かかる素材の構造基盤を「鎖」から「手」へ。物性改変の自由度を飛躍的に向上させるための材料開発戦略の提案です。 『A市の廃棄物もB市に拠れば大事な工業資源として重宝されるなら理想的である』との思いを実現したい。でもワンウェイプラスチックに支えられている現状(フロー社会)が続くならその思いは永遠に叶うことはないでしょう。廃棄されたプラスチック材料の多くはもはや変わることができないのですから・・・。ただし、PGAICにみられるような「つなぎ直し」の余地が当たり前のように盛り込まれた「マルチウェイ(多芸)プラ材料」の利用が本格化しはじめるようなら状況は変わってきます。おそらくは「新しい価値の再生を可能にする材料」が一般化するのではないでしょうか。かなり新しい考え方に映るかもしれませんが、私どもはそうとは思っていません。日本には「八百よろず」の信仰があり、物に対する畏怖と深い感謝の思い(もったいない)があります。ヒトとモノがともに活きるストック社会が再構築できれば、ごみという概念のない、廃棄物というものが存在しない素晴らしい世界も夢ではなくなるはずです。SDGsのその先にある理想郷にも思いを馳せながら、「未来材料」の新たな姿を追い求めていきます。

生命は、多彩で豊かな「つながり」の形をもった生体高分子を環境に適応させることで、進化につながる原動力を得ています。我々人間の社会でも同じこと。そのつながりのひとつひとつを大切にすることが、人間社会を成熟させる最も重要な要素であると考えます。当方ならば、異分野との産学共同研究や地域との連携が大切なタネ。世界に一つだけの花を咲かせることができるかどうか、今後の活動もお見逃しなく。

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