高知大学総合科学系生命環境医学部門

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産卵刺激物質を塗った造花の上に卵を生もうとするアオスジアゲハ

金 哲史 きむちょるさ

[専門領域] 化学生態学
[研究テーマ] 
●昆虫の行動を制御する物質、生理活性物質の単離と構造解析
[研究のモットー]
「明るく、楽しく、美しく」
「知彼知己 共有共栄(敵を知り己を知れば百戦百勝という孫子の兵法から、
相手を知り己を知れば虫や他の生き物と共存共栄できるともじったもの)」

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植物から単離した成分

この宇宙も地球も、私たち人間の体も、すべて100足らずの元素で構成されています。地球になるか人間になるかはその元素の組み合わせの違いにすぎず、今あなたが「そうか、なるほど!」と思ったその心の動きも、実は頭の中で起こった有機化学反応の結果です。つまり化学を理解することは宇宙を理解することであり、私たち自身を理解することなのです。
私たち人間はふだん言葉や文字を使ってコミュニケーションをとりますが、多くの生き物は化学物質を使ってコミュニケーションをとっています。有名なのは昆虫の性フェロモンで、これはオスを誘引するためにメスが分泌する化学物質です。植物でも例えば花がかぐわしい香りを出しますが、これも動けない自分の代わりに受粉をしてもらおうと昆虫を誘う“呼び声”なのです。
このような化学物質を使ったコミュニケーションを“翻訳”するのが「化学生態学」という分野です。私の研究室では昆虫や植物の生理活性物質を調べ、その構造式を明らかにして農業の現場に応用できる技術へとつなげようと様々な研究を行なっています。


当研究室で特定した、トビイロウンカの摂食行動を制御する化合物群の一部である新規フラボノイド配糖体


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クスノキはCamphor という匂い物質を蓄積することが知られており、このCamphor は樟脳として古くから防虫剤として使用されてきました。しかしながら、こんな防虫剤で化学武装した植物もアオスジアゲハの前ではお手上げです。当研究室では、クスノキに含まれるアオスジアゲハの産卵刺激物質と幼虫の摂食刺激物質の解明に成功しました。アオスジアゲハ属の蝶の産卵刺激物質が全解明されたのは初めてのことです。産卵刺激物質を造花に塗るとアオスジアゲハの母蝶は造花にも卵を産みますし、幼虫は摂食刺激物質を塗ると発泡スチロールもクスノキの葉と間違えて食べてしまします。このように虫の産卵刺激物質や摂食刺激物質を明らかにすることで、将来の新しい防除の開発につながるかも知れません。

造花に生み付けられたアオスジアゲハの卵

アオスジアゲハ幼虫に食べられた摂食刺激を塗布した発泡スチロール

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【イネの場合】
ウンカ・ヨコバイ類はイネの重要害虫として稲作に多大な被害をもたらします。そんな恐ろしいイネ害虫に襲われても被害を全く受けなかったり、被害を最小限で食い止めたりする抵抗性水稲の存在が知られています。現在、この抵抗性のメカニズムを明らかにすることが世界中から渇望されています。当研究室では、ツマグロヨコバイ抵抗性水稲の抵抗性のメカニズムが摂食行動阻害物質の存在に基づくこと、さらに、その構造の解明に世界で初めて成功しました。これらの知見をもとに将来、ウンカ・ヨコバイに強いイネの開発につながるかも知れません。

【トマトの場合】
ミナミキイロアザミウマは、ナス科・ウリ科を中心として幅広い施設栽培植物を加害するとともに、病気をもたらす害虫として知られており、高知県の農業に多大な被害をもたらします。寄主範囲の広いミナミキイロアザミウマですが、なぜかナス科のトマトを食べることはできません。当研究室では、トマトの抵抗性のメカニズムが摂食行動物質の存在に基づくこと、さらに、その構造がα―トマチンであることを世界で初めて明らかにしました。
ミナミキイロアザミウマを寄せつけないナス科植物の開発につながるかもしれません。

トマトに含まれる防御物質α―トマチンの構造と「まずい!」と思っているだろうミナミキイロアザミウマ

【ムクゲの場合】
春先にムクゲから孵化したワタアブラムシは、初夏になると一斉に寄主転換を行い、ムクゲからいなくなることが18世紀来知られており、その理由は謎とされていました。当研究室ではムクゲの生体内成分が、晩春から初夏にかけて大きく変化することに気づき、この変化がワタアブラムシの寄主転換を促すのではないかと推察しています。18世紀来の謎が、今ここに解き明かされようとしているのかもしれません。

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このように、虫や植物の生理活性物質を応用した取り組みは実用化に向けて少しずつ広がっています。特に高知県は、害虫防除における昆虫の性フェロモン利用では世界一といってもいいほどの先進地です。例えばフェロモンを使って目的の害虫の雄を呼び寄せトラップに飛び込ませたり、害虫の交尾の時間帯にあちこちにフェロモンをばら撒いて雄を撹乱し、交尾を妨害したり、あるいはフェロモン剤に集まる虫の数をモニタリングして農薬散布の時期を決めたりと、現場レベルで様々な取り組みが行われています。
ただ難しいのは、この方法は地球にはやさしいけれど人間にとっては手間がかかるという点です。Aの虫にはこの物質、Bの虫にはこの物質と化学物質と虫とは1対1の関係になっており、散布にしてもトラップにしても何百種類といる害虫の数だけ必要となるわけです。ですから私たちは化学物質の解明や実用化に向けた技術開発だけでなく、農業に携わる人や企業の意識――効率最優先の考え方を変えていくことも含めて、“100年後の農薬”を目指し研究を進めています。
将来は、化学物質をモニタリングすることで植物の健康状態を把握したり、昆虫や動物の気持ちを理解したりすることも可能になるかもしれません。化学という言葉を使って人と植物や虫が会話する――そんな未来、何とも楽しみではありませんか?!

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